monocube
monoには秘めたイロがある。
見えないだけでそこに在る。
数え切れないそれは、やがて絡まり色彩(イロ)になる。
さぁ、箱をあけてごらん。
箱庭(ナカ)は昏(クラ)く底なしの闇色(モノクロ)。
深い闇に融けたらいいのに。
日々の戯言寄せ集め。
当サイトは作者の気まぐれにより、自由気ままに書きなぐった不親切極まりない戯言の箱庭です。
Ⅲ.「神話」の崩壊 3
それから限に銃を教える日々が続いていたある日。いつもはそこそこにボーダーラインを出るのだが、限が疲れて寝てしまい、獅戯と冴晞はいつもよりボーダーラインに長居していた。それぞれが何を飲むか知っている幸は、いつものように獅戯にはココアを冴晞には珈琲を入れた。その所作をしつつ、幸が口を開いた。
「…獅戯、お前バーテンやる気はないか?」
閉店間近のボーダーライン店内で、唐突に放たれた幸のセリフに獅戯は面食らった。
「――――は?」
まったく何を言ってるのか解からないといった反応の獅戯に、隣りに座る冴晞が笑った。
「良かったですね、就職先が見つかって」
「茶化すな」
「はい、すみません」
じろりと獅戯が睨むと、冴晞は微笑を浮かべつつ謝った。
「一体どういうことだ?それに、何で冴晞じゃなくて俺名指しなんだよ」
視線を目の前に立つ幸に向け、何の話かと獅戯は問いた。
「ちまいこと得意だろ、お前」
幸は事も無げにサクっと言った。そのセリフに獅戯は呆れた表情。
「そんなん、冴晞だって一緒だろ」
「え、僕じゃあ貴方の几帳面には勝てませんよ」
冴晞の一言に、獅戯はまた冴晞をじろりと見た。助けてくれると踏んだものの、あっさり見捨てられた気分だ。冴晞は大して動じた様子もなく笑い、獅戯は頭を掻いた。
「っつーか、そもそもアンタがいるのに何で俺に言うんだ?老い先短いってわけじゃねぇだろ」
「そんなクソ生意気なことを言うのはこの口かァ~?」
幸はやや引き攣った笑みで、獅戯の頬を抓り上げた。不覚にも掴まった獅戯はそれから逃れようともがく。その横で、獅戯を助けるでもなく冷静に冴晞が珈琲を一口飲んだ。
「でも、本当に唐突ですね。何かあったんですか?」
「…なぁに、しばし此処を離れようってだけさ」
二人の動きが止まる。
「ん?何だ何だ、変な顔して」
幸は獅戯から手を引いて、二人の様子を笑い飛ばした。
「そんなにアタシが居なくて淋しいのか?…ふふっ、モテる女は辛いねェ」
表情は未だ固いままで、獅戯が先に口を開いた。
「…店、どうすんだ?」
「だから、バーテンやる気はないかって言ってんだよ」
初めからそう言ってるだろ、と言わんばかりに呆れた幸の言葉。
「アタシも店には愛着があるからねェ。こんなイイ場所が無くなるのは勿体無いだろ?」
「じゃあ、無期限のバイトってことですか?」
冴晞の言葉に幸は目を細めた。
「バイト、なんて生温いモンかは別だな。アタシが帰るまで、此処を無くすなって条件付きだから」
「あはは、それは厳しい条件ですね。それに、閉鎖以来随分人が減りましたしね」
幸はカウンターから出て、円テーブルの椅子に座った。その姿を二人が追う。
「儲けなんて端から考えちゃいないさ。儲かったところで『退屈』だからなぁ」
ぼんやりと店内を眺める幸の目は酷く冷めていた。それは何処か此処ではない遠くを眺めているように感じられた。
「いつ出るんだ?」
二人には幸のことを引き止めるつもりはなかったし、引き止めもしなかった。ここで何を言っても、一度決めたら殆ど曲げない幸の意志を曲げることは出来ないと解かっていたからだ。
「特に決めてなかったな……よし、じゃあ明日にしよう」
「はぁ!?」
獅戯がそれこそ慌てて声を上げる。冴晞もすっかり驚いた様子だ。一方の幸はそんな二人の反応すら楽しんでいるようだった。
「何考えてんだ、アンタはっ!」
「出て行く前にちゃんと言ってるんだから、問題ないだろ」
「大アリだろ」
「…ですね」
獅戯と冴晞が指摘するも、幸には大した影響はないようだ。
「ま、そういうワケだ。精々頑張れよ、若造」
「…ったく。結局俺に選択肢なんてねェじゃねーかよ」
幸は獅戯のいじけたような呟きに、悪戯に笑った。
後日、ボーダーラインに幸の姿はなかった。二人の嘘ではないかという淡い期待はあっさりと裏切られてしまった。でもそれは幸の曲げることの出来ない意志表明。何とも幸らしいと思うしかない。
それから、彼女の姿を見ることはなかった。
「こんばんは」
冴晞はボーダーラインを訪れ、カウンターに座った。
「お前、手伝えって言ったろうが」
獅戯は相変わらず不機嫌な表情で冴晞に言う。
「僕が居なくても大丈夫ですよ、店内は相変わらずなんですし」
不機嫌に大して動じた様子もなく冴晞は笑った。店内を見廻しても、がらんとしている。「だからってなぁ」と更に言い募ろうとする獅戯の言葉をかわすように冴晞は話題を変えた。
「そういえば、限さん随分上達しましたね。具現化の速度も上がっているみたいですし。そろそろ、僕もうかうかしてられませんね。その成長は嬉しいんですけど、ちょっと寂しい気もしたりして」
「まるで一人娘を嫁に出す父親みたいな発言だな」
「獅戯の子煩悩ぶりには負けますよ」
あっさりと切り返された。獅戯はやはり冴晞には口では勝てないと感じて、言い返さなかった。
獅戯が幸から無理矢理店を任されてから、かなり経った。それなりに様にはなってきたが、やはり幸には敵わないことを獅戯は自覚している。幸が居た頃に比べ、人の出入りに大した変化は見られなかったが、“此処”の人口が増えた。若者が増えた点からすれば、獅戯たちの存在は数少ない大人だった。
結局その日も大して人は入らず、獅戯は少し早めにボーダーラインを閉めた。ボーダーラインからの帰り。待っていてくれた冴晞と共に獅戯はカオスを排除しながら帰っていた。
「…獅戯、何だか不自然ですね」
ぽつりと冴晞が言った。それは獅戯も感じていた。カオスとは別の気配がずっとついて来ているように感じる。獅戯も冴晞も感じているならば、それが気のせいで済むはずもなく。
「かなり居るな」
「どうします?」
「寝首を掻かれるのは腹立つしな。帰るよりこの辺で解決するか」
獅戯が立ち止まり、それに倣って冴晞も立ち止まる。その様子に別の気配たちが姿を現した。
「お前らにはここで死んでもらう」
相手の顔を覚えているはずもない二人は、相手が何者か気付かなかった。
「愉快犯ですか?仇討ちですか?それとも…馬鹿なだけですか?」
「馬鹿なだけだろ」
獅戯の一言に、場の空気が苛立ちを含む。
「…そんな口を利いたこと、後悔しろっ」
男たちは一気に二人に押し寄せて来た。獅戯と冴晞は即座に武器を具現化。男たちを沈めていく。接近戦の得意な冴晞は獅戯よりも早く自分のノルマの終わりが見えて来た。自分の見える範囲の敵を斬り終えた時、獅戯と冴晞の間に滑り込もうとする男の気配に気付いた。顔に残る傷痕、それに冴晞ははたと気づいた。この男を知っている。この男は、二人の戦い方を一度見ているはずだ。二人の「穴」が引き起こした敗北が頭を過ぎる。冴晞のその一瞬の迷いがその後の悲劇を引き起こす。
「獅戯っ…」
冴晞は全力で男の先に辛うじて回り込んだ。冴晞の背中と獅戯の背中がぶつかったのと、獅戯が最後の男を仕留めたのはほぼ同時だった。
「冴、」
「ふり返らなくても…ちゃんと、居ますよ」
さっきの冴晞の叫びに気付いた獅戯は咄嗟に冴晞の姿を確認しようとする。その時獅戯の喉元に当たる、冷たい感触。言葉だけではなく、刀まで使って冴晞は獅戯の行為を阻もうとする。
「…何してんだよ」
獅戯の声に滲むのは微かな苛立ち。それを冴晞が気づかぬはずもない。だが、冴晞はその手を緩めようとはしなかった。
「ふり返らないでください、怪我しますよ」
「そんなもん脅しになるか、」
まるで効かない様に、獅戯は背中を任せた冴晞の方を向こうとする。
「獅、」
「お前は俺を斬ったりできねぇだろーがっ」
刹那。獅戯の喉元に突き付けられていた刀が解ける。ふり返った獅戯の視界に飛び込んで来たものは、赤い。緩やかに曲がった背中と、微かに震える肩。
「…あ…あぁ…あ…ああ…」
男はその光景を目にした獅戯の圧倒的な力の前に、震えていた。獅戯は冴晞が掴んで放さなかった男の足を打ち抜いた。男はもがきながら地面に倒れ、反動で倒れて来た冴晞を受け止める。
「…はは、狡いですねぇ…貴方は」
冴晞は浅い呼吸を繰り返す。
「そう…貴方を、傷、付けられる…はずがない…」
冴晞の身体に深く刺さった短刀。血は少しずつ面積を拡大していく。
「…本物の、短刀とは…虚を、突かれましたね…」
この短刀を抜くことは出来ない。抜けば、確実に冴晞の死を早めることになる。だがその分、冴晞に与えられる苦痛が緩むこともない。獅戯は何も出来ないことに歯痒さを憶えた。今“此処”に医療に長けた彼女は居ない。
「ひっ…」
獅戯に足を撃たれた男は、そんな獅戯のもどかしさを感じ取ったのか逃げようと動かない足に力を込めた。獅戯はそんな男の反対の足も打ち抜いた。冷たい、何の感情もこもらない瞳で。もっとも、それはこの男には見えないが。
「うがぁあぁぁっ!!」
醜い男の絶叫が響き渡る。だが、助けなど来るはずもない。冴晞は震える手を伸ばして、獅戯の銃を持つ手に触れる。それは断固とした制止。獅戯が冴晞に視線を戻すと、冴晞は歪んだ笑みをした。苦痛に侵蝕された、痛々しい笑み。
「…貴方の、バーテン姿…もう少し、見ていたかった、ですよ…」
気が狂いそうな痛みの中で。遠くなる意識を必死で繋ぎ止めて。
「…獅戯、」
冴晞は制止を掛けた手を伸ばして、獅戯の頭を引き寄せる。そして、
「愛しています」
そう、耳元で呟いた。
それは、今まで一度だって口にしなかった言葉。獅戯はその言葉に僅かに目を見開いた。冴晞はその反応に気づいたのか、満足そうに笑った。そして、獅戯の頬に触れていた手が重力に従って落ちる。獅戯の頬には、生温い血の跡。獅戯の好きだった冴晞の髪は、獅戯の肩口に毀れて。身体を支える腕に感じる更なる負荷。その瞬間に、冴晞が“此処”に居なくなったことを悟った。獅戯は冴晞の頬に手を伸ばして、その口唇に触れるだけのキスをした。
「…あぁ、俺もそうだ」
獅戯は冴晞を見、応えるように呟いた。
「やめろっ!た、助け…」
獅戯は再び男に向いて、今度はその両腕を打ち抜いた。
「がぁぁあぁぁっ!!!」
まるで獣の雄叫びのようだった。
「――――苦しめよ」
少しずつ、ゆっくりと壊してやる。冴晞の苦痛より酷く、長く。“いっそ殺してくれ”と言っても、決して獅戯は殺してはやらない。
「悶え苦しみながら、死ねるのを待つんだな」
両足も両腕も打ち抜いた所で、獅戯はその手を止めた。冴晞の重くなった身体を背負って、その場を去る。その途中空を見上げると、皮肉なほど綺麗な星が見えた。
『その過程がどんなに違っても、最期の時に同じことを想えたら…素敵だと思いませんか?』
冴晞がかつて獅戯に言った言葉。
『たとえ、与えられる結果が全く異なるものだとしても』
今の二人の間には、越えられない、変えられない、それこそ全く異なった結果が存在している。
『だから、貴方は前を向いて歩いて行けばいい』
「…お前は、それを望むか?」
応えるはずがないと解かっていながら、獅戯は冴晞に小さく問う。
「俺の背中を守るのは、お前の役目だ。だから…俺は前を向いて、先の見えない闇を見据えてやるさ」
そしてこの後形式上、獅戯は銃を置いた。それはひとつの意思表明。冴晞以外は誰も獅戯のパートナーになど、成り得ないのだから。
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no trick
男はその腕に瑠璃色の双刀を抱いて、笑う。
呼応するように、瑠璃色はその鮮やかさを増す。
統べては、総てを全て断ち切るために。
『no trick』
世界がすっかり闇の帳の中に包まれた時分。
レイヴンは蠢き立つトランプの処理に追われていた。そしてその中に立つ、異色の男と女。
双方と対面するのは初めてではなかった。
「お久し振りですね、」
男は愉しげに笑い、呼応するようにレイヴンも笑った。
「幹部様揃ってお出ましかよ、光栄だねぇ」
「僕らもたまには挨拶をしておかないと、失礼にあたりますからね」
"鉱石の主様に"と相変わらずの笑顔で付け加える。
「あの夜の続きだ、」
「臨むところです」
レイヴンは地を蹴り、男も刀を手にし迎え撃つ。
これで何度目の夜だろうか。度々レイヴンはこの男と殺り合っている。そしてその度に決着を後回しにする。正直なところ、本気を出しているかどうかは判らない。だが、こうも結果が先延ばしになると本気を出していないというところが妥当か。少なくとも、レイヴンはそうだった。仲間内では十分に強者のレイヴンが見つけた退屈しのぎ。クォーツに知れれば、不謹慎だと優しく嫌みでも言われそうだが。
「相変わらずお強いですね、貴方は」
「その俺に決定打を与えないお前はどうなんだ?」
男の太刀を受け、スライドさせて次の一撃。読み切った男は上体を反らしてかわすと、更に踏み込んで一閃。かわさず真っ向から一閃を受け止める。ギリギリと金属の擦れる不快な音がした。
「…膠着状態は、面白くないですかね」
この状況で表情を変えない男は小首を傾げる。
「気持ち悪い、」
レイヴンはその仕種に初めて吐き捨てるように言った。
「では、そろそろ動きましょうか」
「初めっから動きなさいよっ」
苛立った女の声に、男は振り返り笑う。
「そんなに怒らないでください」
その態度が気にくわない。
「余所見とはいい度胸だな」
弾かれた二つの刀。だが直ぐに切り返すレイヴン。即座に注意が向いたところで、この一撃はかわせまい。刹那。耳の鼓膜を震わす高音。
「なっ…」
背を向けたままの男は確実にレイヴンの一撃を受け止めた。
「…余所見はできると思わなきゃできないものですよ」
それは、「お前の太刀は余所見していても受けられる」ということ。直接的でない男の言い回しが癇に障る。
「貴方唯一の刀は、僕に届きませんが?」
漸く振り返ってレイヴンと視線がぶつかる。
酷く穏やかで波一つ立たぬ金色の瞳。それが動き出した証拠。リミッターの解除を示す金色を、レイヴンは知識として持っていた。だとすれば、こちらもそれに応えない理由はない。
「唯一の刀、だって?」
レイヴンは刀を持つ手を下ろして、ゆっくりと繰り返す。男は僅かに眉を顰めた。
「それが本トなら、お前の両目は節穴だな」
瑠璃色の光りが弾ける。その色を纏う女は、ゆっくりとその形を確かめるようにレイヴンに触れていく。
「…生憎だが、俺の刀は三本だ」
男はその腕に瑠璃色の双刀を抱いて、笑う。
呼応するように、瑠璃色はその鮮やかさを増す。
統べては、総てを全て断ち切るために。
レイヴンは地を蹴る。それは完全に勢いを取り戻した動き。不規則に動く三本の刀を、男は巧みにかわしていく。受けては払い、かわしてはまた受ける。それをしばらく繰り返したところで、男が大きく距離を取った。しかしそこで止まらず深追いした判断が間違いだと気づくのはすぐ後のこと。
「…綺麗ですね、これ」
レイヴンの一撃を刀で緩め、刀と反対の手が止める。手のひらにザックリと食い込んだが、痛覚すら無いかのように男は動じない。そして次の瞬間。
嫌な、予感がした。
男は捕まえた瑠璃色の刀に、自分の刀を突き立てた。何度か突き刺された瑠璃色は、やがて悲鳴を上げるように折れた。
その刀の大半を掴まれたまま、折れた瑠璃色を庇ってレイヴンが距離を取る。滴る血すら気にすることなく、男は捕まえた刀を手から抜く。それは直ぐに解けて、右腕に戻った。それを確認して、男はレイヴンを見る。そして、
「一つずつ折ってあげますよ、」
男は笑う。
「…精々、負け犬の牙だけは研いでおくんですね」
その手に、瑠璃色の残滓を残す右腕を抱いて。
「じゃないと、面白くないでしょう?」
鉱石を庇うレイヴンを見下ろしながら、
「退屈しのぎなんだから、それなりの働きをしてもらわないとね」
男が笑う。
「…っ、」
レイヴンが奥歯を噛み締める。ラピスラズリに触れる手に力が籠もった。レイヴンの悔しさや怒りは、痛いほどにラピスラズリに伝わる。
「では、また」
優雅に一礼して男は一足先に消えた女を追って闇に溶けた。
「――――…マスター、」
白い顔で不安げな声を上げるラピスラズリの欠けた腕に触れる。それは酷く優しい触れ方で。
「…心配すんな、必ず取り返す」
「…はい、」
レイヴンの手に、ラピスラズリは左手を重ねるように触れた。
呼応するように、瑠璃色はその鮮やかさを増す。
統べては、総てを全て断ち切るために。
『no trick』
世界がすっかり闇の帳の中に包まれた時分。
レイヴンは蠢き立つトランプの処理に追われていた。そしてその中に立つ、異色の男と女。
双方と対面するのは初めてではなかった。
「お久し振りですね、」
男は愉しげに笑い、呼応するようにレイヴンも笑った。
「幹部様揃ってお出ましかよ、光栄だねぇ」
「僕らもたまには挨拶をしておかないと、失礼にあたりますからね」
"鉱石の主様に"と相変わらずの笑顔で付け加える。
「あの夜の続きだ、」
「臨むところです」
レイヴンは地を蹴り、男も刀を手にし迎え撃つ。
これで何度目の夜だろうか。度々レイヴンはこの男と殺り合っている。そしてその度に決着を後回しにする。正直なところ、本気を出しているかどうかは判らない。だが、こうも結果が先延ばしになると本気を出していないというところが妥当か。少なくとも、レイヴンはそうだった。仲間内では十分に強者のレイヴンが見つけた退屈しのぎ。クォーツに知れれば、不謹慎だと優しく嫌みでも言われそうだが。
「相変わらずお強いですね、貴方は」
「その俺に決定打を与えないお前はどうなんだ?」
男の太刀を受け、スライドさせて次の一撃。読み切った男は上体を反らしてかわすと、更に踏み込んで一閃。かわさず真っ向から一閃を受け止める。ギリギリと金属の擦れる不快な音がした。
「…膠着状態は、面白くないですかね」
この状況で表情を変えない男は小首を傾げる。
「気持ち悪い、」
レイヴンはその仕種に初めて吐き捨てるように言った。
「では、そろそろ動きましょうか」
「初めっから動きなさいよっ」
苛立った女の声に、男は振り返り笑う。
「そんなに怒らないでください」
その態度が気にくわない。
「余所見とはいい度胸だな」
弾かれた二つの刀。だが直ぐに切り返すレイヴン。即座に注意が向いたところで、この一撃はかわせまい。刹那。耳の鼓膜を震わす高音。
「なっ…」
背を向けたままの男は確実にレイヴンの一撃を受け止めた。
「…余所見はできると思わなきゃできないものですよ」
それは、「お前の太刀は余所見していても受けられる」ということ。直接的でない男の言い回しが癇に障る。
「貴方唯一の刀は、僕に届きませんが?」
漸く振り返ってレイヴンと視線がぶつかる。
酷く穏やかで波一つ立たぬ金色の瞳。それが動き出した証拠。リミッターの解除を示す金色を、レイヴンは知識として持っていた。だとすれば、こちらもそれに応えない理由はない。
「唯一の刀、だって?」
レイヴンは刀を持つ手を下ろして、ゆっくりと繰り返す。男は僅かに眉を顰めた。
「それが本トなら、お前の両目は節穴だな」
瑠璃色の光りが弾ける。その色を纏う女は、ゆっくりとその形を確かめるようにレイヴンに触れていく。
「…生憎だが、俺の刀は三本だ」
男はその腕に瑠璃色の双刀を抱いて、笑う。
呼応するように、瑠璃色はその鮮やかさを増す。
統べては、総てを全て断ち切るために。
レイヴンは地を蹴る。それは完全に勢いを取り戻した動き。不規則に動く三本の刀を、男は巧みにかわしていく。受けては払い、かわしてはまた受ける。それをしばらく繰り返したところで、男が大きく距離を取った。しかしそこで止まらず深追いした判断が間違いだと気づくのはすぐ後のこと。
「…綺麗ですね、これ」
レイヴンの一撃を刀で緩め、刀と反対の手が止める。手のひらにザックリと食い込んだが、痛覚すら無いかのように男は動じない。そして次の瞬間。
嫌な、予感がした。
男は捕まえた瑠璃色の刀に、自分の刀を突き立てた。何度か突き刺された瑠璃色は、やがて悲鳴を上げるように折れた。
その刀の大半を掴まれたまま、折れた瑠璃色を庇ってレイヴンが距離を取る。滴る血すら気にすることなく、男は捕まえた刀を手から抜く。それは直ぐに解けて、右腕に戻った。それを確認して、男はレイヴンを見る。そして、
「一つずつ折ってあげますよ、」
男は笑う。
「…精々、負け犬の牙だけは研いでおくんですね」
その手に、瑠璃色の残滓を残す右腕を抱いて。
「じゃないと、面白くないでしょう?」
鉱石を庇うレイヴンを見下ろしながら、
「退屈しのぎなんだから、それなりの働きをしてもらわないとね」
男が笑う。
「…っ、」
レイヴンが奥歯を噛み締める。ラピスラズリに触れる手に力が籠もった。レイヴンの悔しさや怒りは、痛いほどにラピスラズリに伝わる。
「では、また」
優雅に一礼して男は一足先に消えた女を追って闇に溶けた。
「――――…マスター、」
白い顔で不安げな声を上げるラピスラズリの欠けた腕に触れる。それは酷く優しい触れ方で。
「…心配すんな、必ず取り返す」
「…はい、」
レイヴンの手に、ラピスラズリは左手を重ねるように触れた。
Ⅲ.「神話」の崩壊 2
「お前、名前は?」
「―――――限(キリ)」
限と答えた少女は、感情を表わすのが苦手らしく普段からあまり表情を変えない。その所為か、言葉も必要以上に発さない子どもだった。
「…若いっていいですね」
笑って言う冴晞に、獅戯は“何歳か老けたセリフだな”とその頭を軽くどついた。
獅戯の教え方は特別覚えやすいというものではなかったが、限は歳の割りに飲み込みが早く、すぐに獅戯の言うことを憶えてしまった。むしろその飲み込みの良さに舌を巻いたのは獅戯たちの方だ。だが同時に銃に夢中になっていくその様子が、まるで今まであったことを忘れようとでもしているようで。二人は妙な痛々しさを感じてもいた。日々の練習は幸から借りた空家で、その後はボーダーラインに寄るという生活が続いていた。時折姿を消す冴晞は、ご飯を作ってはボーダーラインに持ち込んだ。
「…アタシのより旨いもん持ち込まれると、嫌みに感じるな」
幸の言葉に冴晞は苦笑し、むしろ限より食欲のある獅戯は“旨いから問題ねぇだろ”と冴晞の肩を持つ。そんな間に挟まれた限は、双方の表情を見つつご飯を食べていた。
「…ったく。少しは変化があると思ったが、全っ然変化ねぇなお前らは」
冴晞用の珈琲を入れつつ、幸は笑った。
「それで、成果は出てるのか?」
「それなりにだな。だけど、飲み込みは早ぇしセンスはあるし」
獅戯は思案する間もなく答えた。
「そうか。頑張ってるもんなぁ、限」
幸を見上げる限の頭を幸はくしゃくしゃと撫でた。この時だけ、限は少し表情が嬉しそうになる。獅戯も冴晞もそんな限を抜かりなく見ては、小さく笑った。
「その内僕なんて、あっという間に追い抜かれちゃうんでしょうね」
珈琲を飲んで、冴晞は言う。それを聞いて、少し驚いた様子で幸は答える。
「随分と弱気だな」
「事実ですよ。限さんの成長は目覚しいですから」
名前を呼ばれて、限は冴晞を見上げる。冴晞は限に微笑んだ。
「アタシは“此処”で閉鎖前も閉鎖後も変わらず店を続けてる。お前らはその店の常連で、閉鎖前からずっとカオスを殺し続けてる。閉鎖された後に生まれた限は、お前らに出会っていずれカオスを殺すことになる…かもしれないし、そうでもないかもしれない。この子の未来に、少しでいいから今より“此処”がマシになってるといいけど」
幸はカウンターに頬杖をついて、そう言った。それからすぐに立ち直って、
「そうだ。限、今日は此処に泊まっていきな。たまにはアタシの相手もしてほしいからね」
と身を乗り出してにっこりと笑った。限は少し幸の顔を眺めていたが、獅戯と冴晞の顔を見てから頷いた。
ボーダーラインからの帰り道。冴晞は、幸の言葉を思い出していた。
「獅戯、…貴方は、少し変わりましたね」
唐突な冴晞の言葉に、獅戯は何事かと冴晞を見た。
「少し、丸くなりましたよ」
“そんなの解かるかよ”と獅戯は冴晞から視線を逸らした。
「獅戯、さっき幸さんが言ってたこと覚えてます?」
『アタシは“此処”で閉鎖前も閉鎖後も変わらず店を続けてる。お前らはその店の常連で、閉鎖前からずっとカオスを殺し続けてる。閉鎖された後に生まれた限は、お前らに出会っていずれカオスを殺すことになる…かもしれないし、そうでもないかもしれない』
獅戯が冴晞の指すものが何なのか気付くのに、大した時間はかからなかった。
「今まで改めて考えたことはなかったですけど、人の生き方って…こうも違うんですね。どこかで変化が起こる可能性を孕んでいる」
まるでのその事実をたった今知った、とでも言うように冴晞は呟いた。
「当然だろ。俺が俺の意志で生きてるように、お前はお前の意志で生きてる。俺が死ねって言っても、そう素直に死なねぇだろ」
「どうでしょうね、貴方が言うなら死ぬかもしれません」
冴晞が笑って答えると、獅戯は怒ったのか眉間に皺を寄せる。
「折角の色男ぶりが台無しですよ」
“誰の所為だよ”と獅戯は悪態を吐く。
「とにかく、結果も過程も全く同じになるなんてことねェだろ、普通」
茶化してはいても、そんなことを冴晞が理解できないとは思っていない。獅戯からすれば、自分より
冴晞の方がそういう理解に関しては上だ。
「でも、貴方と僕は同じ場所に立ち同じ刻を過ごしている」
ずっと、繰り返して来た時間。それは十分永いと言ってもおかしくないほど。
冴晞の声はいつもとは違って妙に真剣で。呟きに近いそれを掻き消すように風が二人を凪いでいく。冴晞の黒髪が揺れて、獅戯はそれを見ていた。
「…だからって、求めるものが同じだとは限らねぇだろ」
冴晞は風が過ぎるのを待ってから、獅戯の言葉に“尤もですね”と頷く。
「じゃあ…追い求めた先には何があるんでしょうね」
生?それとも死?
倖せ?それとも後悔?
「追い求めて、辿り着いてしまったら…どうなるんでしょうね」
何の為に生きるのか?
その希みが満たされたら、満足するのか?
答えを求めない、廻り続ける問い。それは、自分たちの生きる意義に似ていると獅戯は思った。同じことを、冴晞は感じているのだろうか。だとしたら、それに対するちゃんとした応えを獅戯はまだ見つけられていない。模範解答じゃないのは解かっている、それでも今応えられることを獅戯は必死で探し言葉を紡ぐ。
「…自分が選び出した結末なんだ。それが不倖に向かうことになっても、もう抗えねぇだろ。引き返す気がないんだったら、先を見据えるだけだ」
獅戯が応えられる「応え」を出したのは冴晞の為だけじゃない。多分、自分に言い聞かせる為でもあって。
「果ての見えない、暗闇でも?」
獅戯はただ、頷いた。そんな真っ直ぐな態度に、冴晞は苦笑するしかなかった。
「――――強い人ですね、貴方は」
だからこそ、冴晞は獅戯の隣りを選んだのかもしれない。冴晞は難しいことを考えるのを拒否したわけじゃない。すべて獅戯に委ねたわけじゃない。それでも、冴晞が迷う時に獅戯の言葉は複雑な絡みを緩めてくれる。獅戯本人さえ意図しない、無意識の言葉が。
「俺の背中はお前が守ってくれるんだろ。それなら、俺は前に進むしかないしな」
ぽつりと呟くように発された獅戯の言葉に、冴晞はただ驚いた。そんな言葉が獅戯から出るとは思わなかったのだろう。
「…人の生き方はこんなにも違う。生まれも、経験も意志も違っていますからね。でも、でもね…その過程がどんなに違っても、最期の時に同じことを想えたら…素敵だと思いませんか?」
冴晞はゆっくりと言葉を紡いでいく。獅戯は何も言わずにそれを聞いていた。或いは聞きながら何かを思っていたのかもしれない。
「たとえ、与えられる結果が異なるものだったとしても」
冴晞は遠くに何かを見るように続けた。
「自分の道連れとして、誰かを心から求めても…実際に死ぬ時は、恐らくひとりなんでしょう」
獅戯は何かを感じ取って、訝しい表情になった。
「独占欲が強い自覚はありますけど…道連れにする勇気、僕にはありませんから」
「何の話だ?」
「だから、貴方は前を向いて歩いて行けばいい。…いつでも僕は、そう希んでます」
「冴晞、」
獅戯の真剣な制止。その反応に、冴晞はまたふわりと笑った。
「…まあ、当分貴方の背中は譲る気無いですけどね。誰にも」
Ⅲ.「神話」の崩壊 1
『神話』は正義じゃない。正義は人の内なるもの。だから、それは『神話』などとは到底言えない現実。でもそれは力無き者が希む革命…ひとつの大きな分岐点であった。
『欲や感情任せの暴力による支配』からの解放。
それが“此処”での弱い人間たちの希みだった。
「や、やめてくれ…」
ゴツイ腕時計に、どぎつい柄のネクタイ。高級そうなスーツと、眩しく光る幾多もの指輪。自分では手を下さず、金にものを言わせて人を顎で使う。すべての暴力を高みから面白そうに見下ろしていた男。その男は今、二人の男に追い詰められていた。尻餅をつき、見苦しく絨毯の上を後ずさる。
「わ、ワタシにも息子や…孫だって居る…」
獅戯は男へ銃口を向けている。冴晞は刀を具現化させているが、獅戯から一歩引いてことの成り行きを見守っている。
「だから…やめてくれ…」
獅戯は男を随分冷めた目で見下ろしながら、引き金に掛ける指に力を込めた。だがその時、何かが男を庇い銃口の延長線上に入った。
「獅戯っ」
先に気づいたのは冴晞だった。冴晞の行動は早く、咄嗟に刀で弾丸を弾く。冴晞の腕に鈍い痺れが疾った。獅戯が銃口を上げると、そこには幼い…十歳前後の少女が居た。男は泡を吹いて倒れ、少女は何も言わず強い瞳で獅戯を精一杯睨んでいた。それを見下ろしながら、獅戯は再び男に銃口を向けた。
「…冴晞。此処でガキを殺してやるのと、生かしてやるのと、どっちが倖せだ?」
慌てた素振りも無い、静かな声だった。
「それは…」
冴晞にとってもすぐに答えかねる問いだ。
「殺せば終わるが、生かせば後に俺たちを危険に曝すかもしれない。だが、ガキは何もしちゃいない。生きる道も、死ぬ結末も抱えてる」
「えぇ、そうですね」
冴晞はゆっくりと目を閉じた。
「――――貴方がどちらを選択しても僕はそれを肯定しますよ。だからそれは、この子の最善です」
そして、獅戯は銃の引き金を引いた。
男の元を後にした帰途の間、獅戯も冴晞もお互いに口を開こうとはしなかった。ただ、むくむくとキリがなく現れるカオスの這う音だけが、酷く耳に障った。
「…パパ、ママ…どこ…?」
カオスとは違う足音。微かに聞こえた声の先に目を凝らすと、そこには裸足の少女が居た。途端、二人に苦い感情が疾った。その少女はまるでつい先刻見た少女と同じくらいで。少女はぺたぺたと裸足で歩いて、二人に気付いたのか足を止めた。その後方にカオスが出現する。少女はそれに気付いてい
ない。二人の足は、動いていた。先に獅戯が銃を具現化し、少女に伸びているカオスの触手を撃つ。その後すぐに触手を撃たれたカオスを冴晞が一閃し、その間に獅戯が少女を保護する。
「…パパ、ママ…」
獅戯に抱き寄せられたまま、少女はまるでうわ言のように呟いた。
「…どうして、カオスを引き寄せて…」
怯んだ様子もなく次々に伸ばされるカオスの触手を斬り、カオスを退けていく冴晞。獅戯も距離を詰められないように応戦する。
「冴晞、このガキカオスに侵喰されてねぇ。どこも、少しもな」
「…成る程。それならカオスを引き寄せたのも納得ですね」
カオスは侵喰されたモノを同類と見なす。たとえ、まだ人間であっても。だからこそ同類ではないモノ惹かれる。そしてそれは彼らにとっても重要な餌。
「獅戯、どうします?」
冴晞は更に獅戯たちの前に出て、カオスを肉塊に変えていく。冴晞が問うのは、先刻問いたのととても似ている。
「パパもママも…土気色になって、どこかへ行っちゃった。だから、探さなきゃ」
カオスと化した親。だとすればもう生きていないか、或いは生きていても自我は失われ人の形すら保っていないだろう。どっちにしても、結末は残酷だ。獅戯は腕の中で軽く身じろぐ少女を押さえた。
「獅戯、」
何もかも背負えるとは思っていない。すべて受け入れてやる為に、腕の中に残したわけでもない。何がこの少女にとって良い選択なのかも、未だ解らないまま。無力なのを自覚しているけど。
『――――貴方がどちらを選択しても僕はそれを肯定しますよ。だからそれは、この子の最善です』
「――――連れてく」
冴晞はその獅戯の選択を深く問うことなく。
「…分かりました。じゃあ、急ぎましょうか」
“今は時間帯が悪いですから”と障害になるカオスを率先して薙いでいく。獅戯は少女を抱き上げて、二人はやや急ぎ足でボーダーラインに向かった。
「――――お前ら、何時の間に子どもなんて作ったんだ?」
手を止めて面白がるように、幸は目を細めた。
「カオスに狙われているのを保護したんです。どうやら両親を探しているみたいで。でも恐らくもう…」
『パパもママも…土気色になって、どこかへ行っちゃった』
幸は獅戯の下ろした少女に近付いた。少女は幸をゆっくりと見上げた。それを獅戯と冴晞は見守る。幸はしゃがんで少女に目線を合わせると、肩を掴んでしっかりと少女を見た。
「パパとママを探してるのかい?」
少女は声を出さずに小さく頷いた。
「…もう、探さなくていいんだ」
少女は何を言われたのかまるで理解できていないように、ぼんやりとした表情で幸を見返している。だが、幸は言葉を紡いでいく。
「もう、“此処”には居ない。何処を探しても、見つからない。解かるか?」
すると少女は黙ったままだったが、頬を伝って涙が零れた。幸はその少女を愛おしそうに見た。それはとても穏やかで優しい眼差し。
「そうか、ちゃんと解かってるんだね。…良い子だ」
幸は少し強い力でくしゃくしゃと少女の頭を撫でた。
「泣いちまいな、我慢なんてしなくていいから」
そして、幸は少女を抱きしめた。微かに震えていた小さな身体はふっと強張りが解けていった。やがて小さく鳴咽も聞こえて。少女は幸の腕の中で堪えていたものを吐き出すように泣いていた。
しばらくして、少女は眠ってしまった。幸のお陰で緊張が取れたのだろう、当然の成り行きだ。
「…よく似合ってますよ、パパ」
「お前なぁ、」
冴晞は微笑ましい表情で獅戯に言い、幸も笑う。ただ獅戯だけがえらく不機嫌な表情だ。
「起こすなよ」
幸が釘を刺す。それもそのはず。少女は獅戯の膝の上をしっかり陣取って眠っていた。よって獅戯は全く動けない状態にある。
「それで、これからどうするんだ?お前らが討った男が居なくなったんだ。当分は、統制の取れない馬鹿どもの野放図が広がって厄介だろ。それまでの保護は認める。だけどそれ以降はどうする?」
幸はカウンターから出て、獅戯の座るソファの前に立ち獅戯にココアを手渡す。
「お前らが責任持って面倒をみるなら、それで構わないさ。この子の存在は、お前たちにも良い変化をもたらしそうだしな。だけど、どっちみちこの子が自分の身を守れるようにならなきゃ話にならない」
「――――幸、」
獅戯がココアを飲んでから口を開いた。幸はカウンターに戻る足を止めて獅戯を見た。
「アンタの持ってる空家貸してくれないか?」
「何に使う?」
「このガキに銃を教える」
冴晞は驚いた様子で獅戯を見る。幸は興味深そうな表情だ。
「この子はお前と違って繊細にできてる。今の状態でそれが可能か?」
「このガキ見たなら気付いたろ、大した傷も無くカオスから身を守ってた。ただそれの遣い方が解からないだけで、センスはある。…無理矢理にでも進まなけりゃ、ガキはこのまま朽ちるだけだ」
「獅戯…」
幸はそれを聞いて軽く笑うと、獅戯に鍵を放る。
「それならいい、勝手に使いな。その子がどれほどの実力をつけるか、楽しみだよ」
獅戯はそれをしっかりと受け取った。
Ⅱ.やわらかな傷跡 4
獅戯はずっと考えていた。
幸に応急処置をしってもらってから随分と時間が経っている。立って足を伸ばそうとしなかった理由は、ずっと考えていたからだ。そう不器用ながら自分に言い訳をする。したところで言葉にできないこの有耶無耶な感情が晴れることはなく、それどころか自分自身に対する嫌悪感が増していくのを理解っていながら。
獅戯はゆっくりとした足取りで冴晞の部屋に辿り着くと、軽く深呼吸をしてからドアをノックした。
「――――…どうぞ、」
微かに聞こえた冴晞の声に、獅戯はドアを開けた。部屋の電気は点いていない。それでもベッドに横たわる冴晞の姿を捉えることができたのは、窓から差し込む月明かりに因るものだった。身体を起こそうとする冴晞を支える。
「…怪我は…」
「そんなに大した怪我じゃない」
獅戯の声は沈んだような、静かな声だった。理由が理解っているから、冴晞もそれに触れることはなかった。
「でも…見えないのでしょう?」
獅戯は答えなかった。幸も言っていた。もう、この左目は見えないと。たとえ開いても、二度と元あった景色を映すことはない。だが治まらない感情を無理矢理抑え込んだ冴晞の声に、獅戯は話の矛先を変えようとした。
「――――それより、お前の怪我は平気なのか?」
獅戯の言葉に、冴晞はただ苦笑した(それが冴晞の悪い癖だと獅戯が気付くのは、もう少し後の話だ)。
「しばらくは使えませんね、動かすのも億劫ですし。…でも、両利きになるいい機会ですよ」
獅戯は隠し切れない包帯を見ては、すぐに目を逸らす。
「…そうか、」
その声はどこか上の空で。獅戯はきっとただ考えていただけ。それだけのはずなのに、冴晞には獅戯の表情が酷く痛んでいるように見えた。そして獅戯の不器用なそれは、冴晞の意地をあっさりと看破してしまった。
「―――――…そんな表情、しないでください」
冴晞の声に上げた視線は、冴晞のそれとぶつかる。獅戯は自分自身の無意識な表情にはっとした。
「貴方が僕に、そして僕が貴方に傷を負わせた…それだけで、十分です」
「俺たちは、…敗けた」
それは敵だけではない色々なものにだ。二人は同様のことを感じている。これはそれぞれが一人の時に感じたそれとは比較できないほど、重い。痛んだのはお互いの傷でも幸の殴った場所でもない。
「確かにあの時、獅戯さんが居た。でも僕は…一人で戦っていた」
「俺も、そうだ」
『お前たちは「二人」なんだ、それを忘れるな』
幸の言葉を思い出す。幸にはすべてお見通しだった。二人が居ても、一人と一人では意味がない。一人で戦っているのなら、もう一人の存在は足枷にしかならなのだから。二人の穴に入ってきたあの男も言っていた。「背中を預けることもできないのか」と。そしてそれなら組まない方がずっと意味があると。二人が意識していながら、気付かないフリをしていた「穴」。それに意図的に入って来た男が示唆したのは、恐らく幸の言ったことと同じこと。1+1が2にすらならない。
「…獅戯さん、僕は貴方に守ってもらいたいわけじゃありません」
冴晞の瞳は真っ直ぐに獅戯に向けられている。
「ただ…貴方と同じ場所で戦いたい」
その言葉が意図するのは、『一人』ではなく『二人』ということ。
「だから…貴方の背中を、僕に守らせてもらえませんか?」
冴晞の言葉に今度は獅戯が苦笑した。突然利き腕が使えなくなって、不安や混乱を感じていないわけではない。それなのに冴晞は獅戯を気遣って、その上真っ直ぐな強い視線を向けてくる。冴晞の新たな一面を知って、獅戯は幸がとんでもないやつと引き合わせたのだと再確認する。同じ思いをしているのに、沈んでいる自分が格好悪い気がした。
「…俺の背中はお前に預ける。もう二度と、あんな屈辱は御免だ」
ふっと和らいだ獅戯につられる様に、冴晞も笑う。
「二度と傷付けませんから…獅戯さん」
「獅戯さんてのはやめろ。俺たちは対等なんだろ?獅戯でいい」
獅戯が眉間に皺を寄せて答えると、冴晞は一瞬きょとんとして、それからすぐにまた笑った。獅戯がそんな些細なことでも意識してくれていることが嬉しかったのかもしれない。
「獅戯…ですね、努力します」
それからすぐに“コツ”を掴んだらしい二人は、本当に強くなってしまった。相性の良さは幸が睨んだ通りというわけだ。だがそれが、後に『神話』と呼ばれる存在になることまでは幸でも想像していなかったに違いない。
ボーダーラインを後にして夜道を歩いていた冴晞は、その先に存在する気配に気付いて小さく笑った。
「…待っててくれたんですか?」
冴晞の言葉に、獅戯は軽く頭を掻いてから応えた。
「…幸に居残り言い渡されて、落ち込んでるかと思った」
幸が非道な人間だとは獅戯も本気で思ってはいないものの、何に対しても目聡い幸と一対一で向かい合うのは勇気が要る。いつものように茶化してくる幸ならばどうと言うこともないのだろうが。「心配した」と口には出さないが、冴晞にはその気遣いが手に取るように分かった。
「落ち込んではいませんよ、ただ、自分の決心の甘さは痛感しましたけど」
冴晞が苦笑する。それを見て獅戯は手を伸ばし、冴晞の頭を軽く叩いた。
「…それ、お前の悪い癖だ」
獅戯の言葉に虚をつかれて、冴晞は言葉に詰まった。だが獅戯はそれを気にすることなく歩き出す。
「帰るぞ、」
冴晞は“参った”とばかりに額を軽く押さえ小さく息を吐き出すと、先を歩く獅戯を追った。
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自己紹介:
◇2006.11.16開通◇
好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。
備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。
気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。
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好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。
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