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月蝕

ほら、あの夜と同じ月。
深くて昏い闇に、月は溶けて。

肩につくくらいの黒髪。
緋色のエプロンドレスを着た、幼い少女。
それが、僕らのアリス。


「チェシャ猫、私のお願い…聞いてくれる?」
少女の声に、チェシャ猫は応える代わりに一言。
「何だい、アリス」
少女はまるで未来を見透かすように、ゆっくりと言葉を言葉を紡ぐ。
「チェシャ猫、あなたが私を導いて」
それは少女の年令には凡そ似付かわしくない、大人びた口調。
「いづれ私は、みんなを忘れてしまう。世界を閉じて何もかもに蓋をする。でも…必ず真実と向かい合わなければならない時がやってくるでしょう」
幼い少女は手を伸ばし、屈んだチェシャ猫の頬に触れる。
「あなたたちを思い出す時、」
腫れた頬。
怯えた瞳。
「そして、忌まわしい記憶を思い出す時が来たら」
「アリス、」
「すべて忘れた私を…あなたが導いてね」
痛くて辛い、真実へと。
「――――僕らのアリス、君が望むなら」

そうして、アリスは消えた。
すべての痛みを吸い込んだこの世界に残ったのは、住人たちと数えきれない程の歪みだけ。
「どうして、それがあなたなの!?チェシャ猫」
女王は酷く不機嫌な様子でチェシャ猫に怒鳴った。
一方のチェシャ猫は、まるでそれに慣れてしまったかのように平然と笑っていた。
「さぁ?」
「それに、あなたが願いを聞いてしまったからアリスはっ…」
そう言って、女王は一旦言葉を切る。
そう、アリスはもう居ない。
「…アリスの望みなら、聞いてあげたいと思うのは当然だけれど…」
段々女王の声は小さくなっていく。
「僕らはアリスの意思は超えられない」
「解っているわ、そんなことっ」
女王は淡々と言うチェシャ猫に食って掛かる。
「けれど本当のことを知れば…アリスはまた傷ついてしまうわ。アリスはたくさん傷ついて、血を流して。だから、私たちはアリスを守ってきたの。それなのに…今度はアリスが壊れてしまうわ」
チェシャ猫は応えなかった。
相変わらず笑った顔でそれを聞き終えると、くるりと音も立てずに踵を返す。
それは一切重さを感じさせない動作。
「お待ちなさい。一つだけ、忠告してあげるわ」
女王はその容姿とは似付かわしくない大鎌を振って、チェシャ猫の首に突き付ける。
「アリスは私たちのアリス。あなたのアリスではないわ。そして未来永劫、あなたのアリスになることはない。―――その想い、捨てておきなさい」
チェシャ猫は応えなかった。
その表情は見えないが、やはりあの表情なのだろうと女王は思う。
「もし、それを望むと言うなら…私がその首を刎ねてさしあげるわ。―――猫の首なんて欲しくありませんけれど」
女王の言葉に、ようやくチェシャ猫は応えた。
「―――アリスは、僕らのアリス。そんなこと、解っているよ」
女王はしばらくして鎌を引いた。
「…そう、」
女王はチェシャ猫を止めなかった。
チェシャ猫も、女王を振り返ることはなかった。





続く。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
33
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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