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Ⅵ.ストレイシープ 5

「あーあ…酷いよね、あのバーテンさん」
俺はポケットに両手を突っ込んだ。
「みんなには優しいのに、俺には…俺だけには優しくないっ」
そんな俺とは対照的に、少し困ったように笑う氷響。
「でも、それだけ神津さんを構ってるってことじゃないですか?」
「そうだったら良いんだけどねェ…」
本当に。氷響は俺を一度見てから、また前を向いた。
「…多分、そうですよ。獅戯さん、神津さんと話してる時が一番気を使ってないみたいですから。火滋くんや限には見守っているような感じだし、紫闇さんにも傷つかない程度に配慮して相手してる気がするし。私が一番気を使わせちゃってます」
「…解かるの?そういうの、」
俺は、氷響の短時間での観察力に驚く。もっとも、自分に対してどうであるかはどうしても一番気がつきにくいんだけど。
「え?」
返されるのは不思議な表情。まったく、この子は。
「―――流石ですよ、本ト」
「神津さん?」
「…いや、アリガトね。慰めてくれて。お陰でちょっと元気でた」
「どういたしまして」
氷響は満面の笑みを俺に返した。

獅戯の地図を頼りに歩いて行く。その際何度かカオスに遭遇したが、そんな大事ではなかった。氷響もカオスに慣れて来たのか、そんなに動じなくなったのは大きな進歩だ。もしそれが俺が居るから、なんていう理由だったら言うことナシなんだけど。ついた先には、ひとりの男が粗末な椅子に座って本を読んでいた。
「あの…珈琲を取りに来たんですけど…」
話しかけ辛いこの状況でしっかり聞ける氷響に軽く感心した。男は顎で場所を指すと、再び本に視線を落とした。氷響はその場所から珈琲を取ると、軽く男に会釈をして出ていった。なんて、礼儀正しいんだろう。また、ちょっと感心。
「…何だか、不思議な人でしたね、あの人」
「怖くなかった?“此処”の人間はあーゆーのの方が多いんだよ。俺たちは例外」
「…大丈夫ですよ、神津さん一緒でしたし」
ひとりじゃ怖くとも、ひとりじゃなければ大丈夫というやつか。俺は来た道を戻る時、ふと気づいた。
「俺が持つよ、ソレ」
俺が手を差し出すも、氷響は断固として荷物を渡そうとはしない。
「そんなに重くもないですし、神津さんには守ってもらっちゃってますしね」
「そういう事じゃなくて、こう…俺的に女の子には荷物を持たせられないって言うか、ねっ!」
俺は具現化させた鎌で寄って来たカオスを一掃する。だが次から次へと這って来やがる。
「夜が更けて来たからだな…数が増してきやがった」
俺は常に回りに意識を配りつつ、呟く。
「じゃあ、早く戻りましょう!」
「うん、賛成」
俺たちは同意のもと、一斉に走り出した。その行動に虚を突かれた様子もなく、カオスは進路変更を済ませて追ってくる。脳みそがない(かどうか解からないし、知りたいとは思わないけどその)分、しつこい。俺は氷響を引き寄せて耳元で囁く。
「そのままの速さ、維持できる?」
氷響は僅かに緊張した様子で、正直それは可愛い反応なんだけど。そんなことを言っていられる状況じゃないので慎む。氷響は小さく頷いた。
「じゃあ、振り返らずに走って。俺も、すぐに追うから」
「はいっ」
「よし、良い子」
氷響の頭を軽く二三度叩く。そして完全に足を止め、カオスに対峙した。

「――――残念だったな、一緒に居たのが俺だなんて、さ」

俺は鎌を持ち直し、集中を高める。周りの音が小さくなって遮断される。音が聞こえる聞こえないは俺にとって重要じゃない。それでなくとも、カオスの異質な気配があれば楽に対応できる。そもそも、こんな量じゃなきゃわざわざ集中しなおす必要もないくらいだ。俺の力の気配に圧されたのか、一瞬カオスの動きが止まる。そんな隙を見逃すほど遊ぶ気はない。俺は面倒だと思いつつも、カオスの群れに向かって走り出す。不快感が伴なうが、これが一番手っ取り早い。迷いなど一切ない手つきでカオスを全滅させる。
それは、それこそ十数分程度の話。
「…これで、終わりか」
鎌についた血を振って払う。あらかた血が取れたところで、ようやく鎌を解いた。
「…ん?」
俺の鼻先に冷たい雫。顔を上げて空を見上げると、待っていたとばかりに雨が降って来た。この分じゃ、益々酷くなるに違いない。心の中でだけ焦って、ゆっくりとボーダーラインへの道を歩く。しばらく歩いて行くと、またカオスに鉢合わせする。大した数でもなかったし、俺は片手一振りで消す。そして、足を止めた。

「―――――鬱陶しい雨だな、」

地面に散らばった珈琲の瓶。ひとつ割れたものもあったが大半は無事だったようだ。その足で、一つ一つ拾い上げる。その先で、携帯が鳴った。地面の上で光るそれを拾い上げ、電話をとった。
「“…私ね、貴方のことが大切なの。誰よりも、何よりも守りたかった。…言うのが遅すぎたわね、氷響”」
彼女の声は、微かに震えていた。知りながら、俺はそれに目を瞑る。
やっと、名前が分かった。
「――遅くなんか、ないですよ。あの子は、自分の在るべき処へ戻っただけですから…」
彼女の言葉を待たずに、続ける。
「杏子さん…やっと、貴女の名前を知ることが出来た」
そう告げて、携帯を下ろして降り続く雨模様の空を仰いだ。
“此処”で雨が降るのは、誰かが『放棄』した後だ。

“ボーダーライン”に雨が降る。

冷たく、けれど優しい雨が降る。

それは、“放棄”した者の涙か。それとも“放棄”された者の涙か。

それは、解からない。誰にも、解かるはずはないのだ。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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