monocube
monoには秘めたイロがある。
見えないだけでそこに在る。
数え切れないそれは、やがて絡まり色彩(イロ)になる。
さぁ、箱をあけてごらん。
箱庭(ナカ)は昏(クラ)く底なしの闇色(モノクロ)。
深い闇に融けたらいいのに。
日々の戯言寄せ集め。
当サイトは作者の気まぐれにより、自由気ままに書きなぐった不親切極まりない戯言の箱庭です。
どうしても触れたくない、
この時だけは。
最初に気付いたのは、慣れない香がしたから。
一度気付いたら、知るはずもない気配まで感じ取るようになって。
「雨が、止みませんな」
梅雨らしいと言えばそうなのでしょうが、
と笑いながら有能な右目はお茶を入れる。
頬杖をつきながらその手元をぼんやりと眺めていると、
「梅雨は、お嫌いでしたね」
とまた右目は笑みを深くした。
(誰のせいだ、誰の)
内心悪態をつく。
梅雨の湿気た空気はより一層気分を悪くするだけで。
何も答えずにぼんやりしていると、
右目は訝しげな眼差しを送ってくる。
自分の機嫌が悪い理由を頭の中で巡らしているのかもしれない。
肩から上着が落ち、
それに気付いた右目は近づいて上着に手を伸ばす。
「…触るな、」
その手を制するように短く一言言えば。
すぐに手はピタリと止まる。
どうしても触れたくない、
「…それ、は嫌いだ」
右目が知らない人みたいだから。
いつもの馴染んだ匂いがしない。
「……俺の、小十郎じゃねぇ」
その言葉にようやく不機嫌な理由に思い至ったらしい右目は、
止めた手を伸ばして上着を取ると肩に掛けなおした。
毛先に遊ぶように軽く触れて。
さっきよりも距離を縮めて、膝をつく。
「…香が、気に障っておいででしたか」
袂から出したのは小さな匂袋。
それは今日ずっと香っていたもので。
「雨続きで城下に出られず退屈かと思い、」
何か気を紛らわせるものでもあればと城下に出たのだ、
と右目は言った。
「とはいえ、小十郎も匂袋には詳しくありませぬゆえ」
あれやこれや迷っては違う香をまとって城に戻り、それが続いた。
一旦座敷を離れ戻ってきた右目の手には小さな木箱。
また膝を折り、蓋を開ければ見目鮮やかないくつもの匂袋。
「少しでも、喜んでいただきたく、」
苦笑する右目の手から一つ匂袋をとってその香りに目を閉じる。
「…これじゃあ、どれがどんな匂いか解らねぇじゃねぇか」
そして、笑う。
木箱に入った匂袋はそれぞれの香りが移りあって。
箱に匂袋を戻して右目の手から木箱を取り上げる。
(勝手に不機嫌になって、苛立ち損じゃねぇか…くだらねぇ)
それを傍らに置いて、右目の襟元を掴んでその胸に顔をうずめる。
「政宗様?」
「…もういい、何でもねぇ」
いつもの声音で言えば、頭上で笑う気配がした。
「…俺には、これでいい」
傍に、馴染んだ匂い。
温かい、体温。
「…梅雨は好きじゃねぇが、そう悪くもねぇな」
この有能な堅物が自分の為にあれやこれやと選んでいる姿を想像して笑った。
永い湿気た空気も、
幕をはったように止まない雨も、
机の上に詰まれた紙束も、
そう思えば悪くはない。
※今日は忙しかったからショートショート。甘い。永月さんの政宗様が可愛い所為(笑)
うちの筆頭は可愛くない。
最初に気付いたのは、慣れない香がしたから。
一度気付いたら、知るはずもない気配まで感じ取るようになって。
「雨が、止みませんな」
梅雨らしいと言えばそうなのでしょうが、
と笑いながら有能な右目はお茶を入れる。
頬杖をつきながらその手元をぼんやりと眺めていると、
「梅雨は、お嫌いでしたね」
とまた右目は笑みを深くした。
(誰のせいだ、誰の)
内心悪態をつく。
梅雨の湿気た空気はより一層気分を悪くするだけで。
何も答えずにぼんやりしていると、
右目は訝しげな眼差しを送ってくる。
自分の機嫌が悪い理由を頭の中で巡らしているのかもしれない。
肩から上着が落ち、
それに気付いた右目は近づいて上着に手を伸ばす。
「…触るな、」
その手を制するように短く一言言えば。
すぐに手はピタリと止まる。
どうしても触れたくない、
「…それ、は嫌いだ」
右目が知らない人みたいだから。
いつもの馴染んだ匂いがしない。
「……俺の、小十郎じゃねぇ」
その言葉にようやく不機嫌な理由に思い至ったらしい右目は、
止めた手を伸ばして上着を取ると肩に掛けなおした。
毛先に遊ぶように軽く触れて。
さっきよりも距離を縮めて、膝をつく。
「…香が、気に障っておいででしたか」
袂から出したのは小さな匂袋。
それは今日ずっと香っていたもので。
「雨続きで城下に出られず退屈かと思い、」
何か気を紛らわせるものでもあればと城下に出たのだ、
と右目は言った。
「とはいえ、小十郎も匂袋には詳しくありませぬゆえ」
あれやこれや迷っては違う香をまとって城に戻り、それが続いた。
一旦座敷を離れ戻ってきた右目の手には小さな木箱。
また膝を折り、蓋を開ければ見目鮮やかないくつもの匂袋。
「少しでも、喜んでいただきたく、」
苦笑する右目の手から一つ匂袋をとってその香りに目を閉じる。
「…これじゃあ、どれがどんな匂いか解らねぇじゃねぇか」
そして、笑う。
木箱に入った匂袋はそれぞれの香りが移りあって。
箱に匂袋を戻して右目の手から木箱を取り上げる。
(勝手に不機嫌になって、苛立ち損じゃねぇか…くだらねぇ)
それを傍らに置いて、右目の襟元を掴んでその胸に顔をうずめる。
「政宗様?」
「…もういい、何でもねぇ」
いつもの声音で言えば、頭上で笑う気配がした。
「…俺には、これでいい」
傍に、馴染んだ匂い。
温かい、体温。
「…梅雨は好きじゃねぇが、そう悪くもねぇな」
この有能な堅物が自分の為にあれやこれやと選んでいる姿を想像して笑った。
永い湿気た空気も、
幕をはったように止まない雨も、
机の上に詰まれた紙束も、
そう思えば悪くはない。
※今日は忙しかったからショートショート。甘い。永月さんの政宗様が可愛い所為(笑)
うちの筆頭は可愛くない。
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ただずっと気が遠くなるほど、
永い刻が終わるのを待っていた。
小雨が本降りになって、
小さな意思を持って流れる雨に混じった血は、いつしか薄まって消えた。
忘れもしない、梅雨の湿気の纏わりつくような日だった。
それは蒼にとっても紅にとっても待ち望んでいた日だったのだと思う。
何度真剣に刀を交えたいと思っていただろう。
染まる夕暮れにさえも重ね思い焦がれていたのを知っていた。
だからこそ、それを止めるなどと無粋なことをするつもりはなかったし、
手を出す気もなかった。
たとえそれで、どちらかが命を落とすことになったとしても。
それで主君である蒼が息絶えようと、それは蒼自身が望んだこと。
それを阻む権利など誰にあろうか。
だが、それと同時に、ひとつ何かが確かに終わったことは間違いない。
「―――それで死なずに生きてるなんざ、何とも不思議な話だ」
そう自嘲していると、足音が近づいてきた。
振り返りはしなかった。
誰かなど気配で分かる。
この揺らぐ、夏のから風みたいな気配は。
「―――泣いてるのか、悼んでるのか」
或いは。
(憐れんでいるのだろうか)
「…片倉さん、」
「人の痛みに弱い、てめぇらしいな」
振り返らぬままふっと笑う。
「…それは、アンタも同じなんじゃないのか?」
風来坊の言葉に小さく頭を振る。
「てめぇとは違う、俺にとっちゃどうでもいい」
人の痛みに弱いのではない。
昔からずっと、何よりも心を砕き心を痛めたのは。
「…政宗様の痛み、背負った業、過去の傷…俺にとって弱いのは、それだけだ」
その為に誰が泣こうと、口汚く罵られようと構わなかった。
守りたかったのはたった一人の心。
それに比べれな天下など取るに足らない些細なこと。
簡単に投げ捨てられてしまうほどの、些事。
「でも…アンタは、アイツが治めた幸せな世を守り続けてる」
自分にとってそんな「些事」を死ぬ物狂いで守っているのは。
『…あと、頼んだぜ』
世を治めた蒼が、笑って託したから。
せめて生きている間はその言葉を守りたいと、自分が、そう望んだ。
「―――俺にとっちゃ、政宗様は主君であり、命を捧げたお人であり、何よりも重んじる存在だった…てめぇになら少しは分かるんじゃねぇのか?」
一番大切なものを失うということが、どういうことか。
この風来坊がそれ故に人の痛みに、人そのものに聡いのだと知っている。
「けど…俺は、」
「安心しな、自ら後を追うつもりはねぇ」
それは戦場に散った仲間に対して申し訳ないことだと理解っている。
それに。
「まだ…呼ばれちゃいねぇしな」
「来い」と言われていないから。
「…片倉さん、」
「今日はゆっくりしていけ、祭り男を楽しみにしてる連中も居るんだ」
笑って風来坊とすれ違う。
風来坊は、後を追ってはこなかった。
その足でゆっくりと自分の座敷に戻って驚愕する。
立ち尽くす頬に手が触れて。
「…ぁ…」
咄嗟に言葉が出ない。
その様子を物珍しいものでも見るように目を丸くして、
それから楽しそうに口許を歪ませる。
(あぁ、…何ひとつ変わらない)
本当はずっと重たかった、苦しかった。
何度膝を折りそうになったか。
その度に蒼の言葉が弱る心を奮い立たせていた。
それがまるで嘘のように解けていく。
政宗様、
「…小十郎は、貴方のお傍に、ずっと」
※竜居以外はどうでもいい右目。右目にとって、竜が世界そのもの。
小雨が本降りになって、
小さな意思を持って流れる雨に混じった血は、いつしか薄まって消えた。
忘れもしない、梅雨の湿気の纏わりつくような日だった。
それは蒼にとっても紅にとっても待ち望んでいた日だったのだと思う。
何度真剣に刀を交えたいと思っていただろう。
染まる夕暮れにさえも重ね思い焦がれていたのを知っていた。
だからこそ、それを止めるなどと無粋なことをするつもりはなかったし、
手を出す気もなかった。
たとえそれで、どちらかが命を落とすことになったとしても。
それで主君である蒼が息絶えようと、それは蒼自身が望んだこと。
それを阻む権利など誰にあろうか。
だが、それと同時に、ひとつ何かが確かに終わったことは間違いない。
「―――それで死なずに生きてるなんざ、何とも不思議な話だ」
そう自嘲していると、足音が近づいてきた。
振り返りはしなかった。
誰かなど気配で分かる。
この揺らぐ、夏のから風みたいな気配は。
「―――泣いてるのか、悼んでるのか」
或いは。
(憐れんでいるのだろうか)
「…片倉さん、」
「人の痛みに弱い、てめぇらしいな」
振り返らぬままふっと笑う。
「…それは、アンタも同じなんじゃないのか?」
風来坊の言葉に小さく頭を振る。
「てめぇとは違う、俺にとっちゃどうでもいい」
人の痛みに弱いのではない。
昔からずっと、何よりも心を砕き心を痛めたのは。
「…政宗様の痛み、背負った業、過去の傷…俺にとって弱いのは、それだけだ」
その為に誰が泣こうと、口汚く罵られようと構わなかった。
守りたかったのはたった一人の心。
それに比べれな天下など取るに足らない些細なこと。
簡単に投げ捨てられてしまうほどの、些事。
「でも…アンタは、アイツが治めた幸せな世を守り続けてる」
自分にとってそんな「些事」を死ぬ物狂いで守っているのは。
『…あと、頼んだぜ』
世を治めた蒼が、笑って託したから。
せめて生きている間はその言葉を守りたいと、自分が、そう望んだ。
「―――俺にとっちゃ、政宗様は主君であり、命を捧げたお人であり、何よりも重んじる存在だった…てめぇになら少しは分かるんじゃねぇのか?」
一番大切なものを失うということが、どういうことか。
この風来坊がそれ故に人の痛みに、人そのものに聡いのだと知っている。
「けど…俺は、」
「安心しな、自ら後を追うつもりはねぇ」
それは戦場に散った仲間に対して申し訳ないことだと理解っている。
それに。
「まだ…呼ばれちゃいねぇしな」
「来い」と言われていないから。
「…片倉さん、」
「今日はゆっくりしていけ、祭り男を楽しみにしてる連中も居るんだ」
笑って風来坊とすれ違う。
風来坊は、後を追ってはこなかった。
その足でゆっくりと自分の座敷に戻って驚愕する。
立ち尽くす頬に手が触れて。
「…ぁ…」
咄嗟に言葉が出ない。
その様子を物珍しいものでも見るように目を丸くして、
それから楽しそうに口許を歪ませる。
(あぁ、…何ひとつ変わらない)
本当はずっと重たかった、苦しかった。
何度膝を折りそうになったか。
その度に蒼の言葉が弱る心を奮い立たせていた。
それがまるで嘘のように解けていく。
政宗様、
「…小十郎は、貴方のお傍に、ずっと」
※竜居以外はどうでもいい右目。右目にとって、竜が世界そのもの。
この世界にいないという現実に、
ひとり、発狂する。
「何で皆、アンタを俺に託すんだろうねぇ、」
俺様は真田の忍だってのにさ、そうだろ?
話を振られて、ようやく目が覚めた。
何がそうだろ?なのかはよく分からないが。
身体はどこも痛くはない。
不自由なわけでもない。
何故自分はここに居るのだろうか。
「…ちっ、」
舌打ちして起き上がる。
「独眼竜の旦那?」
訝しげに忍が呼ぶ。
その理由が解らない。
「何用かは知らねぇが、小十郎が戻り次第帰らせてもらうぜ」
途端に驚愕した表情になって。
「…アンタ、それ、本気で言ってんのか?」
沈黙をもって肯定すると、返ってきたのは酷く残酷な言葉。
「…アンタの右目は…死んだよ」
アンタの目の前で、斬られただろ。
すべての時が止まった気がした。
「俺様だって、最初から居たわけじゃないんだ」
奇襲の知らせを小耳に挟んだ真田は、
忍を持たない伊達に走れと命じ忍はその時奥州にいた。
「結果的には、それも一足遅かったワケだ」
忍が訪れた時には背中に深い傷を負い血に染まって立つ右目と、
その後ろで茫然としている
「アンタが、居た」
「…俺、が?」
あの時、自分は、何を見ていた…?
静けさを打ち壊す騒音。
向けられた鈍い銀色。
無数の人影。
先に気付いたのは、右目。
抱き寄せられたのは覚えている。
そうして背後から斬り付けられたことも。
『ぐっ…ま、政宗様…必ず、貴方を、…お守り致します』
右目は立て掛けた刀を取って一閃。
見えたのは赤く、血が広がっていく背中。
「…ぁ…」
刀を取り一歩踏み出す腕を捕らえたのは、忍だった。
あの時、忍と右目は言葉を交わしていた。
何を。
『…猿飛、不本意だが、テメェに政宗様を託す…』
「…ぁあ…あ…」
『政宗様を連れて行け』
『何、言って…』
『政宗様、貴方は誰にも平等な天下を創ると仰った…それは、此処で朽ちては意味がない』
右目は、許さなかった。
甘えを見せることも、離したくないという思いも。
『…ご心配召されるな、必ず、小十郎も後を追いますゆえ』
右目は、振り返ることもしなかった。
『猿飛、さっさと行けっ!』
優しく微笑むこともなかった。
それが、最後。
「…あぁあ…ぁあああ…」
離れずに傍に居ろと、言った。
離れずに傍に居ります、と応えた。
ずっと片時も離れなかった存在はあまりに大きすぎて。
『政宗様、』
柔く鼓膜を揺らす声が聞こえない。
優しいあの微笑みがない。
傍に、いない。
この世界にどこを探しても。
「あぁあああぁぁあああっ…」
※右目が居ない竜は、きっと発狂する。
「何で皆、アンタを俺に託すんだろうねぇ、」
俺様は真田の忍だってのにさ、そうだろ?
話を振られて、ようやく目が覚めた。
何がそうだろ?なのかはよく分からないが。
身体はどこも痛くはない。
不自由なわけでもない。
何故自分はここに居るのだろうか。
「…ちっ、」
舌打ちして起き上がる。
「独眼竜の旦那?」
訝しげに忍が呼ぶ。
その理由が解らない。
「何用かは知らねぇが、小十郎が戻り次第帰らせてもらうぜ」
途端に驚愕した表情になって。
「…アンタ、それ、本気で言ってんのか?」
沈黙をもって肯定すると、返ってきたのは酷く残酷な言葉。
「…アンタの右目は…死んだよ」
アンタの目の前で、斬られただろ。
すべての時が止まった気がした。
「俺様だって、最初から居たわけじゃないんだ」
奇襲の知らせを小耳に挟んだ真田は、
忍を持たない伊達に走れと命じ忍はその時奥州にいた。
「結果的には、それも一足遅かったワケだ」
忍が訪れた時には背中に深い傷を負い血に染まって立つ右目と、
その後ろで茫然としている
「アンタが、居た」
「…俺、が?」
あの時、自分は、何を見ていた…?
静けさを打ち壊す騒音。
向けられた鈍い銀色。
無数の人影。
先に気付いたのは、右目。
抱き寄せられたのは覚えている。
そうして背後から斬り付けられたことも。
『ぐっ…ま、政宗様…必ず、貴方を、…お守り致します』
右目は立て掛けた刀を取って一閃。
見えたのは赤く、血が広がっていく背中。
「…ぁ…」
刀を取り一歩踏み出す腕を捕らえたのは、忍だった。
あの時、忍と右目は言葉を交わしていた。
何を。
『…猿飛、不本意だが、テメェに政宗様を託す…』
「…ぁあ…あ…」
『政宗様を連れて行け』
『何、言って…』
『政宗様、貴方は誰にも平等な天下を創ると仰った…それは、此処で朽ちては意味がない』
右目は、許さなかった。
甘えを見せることも、離したくないという思いも。
『…ご心配召されるな、必ず、小十郎も後を追いますゆえ』
右目は、振り返ることもしなかった。
『猿飛、さっさと行けっ!』
優しく微笑むこともなかった。
それが、最後。
「…あぁあ…ぁあああ…」
離れずに傍に居ろと、言った。
離れずに傍に居ります、と応えた。
ずっと片時も離れなかった存在はあまりに大きすぎて。
『政宗様、』
柔く鼓膜を揺らす声が聞こえない。
優しいあの微笑みがない。
傍に、いない。
この世界にどこを探しても。
「あぁあああぁぁあああっ…」
※右目が居ない竜は、きっと発狂する。
その言葉が嘘か真か、
確かめる術はなく。
ただ呆然とその背を見送るだけだった。
あの時はっきりと明確な答えを返すことが出来たら何かが違っただろうか。
去っていくその身体を抱きしめて留めていたら運命は変わったのだろうか。
後悔と自責の念だけが、ずっとずっと苛んで。
「俺、アンタのそういうとこ好きじゃないね」
忍は射るような視線で見下ろしながら言う。
「あんたそれをいつまで繰り返す気だ?」
忍の言っていることはよく理解っている。
自分だって繰り返したくて繰り返してるわけじゃない。
「何回、独眼竜で繰り返すつもりだ?」
「だから俺はっ…!」
見返した忍の眼は波紋ひとつない夜の海のようで気圧される。
「独眼竜に言ったんだってな、“好きな人に看取られて死にたくないのか”って」
言った。
あまりにも蒼が死に急ぐから。
命を失う恐怖を知らないから。
「…だったら、アンタが看取ってやれば良かったんじゃないのか?」
頭に血が上って立ち上がると勢いよく忍の胸座を掴んだ。
「何でアンタたちは死に急ぐ!どうして幸せな世に生きようとしないんだっ!!」
忍はされるがままに
「それはアンタと俺たちの違いだよ、立ち位置が違う」
冷静な口調で続ける。
「アンタがどれほどのものを守りたいのか知らないが、独眼竜は国のすべてを背負ってるし俺は旦那のためなら何でもできる」
力の抜けていく手を忍はゆっくりと解いた。
「アンタが独眼竜を想うなら、どうしてその言葉に従ってやらなかったんだ?」
俺様にはそれが一番疑問だよ、と呟くようにこぼして忍は去っていった。
忍の胸座を掴んでいた手にこびりついた血の跡が幻のように見えて。
澄んだ蒼を血の緋に染めて倒れている姿を見つけた時、
一番最初に思ったのは「逃げ出したい」だった。
脳裏を過ぎったのは最後に蒼と会った時のこと。
『また逢おうな、』の返事『さぁな、』という曖昧なセリフだった。
それは目をつぶっていた蒼の立場を嫌でも思い出させるもので。
『最初に会ったとき、“好きな人に看取られて死にたくないのか”って言ったな』
蒼は少し考えるような素振りをして。
『俺は、アンタがいいな』
まるで天気の話でもするような軽さで。
『アンタが俺を、看取ってくれよ』
そう、蒼は、綺麗に笑った。
そうして去っていく背中に、何一つ言葉を返すことが出来なくて。
「行くな」とでも言えばよかっただろうか。
それとも行かせないように留めれば良かっただろうか。
…いや、何をしたとしてもきっと変わらなかった。
嵐が一所に留まらぬように、あの蒼も止まることはしないのだ。
緋色に染まった姿を前に呆然としていると驚いたように忍がやってきて、
自分に判断を委ねた。
「どうするんだ前田の風来坊、このままじゃ…独眼竜は死ぬぜ」
その時言えたのは、
「…助けて、くれ」
酷く動揺した声で一言だけ。
自分で動くことも出来たはずなのに、脚が、手が、凍りついたように動かない。
重なる悪夢。
きつく蓋を閉めたはずの記憶が、手遅れだと囁く。
繰り返したくないのに、竦んで逃げ出したくて。
先に蒼を連れて消えた忍を追うことが出来たのは奇跡。
でも蒼の姿を見ることが怖くて。
(ほら今だって、俺は、逃げようとしてる)
俺は。
「…一番大切なものを失うのが怖いんだ」
小さく呟いた言葉は、座敷の静けさに吸い込まれて消えた。
※風来坊は脆い、弱い。過去を断ち切れない。
ただ呆然とその背を見送るだけだった。
あの時はっきりと明確な答えを返すことが出来たら何かが違っただろうか。
去っていくその身体を抱きしめて留めていたら運命は変わったのだろうか。
後悔と自責の念だけが、ずっとずっと苛んで。
「俺、アンタのそういうとこ好きじゃないね」
忍は射るような視線で見下ろしながら言う。
「あんたそれをいつまで繰り返す気だ?」
忍の言っていることはよく理解っている。
自分だって繰り返したくて繰り返してるわけじゃない。
「何回、独眼竜で繰り返すつもりだ?」
「だから俺はっ…!」
見返した忍の眼は波紋ひとつない夜の海のようで気圧される。
「独眼竜に言ったんだってな、“好きな人に看取られて死にたくないのか”って」
言った。
あまりにも蒼が死に急ぐから。
命を失う恐怖を知らないから。
「…だったら、アンタが看取ってやれば良かったんじゃないのか?」
頭に血が上って立ち上がると勢いよく忍の胸座を掴んだ。
「何でアンタたちは死に急ぐ!どうして幸せな世に生きようとしないんだっ!!」
忍はされるがままに
「それはアンタと俺たちの違いだよ、立ち位置が違う」
冷静な口調で続ける。
「アンタがどれほどのものを守りたいのか知らないが、独眼竜は国のすべてを背負ってるし俺は旦那のためなら何でもできる」
力の抜けていく手を忍はゆっくりと解いた。
「アンタが独眼竜を想うなら、どうしてその言葉に従ってやらなかったんだ?」
俺様にはそれが一番疑問だよ、と呟くようにこぼして忍は去っていった。
忍の胸座を掴んでいた手にこびりついた血の跡が幻のように見えて。
澄んだ蒼を血の緋に染めて倒れている姿を見つけた時、
一番最初に思ったのは「逃げ出したい」だった。
脳裏を過ぎったのは最後に蒼と会った時のこと。
『また逢おうな、』の返事『さぁな、』という曖昧なセリフだった。
それは目をつぶっていた蒼の立場を嫌でも思い出させるもので。
『最初に会ったとき、“好きな人に看取られて死にたくないのか”って言ったな』
蒼は少し考えるような素振りをして。
『俺は、アンタがいいな』
まるで天気の話でもするような軽さで。
『アンタが俺を、看取ってくれよ』
そう、蒼は、綺麗に笑った。
そうして去っていく背中に、何一つ言葉を返すことが出来なくて。
「行くな」とでも言えばよかっただろうか。
それとも行かせないように留めれば良かっただろうか。
…いや、何をしたとしてもきっと変わらなかった。
嵐が一所に留まらぬように、あの蒼も止まることはしないのだ。
緋色に染まった姿を前に呆然としていると驚いたように忍がやってきて、
自分に判断を委ねた。
「どうするんだ前田の風来坊、このままじゃ…独眼竜は死ぬぜ」
その時言えたのは、
「…助けて、くれ」
酷く動揺した声で一言だけ。
自分で動くことも出来たはずなのに、脚が、手が、凍りついたように動かない。
重なる悪夢。
きつく蓋を閉めたはずの記憶が、手遅れだと囁く。
繰り返したくないのに、竦んで逃げ出したくて。
先に蒼を連れて消えた忍を追うことが出来たのは奇跡。
でも蒼の姿を見ることが怖くて。
(ほら今だって、俺は、逃げようとしてる)
俺は。
「…一番大切なものを失うのが怖いんだ」
小さく呟いた言葉は、座敷の静けさに吸い込まれて消えた。
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プロフィール
HN:
瑞季ゆたか
年齢:
42
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇
好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。
備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。
気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。
好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。
備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。
気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

