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漆羽の疵

黒い翼を、更に深い混沌の漆黒に染めて哭く。
鼓膜を静かに振るわせるその雑音に気がついたのはまだ夜明け前のこと。
人の気配に敏感な主に気取られないよう注意を払いながら表に出る。
足の向かう先は屋敷後方、左手を覆う深い林。
月の光源すら心許ないその林で、獣のように低く唸る鴉を見つけられたのは奇跡に近い。
姿を捉えたのではない。
哭く声に重なる唸り声の出所を突き止めたが故に、その姿に気づいたのだ。




奥州でのある夜の邂逅。※小十佐注意
ごめんなさい(笑)居たたまれないので続きは折りたたみ↓↓

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それは黒い翼を更に深い混沌の漆黒に染めて、こちらを射殺すように見上げてくる。
目があったのがどこの誰かまるで認識していない。

(――…コイツは自分の位置さえも把握できてねぇな)

主同士が好敵手の間柄故に幾度となく顔を合わせ、時には刃も交えた相手だ。
それで相手が誰だか分からないなど、記憶喪失でも無い限りこの鴉には有り得ない。
ゆっくりと鴉に近づくと途端に膨れ上がる殺気。
突き出された苦無はわざと避けなかった。
二の腕に食い込む苦無の感触。

「…近づいたら、殺す」

低い声。
そうか、鴉は人を殺す時にはこんなに低い声を出すのか、と思った。
その襟首を掴んで引き寄せる。

「殺そうとするのは構わねぇが、此処をてめぇの死に場所にはするんじゃねぇ」

じわりと右腕が熱を持つ。
するとぶつかる視線が静かに像を結んで、認識する。

「――…右…目の、旦…那…?」

苦無から離れた手が力なく落ちる。
開いた口からカタカタと歯がぶつかる音。
血液を失った身体は急速に冷えていく。
「話は後で聞く」
そう言ったら、鴉は硬い表情でぎこちなく笑ってそのまま気を失った。
羽織でその姿を隠して納屋に連れ込む。
嫌な予感を見越して手当てのできるものを持ってくれば良かった。
鴉の存在を知られて事を荒立てることはしたくない。

(或いは…既にあの方は気配には気づいているかも知れねぇが…)

小さく嘆息して、薬箱を取りに行く。
あの様子ではしばらく目を覚ますまい。

………

(寒い…)

身体は確かに熱を持っているのに冷や汗が引かない。
鈍痛が駆け巡って、目を閉じているのに視界が回る。
出血のし過ぎか、或いはやはり刃先に何か仕込まれていたか。
麻痺していく身体を引きずるように木々を駆けて逃げた。
どこに向かっているのかも途中から解らなくなった。
枝を踏み外して動くのが億劫になって。
そしたら、目が合った。

(そう、だ……俺は、)

ゆっくりと目を開ける。
相変わらず視界は真っ暗だったが、すぐ近くに人の気配がした。
「まだ起きるな、完全に傷口が塞がっちゃいねぇんだ」
行動を牽制するのはよく知る声。
暗闇に目が慣れて声の先を見ると、刀を抱えた男が戸に寄りかかっていた。

(この男に見つかった)

「――…奥州に、着いちまった、の、か」
はは、と自嘲する声は掠れていた。
そして男の右腕に滲む血の跡。
「…っ…アンタ、腕…っ」
そう、それはトチ狂った自分が苦無を突き立てた傷だ。
「大した傷じゃねぇ…お前の傷に比べりゃあな」
無意識に傷へと手が伸びる。
そこには真新しい包帯。
「…俺様ひっぺがすとは……旦那の助平」
沈黙。
「…え、と…」
「…はぁ…」
深い溜息。
すると男はドアから離れて近づいてきた。
「…どれくらい彼処に居た」
傍らに腰を下ろして、首を動かすだけでその表情がはっきり解るようになった。
だから、その言葉がどれだけ渦巻く感情を抑え込んで発されたものかも解ってしまった。
「……さぁ、」
本当に分からない。
自分があの場所にどれだけ立ち止まっていたのか。
「誰にやられた」
「……それは、言えない」
自分のプライド的に。
それを知ってか知らずか男は眉間の皺を更に深くして不満を隠そうともしない。

「じゃあ…何故、此処に来た」

それだけははっきりしている。
どこに向かっているのかも分からなくなったのに。
この男の存在に、自分がやってきた場所を初めて知ったのに。
それなのに、此処に来た理由は明らかだった。
「それは、」
でも口にするのは勇気が要る。

(勇気が必要とか、旦那じゃあるまいし)

逸らすのは癪だから、と男の視線を受け止めて見返しながら、どうしたものかと考える。
けれど思考は迷走するばかりで袋小路にはまっていく。
すると男の手が視界を覆って。

「俺はお前に呼ばれたと思ったんだがな」

苦笑するような声に男がどをな表情をしているのか解ってしまった。
「俺、は…っ」
男の手を慌てて退けようとしたらまた身体に鈍痛が走って。
「…ぃ…っ!」
焦ったような表情が一瞬見えた。

(…らしくない、表情)

戦場で男のこんな表情は見たことがない。
床に膝をついて腕に抱え込まれる。
背中を労るように撫でる手が優しくて不覚にも泣きたくなった。
乾いた血の匂いに混じる、男の匂い。
安堵するように力を抜いたら、痛みが少しだけ引いた。
或いはこの男の「手当て」の効果なのか。

「―――…を…冷やした」

静かに落ちた男の呟きを聞き逃さなかった。
だから。

「…じゃあ、夜明けまで此処にいて…」

力の入らない手で袖を掴んだら、肯定の沈黙が返ってきた。

(夜が明けなきゃいいのに)

そしてゆっくりと瞼が重たくなって、そのまま男の腕に身を委ねた。

………

奥州の若き竜が戦場に立つ。
その傍らには右目が。
「…?今日はいつもの羽織じゃねぇんだな、」
小十郎が袖を通すのは紺染めの羽織。
「此度の戦は重さが違いましょう」
見返す政宗の羽織もまたいつもの蒼ではない墨染めの羽織。
「…そうだな、この戦は先の戦で死んでった奴らの弔い戦だ」
政宗が見据える先を小十郎も追う。
遠く見えた旗の色は。

………

「奥州の戦は…そろそろか、」
部下の忍びを各所に飛ばせて報告を頼りに佐助はそう判断する。
無論全快にはまだ時間がかかるが応急処置が的確だったのか、今は多少動けるようになった。
手を伸ばし手繰り寄せたのは自分の血で汚してしまった茶色の羽織。
背の半月に佐助はほんの少しだけ思いを馳せる。

『―――肝を冷やした』

あの時の声を、佐助は忘れない。

(ま、現状は独眼竜の有利だし、こんな戦程度で死ぬようなタマじゃない)

あの男は。
羽織を抱きしめて顔をうずめる。
我ながら女々しいものだ。

「……これじゃ、独り寝もできやしない」

武田の屋敷の屋根の上。
不肖の傷跡は、心に斯くも厄介な疵痕を残して。





end.
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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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