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Ⅵ.ストレイシープ 4

俺は彼女との会話を獅戯に話した。その時、俺が抱いたもの。彼女の探し人は氷響だ。漠然と思っていたものは、歩いて此処につく時には確信に変わっていた。彼女がそれを予想した上で、あんな仄めかし方をしたのかどうか定かではない。でも、彼女は自分から氷響に知らせることを拒否している。そして、氷響に伝えるか否かを俺に委ねた。俺が氷響と接触を図っていることくらい彼女なら恐らく予想できる。“此処”で他でもない俺を選んだのだから。
「――――言うべきだと思う?」
獅戯は空のカップに気づいて、それを取り上げた。
「気づいてるんだろ?此処に居ること」
「俺が介入してることも知ってるくらいだ。それなりに知識があるとすれば、此処が出るのは必至でしょ」
獅戯は二杯目の珈琲を入れながら応える。
「探しに“此処”へ来たのに、逢いに来ないってわけか」
「彼女は頭が良いから、多分全部理解してる。勿論、自分の中のこの矛盾も」
獅戯は俺の前に珈琲を置いた。

「…だろうな、だから逢いに来ないんだろ」

「え?」
俺は思わず聞き流しそうになった獅戯の言葉に、その表情を見る。
「大切だと口にするのは簡単だが、それを示すのは難しい。だから言い訳をする。“大切”だから、ここまで追って来たんだと、な。でもそれはあくまでも自分への言い訳だ。自分を矛盾から救う為であって、相手の為でもない。そんな相手のことなんて少しも考えてない自分を、相手がどう判断するかも知れないのに、逢いになんか来れねぇだろ」
「――――耳が、痛いねぇ…」
俺は珈琲のカップを両手で掴んで苦笑した。そして、また一口。
「…――――火滋くーんっ!!」
話が一段落した後、外から聞こえる叫び声。それは紛れもなく氷響のもの。ドアの方に視線を向けると、すぐに氷響が入って来た。
「お帰り、氷響ちゃん。外で盛大な叫び声がしたけど?」
「あっ…」
俺の言葉に、氷響は恥ずかしそうに俯いた。
「あ、あれは…カオスが出てきちゃったんで、どうしようかと思ってて。そうしたら火滋くんが…」
「えぇ、僕が偶然気づいて」
火滋がいつものノートパソコンを持って下りて来た。謀ったとしか思えないような、見事なタイミングだ。
「氷響さん、怪我はないですか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「どういたしまして」
どうやら、俺の知らない間に仲良くなっているらしき火滋と氷響。ほんのちょっとだけ疎外感を感じたような気がする…なんてことは内緒だ。
「ったく、紫闇の奴…送ってやればいいものを」
「あ、いえ、違うんですっ。私が大丈夫ですって言って、遠慮しただけですから」
慌てて氷響は言う。なーんか怪しい。
「あれ?あいつのこと庇っちゃって…何か、あったの?」
「…えぇっ!?」
あからさまに素っ頓狂な声を上げる氷響に、俺は確信する。氷響の方もどう応えようか思案してるような感じだ。だがそんな俺たちの間を、何事もなく火滋がわざとらしく通った。
「獅戯さん、お腹空いちゃいました」
「待ってろ」
「はい」
何事もない獅戯と火滋。
「本っト、イイ性格になって来たよな…お前」
昔は素直でいい子だったはずなのに。
「ヤだなぁ、師匠の賜物ですよ」
さも当然のように火滋は言ってのける。しかも誰一人否定しないし。
「―――俺の所為かよ」
「氷響、お前も今の内にお腹に入れとけ」
カウンターに座った二人に出される一足早い夕飯。
「アレ、俺のは?」
「珈琲あるだろ」
相変わらずの冷たい反応。そもそもその原因を作ったのは確かに俺自身ですが。何度か獅戯の飯を食ったことがある。決して不味くもないし、ほどほど旨いとも思う。だが、俺の特技が料理なだけに色々気づくこともある。まさか味の調整といいつつ、それどころか獅戯の作ったものの味をまるで百八十度変えてしまうことになろうとは。そんなことになった経緯を俺が知りたい。勿論、それに怒りを覚えるのは当然のことで。それ以来俺は獅戯に飯を作ってもらったことはない。頼んでも駄目。望み薄だ。
「そうそう、“流離”とアウトラインについてですけど…」
火滋が膝の上にパソコンを開いて、キーボードを叩く音。
「この二つの関係性は大いにあるとして、アウトラインの無差別な出現率はおよそ7割。その都度、二人の“流離”が出ると仮定して考えると…ここ最近のカオスの急増率と大きな差が見られないことが解ったんです。当然の如く、堕ちてくる人数はまちまちですから…」
火滋の横で興味本意にパソコンを覗き込む氷響。
「その誤差を考慮に入れると…カオスの急増率は、バッチリ予測変動範囲内ですね」
「…すっごいねー。全部数値で解っちゃうんだ」
「まぁ、そうゆうことですね。こういうのだけは、昔から得意なんです」
氷響の反応に、火滋は照れ臭そうに頷く。
「カジは“ボーダーライン”一の頭脳と情報量を誇るからな」
「えへへ…」
「ってことは、アウトラインの出現率が下がれば、カオスの量は減るってことか」
「えぇ、僕の読みが正しければ。」
俺たちの会話の途中で氷響が小さく手を上げる。
「はい、氷響ちゃん」
「えと、アウトラインは“外”と“此処”を繋ぐ抜け道ですよね?」
どうやら、火滋からちゃんと学習しているようだ。俺は、それに頷く。
「ってことは、“外”からの“流離”はカオスになっちゃうってことですか?」
「必ずってことはないさ。ただ、なりやすいってだけ。その証拠に、氷響ちゃんはカオスになってないだろ?」
氷響は真剣に頷く。その仕種がちょっと可愛い。
「――――だからと言って、俺たちは万能じゃねぇ。アウトラインがそのキッカケだとしても、俺たちに何とかする手段はあるか?」
口を挟んで来たのは獅戯。
「そうですね…アウトラインは、“此処”の特殊な磁場故に出来ているものですし」
火滋ももっともらしく頷く。確かに、一体どういう仕組でどのような規則に基づいて出きているのかが解らない以上、俺たちにどうこう出来るものではない。もっとも、こんなことを口にしようもんなら、火滋の次の調査テーマになり兼ねないので俺は口を噤む。
「“流離”がみんな氷響ちゃんみたいに良い子だったら、助けちゃうんだけどねェ…」
「師匠、そういうとこ抜かりないですね」
呆れる火滋の言葉は黙殺。
「じゃあ、その良い子な氷響に頼みたいんだが」
「はい、何ですか?」
「珈琲を取りに行ってきて貰えないか。こいつしか飲まないんだが、ないと煩い」
後頭部に刺さる、冷たい視線。きっと、獅戯は眉間に皺を寄せているに違いない。
「はい、解りました」
「それで、だ。氷響ひとりじゃ色々と危ないし、お前が飲むもんだからな。責任持って行ってこい、神津」
ほら、来た。
「はいよ。お姫様をお守りするため、喜んで同行いたしましょう」
俺は予想通りの展開に、椅子からおりて恭しく頭を垂れる。
「氷響、腕と案内役としてならそこそこ有能だが、手が早いから気を付けろよ」
その一言を背に、俺たちはボーダーラインを出た。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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