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no loved

努力したことはあった。
でも諦めた。
後悔しないために。


『no loved』


「…珍しい来客だな、」

ジークは起き抜けのボサボサ頭を掻きながら呆然と呟いた。
エヴァンスがジークの元を訪れるのは何年ぶりだろうか。予告もなく現れる性格でもないエヴァンスの突然の訪問に、違和感を覚えたのは確かだ。アメジストはジークが声を掛ける前にエヴァンスに紅茶を出した。それに綺麗に微笑んで、
「アメジストは有能ね、あなたには勿体無いくらい」
「自分の分は弁えているさ、…だがやらないよ」
ジークは身なりを小奇麗に整えて、エヴァンスの前の椅子に座った。ジークにはコーヒーで角砂糖は2つ。それをアメジストは心得ている。
「その心配はないわ、私にはこの子がいるもの」
カタカタと手を震わせながら紅茶セットを運んでくるエメラルドに視線を向ける。
「あ、」
ジークは思わず目をつぶる。それを追うように盛大な音がして、ティーセットはものの見事に床に散らばっていた。
「すみませんっすみませんっ」
「大丈夫ですよ、」
アメジストはエメラルドが怪我をしていないのを確かめて、一緒に片付け始める。
「…あれが、君の好みかい?」
「えぇ、お気に入りよ」
嬉しそうにエヴァンスは笑う。その表情が昔と変わらないことに、ジークは何か懐かしいものを感じてコーヒーを口にした。
二人が綺麗に片付けて戻ってくると、すっかり居心地が悪そうに縮こまってしまったエメラルドの頬に慰めるようにエヴァンスは軽くキスをする。それを不思議な心地で見ているとアメジストが耳打ちする。
「…悪いねエヴァ、少し片付けたい用件がある、しばし退席させてもらうよ」
特に気分を害した様子もなくエヴァンスは片手を上げて応えた。

すっかり彼方此方傷んだ机の引出から煙草を取り出す。火をつけ燻らせると、懐かしい気がした。

(…そもそも、煙草の契機はエヴァだったな)

窓辺にゆっくりと歩みを進め、穏やかな世界を眺める。まるで自分が鉱石を行使し争いを繰り広げていることが嘘のような安らかな景色。

「――――…灰、落ちるわよ?」

すっと灰皿を出したのは有能な助手ではなく、他でもないエヴァンスだった。
「こんなに大事な紙の束がある場所で煙草なんて…相変わらず無頓着な人だわ」
楽しそうに笑い、ジークもその灰皿に軽く灰を落とした。
「…本当に、紫が居るから何とかなっているようなものだ」
「…この方が貴方らしくて私は好きよ?」
ジークはそのセリフに笑う。
「そういうのは君くらいだ、」
恋に落ちたのは若き日の記憶。
幸せだったことも嘘じゃない。けれど少しずつ歯車は狂いだして。互いに努力したことはたくさんあった。譲歩したことも。けれど、互いに諦めた。それはジークがエヴァンスを、エヴァンスがジークを想う最後の愛。
互いが後悔しないために、離れた。

「…少しだけ、此処に来る足は重かったわ」

ぽつり、と、エヴァンスは呟く。
「そうだろうな、連絡もせずにやってくるくらいだ」
ジークは笑う。
「また、来るといい」
君とは話がよく合うから楽しい、とエヴァンスの手から灰皿を取り上げる。
「ジーク、」
その時、自室のドアが開いてエメラルドが顔を出した。
「エヴァさま…!!きゃん!」
例外なく棚に躓いたエメラルドの上に書類の束が降り注ぐ。整然としていないが、それでどこに何があるのかジークなりに区分けしているのだ。ひらりと宙を舞う紙に、ジークは手元の煙草を消した。
「エヴァ、君の言う通り…此処で煙草はやめておくよ」
エヴァンスは、そうでしょう?と言わんばかりに口許に笑みを滲ませ、赤面したエメラルドを抱き起こす。
「帰るわ、このままじゃ貴方の大切なお城を壊してしまいそうだもの」
その様子を苦笑してジークは見ていた。
「トランプが数を増している、気をつけて」
「あら、誰に向かって言っているの?」
皮肉そうに笑うエヴァンスは、やはり綺麗だった。
「また、ね」

『また、ね』

最後に別れたあの日に口にした言葉とまったく同じセリフ。ジークは目を伏せて、

「あぁ、また」

最後に別れたあの日とまったく同じ言葉で応えた。

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no beside

追い風で聞こえた呟き。
尊大で口が悪い少年の、ひねくれた言葉で固められた本音が、
聞こえた気がした。


『no beside』


突然吹いた熱風に、鉱石たちは動きを止めた。

「…ウザいよ、」

黒髪に深い臙脂の瞳。不機嫌な感情を一片も隠さず、ナナオリは言った。三日月の様に湾曲した、刀というには少し特殊な格好の刀。熱風の理由だとでも言うように熱で刀の形が揺らいで見える。
「…鉱石の主、なのか?」
レイヴンが呟く。突然現れたナナオリと面識があるものはキングを除いていなかった。だからこそ、ナナオリの実力を知っているはずもなく。
「これだけ人数が居て、どうして僕が出なきゃいけないわけ」
呆気に取られている間に迫ったトランプを軽く刀の一振りで消去。
「興味ないんだけど、」
ウンザリした表情のナナオリの傍らに立つ男。
「鉱石の主だろ、我慢しなさい」
男は軽くナナオリの頭を撫でた。すぐにナナオリはその手を払ったが。
「よう、ラズ」
一人しか呼ばない愛称に、ラピスラズリは驚いた表情をした。
「ルビー、」
その反応に男――ルビーは笑った。
「とんでもない主だな、」
「口が悪いんだ、大目にみてやってくれ」
率直なガーネットの言葉にもルビーは苦笑しただけだった。


ナナオリの口が悪いのは今に始まったことではない。ルビーと出会った当初から、それは遺憾なく発揮されていた。面倒見の良さには定評があるルビーでさえ、正直嫌だと思ったほど。

「使えないヤツはイラナイ」

ルビーを見て一言。
それが、二人の出会いだった。
口調は常に命令形。会話というよりは一方的。ナナオリはそういう扱いをした。始めは不服だったルビーも事務的に割り切るようになった。
そんな日々を繰り返していたところに起こった波紋。

「…眠れない、だけだ」

戦闘中に糸が切れたように意識を失ったナナオリが、珍しく強気をなくした声でそう言った。思い返せば、ルビーも度々欠伸を噛み殺したようにしているのを見たことがある。だが理由を尋ねると口を閉ざす。それは頑ななほどに。
何かがあったというのは明白で、でもそれを聞くのは憚られて。傷を隠すように自分の身体を抱きしめるナナオリの背中に、自分の中で起こり始めている何らかの変化をルビーは感じ取っていた。


ラピスラズリとルビーの会話を特に興味もなく聞いていたナナオリだったが、やがてカクンと体勢を崩した。
「ナナ、」
ルビーは小さく主の名を呼んで、慣れた様子で倒れるナナオリを抱きとめた。そして、小柄な身体を軽く抱き上げる。
「口は悪いが、ナナオリがお前さんたちを裏切ることは絶対にない」
そう笑って言い切るルビーに、ラピスラズリも笑う。
「(絆が)強いんですね、」
ラピスラズリの言葉に、
「…俺は、ナナオリの傍を離れられねーから」
ルビーは淡い笑みに変えて答えた。


「…俺はお前に酷いことをする」
負傷したナナオリを腕の中に閉じこめる。もがいて抵抗するのわ抑えつけて、ルビーは言った。
「離、せっ…」
「俺の処分は好きにしてくれていい」
傷の痛みに表情を歪ませながら、ナナオリは抵抗をやめない。
「な、に」

「…でも"コレ"じゃあ、繋がってないのと同じだ」

ルビーの苦しげな声に、ナナオリは手を止めた。ルビーの手がナナオリの視界を覆って、額が触れる。ナナオリはぎゅっと強く目を閉じた。


深い奥底に押し込めた醜いもの。
どす黒くて痛いいっそ忘れてしまいたい過去。

それに触れてしまった。
気づいてしまった。

「…だからって訳じゃないけど」

以来、ナナオリはルビーの傍では眠るようになった。醜く深い傷がまるで二人を繋ぐように。

追い風で聞こえた呟き。 


「…お前が僕の最期を見届けろ、」

(だから、死ぬまで傍に居て)

尊大で口が悪い少年の、ひねくれた言葉で固められた本音が、

「必ずだ、」

(消えて、しまわないで)

聞こえた気がした。

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no rainning

澄んだ灰色の瞳。それは酷く落ち着いていて、激昂しそうな感情が徐々に和らいで行くのを感じた。
雨のように染んでくるもの。
雨など、降っているはずもないのに。


『no rainning』


アカツキは忌々しげに舌打ちをして最後に一閃した。ここのところ、トランプたちの動きが活発になっている。それは「彼女」の居場所に近づくにつれて酷くなっていた。目的地に着くまでにかなりの消耗は避けられない。
しかも理由はそれだけではない。状況を甘くみていた故の出遅れが更にアカツキを苛立たせた。
「ドクターは先に着いた頃か、」
落ち着いた足取りでスピカはアカツキの傍に立つ。そしてアカツキの言葉に頷いた。
「…あの女も居れば少しは凌げるか」
燃えるような赤髪の女を思い出しながら呟いた。アカツキは1月の鉱石とはまた違う率直な物言いをする男だった。役立たずと判断すればその様に扱い、従うと決めたものには命を懸ける。そんなアカツキを他の主たちより長く見ているスピカは、東国の武士の様だといつも思っていた。
「…まぁ、お前が居れば大事はないだろうが」
アカツキの言葉にスピカは苦笑しただけだった。手袋で覆われた右手。一際不自然な「それ」こそが、スピカの「力」だ。
「…先を急ぐぞ」
アカツキは言いながら踵を返す。真剣な面持ちでスピカは頷くとその後を追った。

アカツキの名は一部にはよく通った名だ。スピカもその名をよく知っていた。今だからこそ解るが、アカツキの忠誠心の高さがたくさんの命を散らしたのは言うまでもない。どちらかと言えば悪名の高い「その」アカツキに出会した時、彼は酷く気が立っていた。外見は全くと言っていいほど波たたぬ冷静そのもの。だが、それを持ってすら余る殺気が満ちていた。

「――――何を見ている、」

低い、声だった。スピカは言葉一つ発することなく、アカツキを見返す。
「何を見ている、と訊いている」
スピカは答えなかった。それには色々な理由があって、スピカはそれを言葉で説明することができなかった。その間にもアカツキはスピカとの距離を縮める。正面に立った時、圧迫感が増したような気がした。何事かと野次馬が現れ、更に不機嫌な様子でアカツキは舌打ちした。
「スピカっ」
集まった連中の中から聞こえた言葉に、
「名前一つまともに言えないのか、」
今度ははっきりと解るようにアカツキが眉をひそめた。それでもスピカはただ呆然とアカツキを見上げていた。アカツキが刀に手をかける。周りに緊張が走る。スピカは。
「…ちっ、」
二度目の舌打ちをしてアカツキは抜きかけた刀を収めた。

恐らく「それ」はきっと、スピカにしか解らなかった…はずだ。

だが、それを自覚する前にスピカの意識は暗闇に堕ちた。グラリとバランスを崩したスピカの身体を自然な動作でアカツキが抱き留める。それは先程とは一転して労るようだった。
アカツキは腕の中のスピカを見下ろし、そして思う。

雨のように染んでくるもの。

アカツキは軽く空を仰ぐ。雨など、降っているはずもないのに。

「―――…案内しろ、」

アカツキの言葉に反応はない。誰もが警戒している。スピカを取って食うとでも思っているのだろうか、馬鹿馬鹿しい思考に少しだけアカツキは苛立った。
「こいつを寝かせる場所へ案内しろと言っている、」
言い方こそ変わらないが、少しだけ分かり易くなったアカツキの言葉に先程スピカの名を呼んだ少年が反応した。もっとも、そんなことをアカツキは覚えていないが。

あれからどれくらい進んだのか。トランプが現れる度立ち回って進んだ分を戻っているのではないかとさえ感じる。だが次第に強くなってきた他の鉱石の気配。或いは交戦中に乗り込むことになるやもしれない、アカツキは口許にだけ不機嫌を滲ませた。

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何という名だったか。

ぼんやりと思考を揺らして考える。だが考えていると悲鳴をあげるように痛みだす。
こころが?
あたまが?
まるで真綿で首を絞められるように、緩やかに優しく意識に靄がかかった。


『Are you...? 』


背もたれが高く血濡れたように赤色い、豪奢な椅子。玉座のようなその椅子にまるでそぐわない小柄な少女。少女は膝を抱えて眠っていた。
部屋に入るなりその姿に気がついた三日月ウサギは、口元にのみ笑みを浮かべて椅子に近づいた。それを知ってか知らずか、少女に目覚める気配はなく。
「疲れているんだね、」
三日月ウサギは優しい声音でそう囁くと、血色の玉座の肘掛けに手をおいた。それはまるで逃がしたくないとでも言うように、緩やかに少女を拘束する。
「君の努力は理解っているよ、」
自分が何者なのか、それを必死で思いだそうとする。だが、それが叶わないことを三日月ウサギは知っている。「そう」したのは他でもない、三日月ウサギ本人だから。
「でも、まだだ」
三日月ウサギは誰に聞かせるでもなく続ける。

「まだ君は、」

言いかけて三日月ウサギは口を閉ざす。
「…早いお戻りですね、」
口調を変え、参謀の表情になる。振り返った先にJとQが居た。
「…これはまた、」
三日月ウサギはJが右手で弄んでいる「モノ」に気づいて笑う。
「綺麗ですね、鉱石の肌って」
いつもの笑みを貼り付けた顔でJは言う。
「アンタが言うと犯罪臭いからやめてくれる?」
それにQは顔をしかめて毒つく。「酷いなぁ、」とJが困ったようにまた笑った。
「これは…善戦ととっていいんですね?」
二人が肯定の意を含んだ笑みを浮かべる。そこでJは思い出したことを付け加える。
「あー…、"彼"は居ませんでしたよ」
その言葉に一瞬露わになる殺気。だがすぐに表情を戻した三日月ウサギは実に素っ気なく「そうですか、」と応えただけだった。
「でも、ローズクォーツも馬鹿じゃないんでしょう?12の主を束ねてるんだもの、出してこないわよ」
Qがさも当然のように答える。
それを耳にしながら、三日月ウサギは玉座に座る少女を見下ろす。
「三日月ウサギ、話は終わりですか?」
Jの言葉に。
「えぇ、」
三日月ウサギは答えた。

二人が部屋から消えると三日月ウサギは少女の白い頬に触れる。すると微かに睫が震えて、少女はゆっくりと瞬いた。

「…ラビ?」

少女は、三日月ウサギのことを「ラビ」と呼ぶ。そう教えたのは三日月ウサギだ。
「…どうしたの?」
少女は肘掛けに置かれた三日月ウサギの手を握る。
「夢を見たの」
少女の手を握り返すと、少女は安堵したように緊張を解く。その様子に小さく笑って、先を促す。
「どんな夢?」
「暗い部屋の中にいる私の手を、ラビが引いてくれるの」
「…僕が?」
少女はこくりと頷く。
「そしてね、名前を呼んでくれるの」
思い出すことのできない名前?
それとも、
「…ねぇ、ラビ」
少女は甘えるように三日月ウサギを見上げる。
「何?」
「名前、呼んで?…私の名前、呼んで?」
三日月ウサギは目を伏せて笑う。
「何も怖くないよ、僕がついてる。だから安心しておやすみ、」
そして優しく、少女の頭を撫でた。

「――――僕の、アリス」

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no pray

何も、願わない。
何も、望まない。

願うだけなら、
望むだけなら、
誰だってできる。


『no pray』


フリクリは刀をしまう。カチンと小さな音を聞いて、ゆっくりと静かに息を吐いた。男はそんな後ろ姿を見遣ってから、短い不揃いな髪に触れる。色は燃えるような赤色(アカ)。
「ん…」
その指がくすぐったいとばかりに、笑ったフリクリが振り返る。
「…随分、短くなったんだな」
一見冷たいようにも取れる声。だが長年付き合っているフリクリは、相棒が常に率直な物言いをすることを知っている。男は怒ってもいなければ、興味がないわけでもない。
「これくらいでいい、長いのは邪魔になるしね」
「以前に言っていたことと矛盾しているな」
髪を長くしていた頃のフリクリはこんなことを口にしなかった。
男の言葉にまたフリクリは笑って、「そうだったか?」ととぼけた。その反応に男は「うむ」と応えただけだった。

願掛けなんて、今時流行らないだろうか。

「…お前か」
ノックをしたが返答はなく、控えめにドアを開けるとその一言が飛んできた。キングは声の主に苦笑してゆっくりと部屋に入った。
「珍しいな、姿見せてるなんて」
通常鉱石たちはあまり姿を見せない。気配は常に主の傍に、呼べば姿を見せる。男はフリクリの傍に立っていた。人の気配がすればすぐに反応するフリクリだ。キングは珍しく熟睡しているフリクリを見、向かいのソファに腰掛けた。
「何の用だ」
普段と変わらない声音に、やや咎めるような気配を感じ取る。
「別に取って喰おうってわけじゃない」
足を組んで背もたれに体を沈める。キングはすっと目を細める。
「フリクリとは間違いなく酒飲み友達だ」
「妥当だ、こいつはお前の手に余る」
歯に衣着せぬ物言いに、ふっとキングが笑う。その目の鋭さを失わないまま。
「鉱石の中で一二を争う気難しいお前から、そんな発言が出るとはな」
男は沈黙してキングを見返す。
「…敵にはならんよ、フリクリは気に入ってる」
「"あれ"を知っていながら、か?」
男の表情は変わらない。動じていたとしても、きっと分かるのはフリクリと直感の強いあの少女くらいだろう。

「くだらない質問だね、」

キングはニヤリと笑った。
「そうか、」
話は終わり。奇遇にも向かい合った双方がそう感じた。キングは普段より時間をかけて立ち上がり、男はゆっくりと目を伏せる。だが眠ってはいない。キングがどう動いても対応できるように、意識は細かく張り巡らされている。信用がないものだ、とキングは溜め息。そして傍らで、殊の外この男を好いているらしい娘たちの残念がる気配に苦笑しながら、キングは部屋を後にした。訪ねた理由は既に忘れていた。

フリクリが愛した男はトランプだった。知らなかったわけでもなければ、気づかなかったわけでもない。それでもいずれこの日がやってくるなら、それまでは傍にいようとただそう思ったから。どちらとも口にはしなかった。「離れよう」とも「やめよう」とも。
だから、あの瞬間に失うものはなくなった。髪を短くすることに何ら抵抗はなかった。ただ自分で掴んだ長い髪が上手く切れずに苦労した。不揃いな髪の毛先が焦げているのを男は目聡く見つけて、指で触れる。そして少し残念そうに、

「…燃えてしまったのか、綺麗な赤色(アカ)なのに」

と呟いた。
それが最後の言葉。フリクリは優しいこの男らしいと思った。

「…ん…」
フリクリは軽く頭を振る。軽く横になったつもりが、本当に寝てしまっていたらしい。ゆっくりと身体を起こす。
「…ガーネット、」
傍らには、ガーネットが在た。
「よく寝ていたな、」
その言葉に苦笑する。そして空気の変化を感じて、フリクリは目の前のソファを見た。
「…誰か、居たのか?」
フリクリの言葉に。
「…いや、」
ガーネットは答えた。
「―――…あの日の夢を見た」
その一言に、ガーネットの空気が僅かに揺れた気がした。フリクリは笑って、背もたれに寄りかかった。
「まだまだ私も、覚悟が足らない」
「…別に守るものができただけだろう」
ガーネットの言葉はいつもフリクリのまとまらない思考を言い当てる。
「…弱くなったな、」
苦笑してため息。
「強くなればいい」
いとも容易く、ガーネットは言う。そんな簡単ではないのだと言い返したくなるが、ガーネットの言っていることは的を射ている。…悔しいが。返答に困っていると、何も言わず姿が消えた。だが気配はある、傍にいる。

「それこそ、気の遠い…」

フリクリは小さく呟いて、ガーネットに見えないようにため息を吐いた。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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