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Ⅶ.閉鎖的日常 2

「――――こんばんは」
数日後彼女は此処に現れた。彼女がカウンターに来るのをしっかりと見る。
「…隣り、いいかしら?」
彼女の言葉を俺が断れるはずがないというのに。
「どうぞ」
笑顔で迎えると、彼女の笑みが返って来た。少しは調子が戻っているらしい。
「紅茶を」
そうそう、変化といえば紅茶の缶が増えたこと。しかも一気に缶が二つも。酒くらいしか置いてなかったこの店に更にメニューが増えて行く。彼女がもたらした変化だ。
「…どしたの?」
獅戯の手際が珍しく悪い。いつもなら、聞いてから取りかかったってそんなに時間はかからないのだが。
「もしかして、」
どうしたらいいか、解ってない…?いや、そんな難しいことじゃないと思うんだけど。
「…それにひと匙とお湯を入れて、それから布をかぶせて軽く蒸らせば、程好く紅茶が出ますから」
戸惑った獅戯に、にっこりと彼女が言った。獅戯は手順さえ分かれば、と言わんばかりに手際よくこなす。こういうとこは、やっぱバーテンなんだなと思ったり。いや、ちょっと違うんだけど。
「…悪いな、」
「いいえ。でも、本当に紅茶入れてくれたんですね。セイロンとアールグレイ二つも」
「約束したからな」
獅戯の大して意識した風でもない物言い。それに一瞬キョトンとした表情を浮かべた彼女だったが、ゆっくりとその表情が解けて穏やかな笑みに変わった。何だか、それがあの子に似てて、一瞬目を見張る。
「神津くん?」
「…俺が入れますよ」
ティーポットを取って、カップに注ぐと彼女の前に出した。角砂糖は一つらしい。両手でカップを取って、彼女は紅茶を飲んだ。そしてすぐに、幸せそうな表情。
「…あ、」
思わず反応を覗ってたのに気付いたのか、彼女は苦笑した。
「…そうだ、これを。多分、貴女が持っていた方がいいと思って」
それを見た途端、彼女の表情が変わった。俺が彼女に差し出したのは、あの子…氷響の携帯だった。彼女はそれに少し躊躇ったように手を伸ばしてから受け取った。
「…持っていて、くれたの」
「気まぐれですけど」
本当は、違う。早く、こんなもの手放したかった。勝手に捨てるのはちょっと気が引けたし、だからといって持っていても邪魔なだけだし。その時、火滋が外から戻って来た。
「ただいま戻りました。…あ、来客中ですか?」
「いや、」
そう答えたのは獅戯だ。火滋はカウンターに座ろうとして、彼女の持っているものに気付いた。
「それ、氷響さんの」
その声に、彼女が火滋の方を見た。
「…貴方が、火滋くんかな?ありがとう、あの子に色々教えてあげてくれて」
彼女がどんな表情で火滋にそう言ったのか、俺には見えない。火滋は、氷響の大切な人という括りで認識していた彼女の存在に驚いている。
「…貴女が、氷響さんの…大切な人」
「…え?」
火滋の呟きに似た言葉に、彼女も面食らった様子。
「…あぁっ、すみません。初めまして、火滋です。氷響さんから、貴女のお話は聞かせてもらっていました。とても…大切な人だと」
「…そう、なの」
彼女の声が一瞬震えたように感じた。…いや、きっと気のせいだ。
「…私は、杏子。一応、あの子の保護者ね。全くの他人同士なんだけれど」
彼女は火滋から視線を外して、手に握った氷響の携帯をじっと眺めた。
「…不思議なものね。血なんか繋がってなくても、家族にはなれるんだから」
「――――そうですか、」
心なしか、そう応えた火滋の表情が嬉しそうに見えた気がした。
「そういや、何か収穫はあったのか?」
火滋に話を振ると、少し得意げな様子で火滋が頷いた。
「勿論ですよ。足を伸ばした以上は、何も収穫ナシじゃあ帰れませんからね。こればっかりは譲れません。とはいっても、BoxやrAin VeIN、FreE Glassだって未開な部分はありますからね。まだまだ好奇心は満たされませんよ」
「…相変わらずだよなぁ、お前」
火滋の熱が篭った言葉に俺は苦笑し、その横で彼女が楽しそうに笑った。
「あ、もし良かったら師匠も行きませんか?今度はBoxに当たってみようと思ってるんです。新たな発見であれば、どんなに些細なことでも構いませんし」
「…そうだなぁ、」
「それに、師匠が居れば身の保障ができますからね」
悪戯に笑う火滋を軽く睨んでやる。お前、師匠を何だと思ってるんだよ。
「…仕方ない。可愛い可愛い火滋くんがそういうなら、一緒に行ってやるよ」
「はいっ!」
しかし、こうも素直に喜ばれてしまうと満更でもない気がしてくる。いつも賢く大人びた感じのある火滋だけど、こういうところはやっぱり歳相応なんだなとか思ったり。それから火滋の成果についてしばし話が続いた。彼女は聞き上手らしく、火滋もいつもより饒舌だった。
「…じゃあ、そろそろお暇しますね」
「送りますよ」
彼女が席を立った後、俺も腰を上げた。今は深夜…というより日付が変わってまだ数時間と言ったところだ。ここで彼女を一人で帰すのは少々心配だ。
「でも、」
「素直に従っておけ。神津の腕は保障できる」
獅戯が手を動かしながらそう一言言うと、彼女も反対はしなかった。
「じゃあ、行きましょうか」
俺が手を出すとそれには応えず、彼女は笑って歩き出した。出した手を気まずくなって、さりげなくポケットに突っ込んで、俺も歩き出した。

外に出ると、彼女はストールを合わせなおした。風が予想より冷たい。
「どうぞ。俺は大丈夫ですから」
彼女にマフラーを渡す。ストールがあるわけだから、何とも不思議な様相なんだけど、彼女は無理に辞退せず受け取ってくれた。
「…これ、怪我?」
首にちらりと見えた古傷に触れて彼女は言った。周りにはそんなこと聞いてくる人間は居ないから気にしてなかったけど。
「…古傷ですよ。実は結構腕とか怪我多いんです。武器を上手く扱えるまでは、痛い思いしましたし。見てて嫌な感じがするんで暑い時でもなるべく隠すんですけど」
「…そう」
彼女が引いた手を掴む。
「心配してくれました?」
「そうね」
にっこりと笑って問うも、彼女は特別動じた様子もなく頷いた。うーん、やはりなかなか手強いお人だ。
「…じゃあ、早めに送りましょう。こんな寒空の下にいつまでも居させるわけにはいきませんから」
俺が掴んだ手を放しそう言うと、彼女はそれに笑って応えた。
歩きながら空を見上げると、月は見えなかった。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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