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水彩

絵を描くことが嫌いだった。
絵を描くことは利用できた。
絵を描くことはできない。
でも。
絵を描くことは止められない。
 
放課後一人の美術室。
美術部の活動がない水曜には、いつもこうやって絵を描きに来る。
正しくは、模写をしに、来るといったところか。
絵が好きなわけでもなく、描くことが好きなわけでもなく、
でも、描かずにいると濁ったものが溜まっていくような気がして。
だからこうして週に一度、模写をする。
絵は何でも良かった。
誰かの提出物でも、美術品でも、
それこそ窓から見える風景でも。
 
青空の背景の向日葵。
コレはきっと誰かの提出物だろう。
拝借された誰かには気の毒だが。
 
志水は息を吐いて走らせていた手を休める。
今日はいつもより根詰めているような気がする。
いかんいかん。
軽く伸びをして不意に視線を窓の外へ向けたとき。
 
「…夕焼けだ、」
 
外は、綺麗な火色だった。
しばらくその色に見惚れて、吐き出す作業に戻る。
改めて向かった描き途中の絵は、夕焼けの背景の向日葵に見えた気がした。
 
次の日、うっかり忘れた絵を探しに志水は美術室に居た。
忘れた場所も曖昧。
それほど大事なものではないからと諦めたその時。
 
「これ、志水の絵?」
 
ドアに寄りかかり、ひらりと一枚の紙を掴んでいたのは香坂だった。
 
「すげー上手いのな」
 
「模写だ、誰でも出来る」
 
志水は少し面倒そうに答えた。
 
「…見えるんだよな、」
 
光に透かすように線画を見る香坂。
 
「綺麗な空の色…これ、どうやったら出せんの?」
 
志水は訝しげに香坂を見る。
香坂が眺めているのは、色なんてない線画だ。
あるのは白と黒だけで。
 
「この、夕焼け色」
 
香坂の言葉に、志水は驚いて後ずさる。
志水の反応に、今度は香坂が訝しげな表情になった。
 
何で?
模写したものは、青空だ。
青空ならまだしも、何で、
何で。
 
夕焼け、が見えるんだ。
 
あの時手を止めて見惚れたのは。
空も景色もすべてを染める程の、火色。
 
「…志水?」
 
「…ふぇ…」
 
言うな。
見つけるな。
それはただの捌け口で。
模写で。
そこに、
 
自分の「絵」があるだなんて。
 
「…うわぁぁぁんっ…」
 
「志水!?」
 
慌てて駆け寄り困惑する香坂。
 
僕は。
 
幼い子どものように、声を上げて、泣いた。
 

香坂は一枚の絵を手に、美術室に向かっていた。
廊下でばったり会った志水は、居心地の悪そうな表情で一枚の絵を差し出した。
 
「これ、やる」
 
その絵は見覚えのある、あの線画で。
向日葵と、その後ろに広がる。
 
「…あの夕焼け空と一緒だ、」
 
それは線画の先に見えた、夕焼け色そのもので。
 
「志水、また、水曜な」
 
香坂は背を向けて歩き出す志水に声をかけて笑った。
 
絵を描くことが嫌いだった。
絵を描くことは利用できた。
絵を描くことはできない。
でも。
絵を描くことは止められない。
 
そして水曜になれば、勝手に足が向くのだ。
 
今度は香坂の居る、美術室へ。

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或いは裏切りと言う名のⅠ

「ウゼぇんだよなぁ、正直」
神津は呆れながら頭を掻く。そうして具現化した鎌を軽々しく上げて、何ともない様子で振り下ろした。
重力に従うように、当たり前のように。

だって、それが、当然のことだから。


『或いは裏切りという名の』


「お前さぁ、それで何人目だ?繰り返しよくもまぁ、飽きないもんだな」

茉咲の言い分は尤もである。それに対して神津はえらく不機嫌な様子で無視を決め込む。そもそもの始まりは、神津がらしくもなく返り血をつけていたこと。それに気づかぬまま、何の偶然か(茉咲に限っては偶然はありえない気がするが)茉咲に遭遇。目敏い茉咲がそれに気づかないはずもなく。そして、先のセリフに戻る。
神津は「誰のせいだ誰の」と内心舌を出す。茉咲の影響がすべてでないとは言え、少なからず茉咲にも責任があると神津は思う。そう正直に言ったところで自分の分が悪くなるだけだと思い知っている神津は無視を選択したわけだ。
だが一方の茉咲はそれを見透かしたようににやつくだけ。どこまで見透かしてるのか計り知れないが、その目は明らかに神津の反応を楽しんでいた。
「ま、別にお前の"癖"を責める気はねぇが、女減らして自分の首締めてねぇか?」
「…う゛」
矛盾には気づいている。少なくとも夜毎女の数は減っていくわけだ。さすれば自ずと0になるのは明白。小学生でも解る引き算だ。
「そこら中ホモだらけだな」

お前が言う台詞か

寒すぎるーと震えてみる茉咲に心の中でツッコミ、冷たい一瞥を投げる。いつからこんな小芝居を覚えたのだろうか。神津と茉咲とは空白の期間がある。その間に覚えたのだろうか。面倒になったものだ。茉咲は冷たい一瞥に対して特にどうという事もなく、手元のカップを神津に突き出した。
「ん、」
神津は理不尽だと思いながら、茉咲の催促に応じて珈琲を入れるため席を立った。
「…あぁ、そうか」
いつもの獅戯はこんな感じなのかと思い至って神津は小さく笑った。
珈琲を淹れながら神津は空白の期間に思い巡らす。その間に茉咲が同居していた女には過去に遭遇している。お世辞ではなく十分に美人で、猫の目のような綺麗な瞳の色をしていた。茉咲の言葉をどこまで信じるかはともかく、手を出さなかったというのが嘘なくらい茉咲好みではないかと神津は思う。
「しかし、物好きだよな…」
茉咲を同居させてやるとは。思いながら自分も該当していることに気づき、少しヘコんだ。

「あ、桐子?」

そこへ聞こえてくる茉咲の声。神津は淹れたての珈琲を頭からかけ流してやりたい衝動に駆られたが、ぐっとこらえて茉咲の前に置いた。
「…分かってんよ、んなこと。ガキ扱いすんな」
茉咲は愉しげに笑って、電話を切った。
「俺のは登録しても出ねぇくせに、女相手はすんなり出るんだな」
神津の声にキョトンとした表情を向ける茉咲。はっと自分の発言に神津が気づくも既に手遅れ。

「何お前、妬いてんの?桐子相手に、」

茉咲の中で彼女がどの位置にいるか不明だが、子供じみた発言の対象としては圏外だったらしい。ひとつだけ確かなことは、茉咲が面白がるネタを提供してしまったということ。
「妬くか」
とりあえず茉咲の発言をバッサリ切り捨て、神津は踵を返す。勿論、それを放っておく茉咲ではなく。
「俺って愛されてんねぇ」
見事に捕まる。いい加減力で勝てそうな気がするが、それなりに神津の弱点を知っている茉咲には幾らでも動きを封じる術はあった。
「離せ、死ね」
完全に冷静なら、自分がいつもの紫闇と同じようなことを口にしたと気づく余裕もあったのだろうが。
「――――…ちょっと付き合え、」
不意打ちのように真剣な声の茉咲。

「……ハァ!?ちょっ…」
神津が我に返った時には、既に外に連れ出されていた。
部屋には少しずつ熱を失っていく珈琲だけが取り残されていた。







続く

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観覧車

あの長い曲が終わる時、私はまた、地に足を着ける。

朝、眠気眼で乗り込むバス。ラッシュ一歩手前のくせに、バスはいつも混んでいる。所詮、皆考えることは同じなのだ。
吊革に掴まりながらぼんやりと景色を見流す。覚醒しない頭は、どんな景色を捉えても墨絵のようにぼやけている。それは規則的な揺れと共に再び私を緩やかな眠りの中へと誘う。それに抗う心地よさに呑まれている内に、バスは次の停車場所へ向かっていく。
いくつかの交差点を抜け緩やかなカーブの先に、それはある。実際にあるのはもっと遠く。ビルの間からそれが見えた頃、ようやく目が覚めてくる。
曇りの日には霞んでしまう骨格も、晴れの日には日差しに反射するほど。その眩しさに目を細めて、今日も私の一日は始まる。

……………

お気に入りのヘッドフォン。固い座席に身体を沈めて、マフラーに顔を埋める。
そうして最後に、目を閉じる。

さぁ、懐かしい時間の始まり始まり。

……………

デスクについて、メールのチェック。意味不明な英語の羅列を削除していると、その中に見知った差出人の名前。懐かしげに目を細めて、今日は早退決定だと思った。
最後の連絡から何ヶ月経つだろうか。久方ぶりの連絡。

『頑張ってます』

内容はこれだけ。昔から筆無精でこういうのが苦手だったが、未だに直る気配がない。まぁ、らしいと言えばらしいが(笑)だから私も。

『元気です』

とだけ返信した。それでもきっとこれを見たら、いつものあの柔らかい笑みをするのだろう。そう思うと何だか憎めないのだ。

早退したその足で、私はある場所に向かっていた。日が落ちると益々冷たさを増した空気に、マフラーを巻き直す。会社よりも寒いのは、海が近いからだろうか。それとも人が疎らだからだろうか。
チケットを買い、まだ人の少ない列に並ぶ。この分なら早く乗れそうだ。チケットを渡すと受け取った係員の男の人が了解した顔で笑う。彼はこのバイトを永くやっていて、気がついたらすっかり顔馴染みになってしまっていた。彼は夏の澄み渡った空みたいに爽やかに笑う。私はその笑顔が好きだ。
吹き込む風。歯車の軋むような擦れるような音。そして私は、観覧車に乗り込んだ。

……………

お気に入りのヘッドフォンをかける。固い座席に身体を沈めて、マフラーに顔を埋める。
そうして最後に、目を閉じる。

さぁ、懐かしい時間の始まり始まり。

ノイズの混じったピアノ曲。拙い音と緩やかなテンポ。かみ殺したような笑い声が微かに聴こえる。
――――筆無精な彼は、ピアノもやはり下手だった。よく彼の練習室に潜り込んでは、その不器用さに笑う。普段温厚すぎる彼もさすがに不機嫌な表情をして、私はまた笑う。本来なら7分程度の曲だったのだが、私が楽譜に悪戯をして彼はかれこれ14分37秒も気づかずに弾いていた。
それが偶然にも観覧車一周の時間と同じで。だから、観覧車に乗る時はいつもこれを聴いている。連絡もマメに寄越さない彼への当てつけに。
懐かしさとほんの少しの寂しさを感じながら。

……………

笑顔で迎えてくれた彼が、空いてるのでもう一周いいですよ、と言ってくれたが、私はそれを辞退した。

「…もう一周なんて回ったら、きっと私は立てなくなってしまう」

あまりに心地良くて。でもそれではいけない。


あの長い思い出が終わる時、私はまた、地に足を付ける。

明日と言う日を、踏みしめるために。





end.

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雨の音 言の葉

伝えられなかったあの日の想い。
もしいつもの場所に君が居たなら、


雨は好きじゃない。
普段張っているアンテナが鈍くなるから。
何気ないことに過敏になって気疲れする。大気中に満ちた湿気は面白いほど自然に染み着いて。やけに重たく感じる服も、纏わりつく空気も苦手だ。何もかもが霞んでいく感じ…自分が酷く頼りない場所に居るようで。

学校からの帰途、不意に道路の真ん中に倒れている何かを見つけて歩調を緩める。
やはり、雨の日はロクなことがない。

「――――大丈夫ですか?」

「―――…大丈夫、」
態度とは裏腹に意外としっかりとした返答に、環音(ワオ)は少しだけ安堵した。道路に横たわって居たのは、一人の女の子。すっかり日が隠れた闇の支配下で、彼女の顔は見えない。ただ、肩に掛かる綺麗な黒髪が流れるようだった。
「…何、してるんですか?」
「…雨、冷たくて気持ちよくて、」
戸惑う環音に、ゆっくりと彼女は答えた。それは雨と同じように環音の中に染み込んできた。
「風邪引くと思いますけど」
彼女の返答はなかった。何故だか放っておくことも出来ずに、仕方なく彼女の傍らにしゃがみ込んだ。失礼だと思いながら顔を近づけると、ようやくその顔を確かめることができた。端正な顔立ち。目を閉じている所為か、やけに長く感じる睫に水滴が当たっては微かに震える。
正直、綺麗だと、思った。
「―――――退けて、」
「…え?」
目を閉じたまま、彼女はまたゆっくりと繰り返す。
「…傘、退けて」
環音は距離を置くか傘を閉じるか思案して、結局傘を閉じた。
「…冷たい、」
静かに雨は降り注ぎ、また少し身体が重くなった気がした。
「―――えぇ、冷たい」
彼女の声に笑ったような気配を感じた。
「…いつも、こんなことしてるの?」
「…雨が降るのが解るの。そうするとね、何故だか雨を浴びたくなってこうしてる」
彼女は自分の言葉一つ一つを確かめるように言った。
「何も倒れることないんじゃない?」
「コンクリートなのにね、聞こえる気がするの。地面を滑っていく、雨の音が」
「…雨、好きなんだ?」
彼女は漸く目を開けた。
「―――――さぁ、そうだったかしら。…それより、貴方こそ、いいの?」
「…何が?」
初めて目があって、らしくもなく動揺したのは事実だ。
「雨でずぶ濡れ、」
「あぁ…確かに」
環音の答えに、彼女は初めてはっきりと解るように笑った。
「貴方って、変な人」
「君も変わってるよね」
「…よく言われる、」
「僕も、」
彼女が笑い、環音も笑う。最初の雰囲気よりも子供っぽい印象。それでも彼女の笑い声は鈴を転がしたように綺麗だった。それから二人はたわいもない話をした。降り続く雨を気にもとめずに。

「また、逢えるといいね…雨の日に」

別れ際、環音に彼女は一言そう言った。


すっきりしないくすんだ空。雨が降りそうな予感がする。天気予報によれば、降水確率45%…微妙な数字だ。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
母も少し跳ねのきついくせっ毛を気にしながら環音を見送る。どうやら母なりに雨の気配を感じ取っているらしい。
「…あ、雨降りそうだから傘持って行く?」
「あー…」
環音は天気予報を思い出しながら逡巡する。
「雨、嫌いでしょう?」
そして出した結論。
「…いいや、きっと降らないから」
最近は傘を持たずに出ることが増えた。それに比例してずぶ濡れになることも増えていたが。相変わらず雨の日はアンテナが鈍って、身体が重たくなる。長年の間に培われた苦手はそうそう変われない。…でも、少しだけ悪くないなと思うことがあるのも事実だ。

『また、逢えるといいね…雨の日に』

「――――そうだね、また、会いに行くよ」
雨の日は、少しだけ寄り道。きっとまたどこかに倒れている彼女を探しに。






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雨が止んだら

雨が止んでも、コンクリートからは雨の匂いがした。

染み込んでくるような寒さに灰猫は首を竦める。猫背を更に曲げながら、しゅくしゅくと音を立てる土の上を歩いていた。

「――――死んでんの?」

土の上に横たわる男一人。身なりは酷く、雨すらあまり凌げていなかったのだろう。湿った身体。所々土に塗れている。灰猫はその男に見覚えがあった。傍らにしゃがみ込むと、声が返ってきた。

「…雨嫌いの灰猫か、」

「いつにも増して酷いなりだな」
灰猫の台詞に男は笑った。
「いつにも増して酷い面だな」
男の言葉に灰猫はすぐ反応できなかった。
「とっくに絶望は経験済みかと思っとったが」
男は灰猫を見てもいない。灰猫もそんな感情を表に出したつもりはない。
「…あれは、酷い毒だ」
短くて永い時間をかけて、身体(ソト)も心(ナカ)も蝕まれていく。残るものなど、何もなくて。
「―――灰猫よ、お前さんはこの世で一番残酷な毒を識っとるか?」
男は一旦言葉を切る。
灰猫は応えなかった。

「――――…孤独だよ、」

そう言って男は黙った。
「…生きてる?」
男は答えなかった。








end.

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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