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堕ちるように緩やかに、

眠るように口付けを。

「ねぇ、旦那」
何で生き抜くってことはこんなにも難しいことなんだろうね。
「俺は敵を殺せるよ、」
だってそれが俺の仕事だから。
「旦那を守るよ、」
それで命を落とすことになっても後悔しない。
「けどさ、…好きでやったことなんてひとつもないんだ」
好きなことだけじゃない。
個人の何らかの感情でやったことなんて、たった一度しかない。

この、紅の傍にいること。

それが、自分の意思で決めた、人生におけるたった一つの、感情でやったことだった。

「…て、…め…」
「恨まないでくれよ、独眼竜」
うつ伏せで焔に引けをとらないほど鮮やかな鮮血を、
畳の上にぶちまけながら竜は睨む。

(恨まないでくれ、だって何ありえないこと言ってんだろ)

ズっ、と音を立てて足に伸ばされる手を一歩下がってかわす。
竜の眼は、一度だって自分から逸らされることはない。
「俺様だって、好きでやってるんじゃないんだよ」
忍に生まれ、忍として当然のように成長し、忍以外の何物でもない大人になって。
それでも天下なんて馬鹿馬鹿しいと思うし、血なまぐさい戦場は好きじゃない。
そもそも、人を殺すことだって。
「…でも、仕事は、仕事、だからさ」
諦めてよ。
そう肩を竦めたら、足元の独眼竜は口許を歪ませて嘲笑った。
「…HA、」
死に急速に近づいていく中で、それは勝ち誇った様な表情で。
見下ろす自分の方が追い詰められているような錯覚。
「…死ぬこと、は、怖か、ね…だろ」
そうだよ。
「怖くない」
人が死ぬのは自然現象だし、それがこの戦国の世ならば尚のこと。
見下ろした竜の姿は、明日のわが身かもしれない。

「…死なれ、…のが、いや、なんだ…ろ」

その質問には答えなかった。
竜の眼帯の紐が緩んで落ちた。
血塗れた髪の奥にある、見えるはずのない瞳。
それに沈黙の意味を見透かされているような気がした。
気がした、だけ。

「…てめ…は、きょ…も…」

独眼竜は、血を吐いたその口で。

最後に一言、罵った。

ちりちりと響く音が大きくなる。
はっと我に返ると、既に予想より早く建物に火が回っていた。
このままでは自分が脱出することも危うくなる。
踵を返して数歩歩き、息絶えた竜を見る。
それは焔に包まれるというより、焔を纏っていると言った方が正しい光景。
焔は紅によく似た、鮮烈な緋色。

「独眼竜、…アンタには、その緋色は似合わないな」

そう誰に言うでもなく呟いて屋敷を出る。
大気に溶け込み始めた煙が、まるでで盂蘭盆の送り火のように立ち上っていた。


音も立てず重さも感じさせず移動する。
その背を追うように夜明けが近づいてくる。
紅が目を覚ます前に戻って、いつもみたいに笑って「おはよう」とでも声を掛けよう。
屋敷の屋根で一息ついて、縁に降りる。
そこに見つけたのは。

「…旦、那…?」

縁の柱に寄りかかってぼんやりとする紅の姿。
「…佐助、戻ったか」
どこか安堵したような表情。
「…ぇ、あれ?何で、ここ」
頭が混乱する。
手で髪を掻き乱すと、それを見て紅が笑いながら立ち上がる。
そして背に腕を回して抱きしめられた。
「…落ち着け、佐助」
トクン、と安心する心音。
「…旦那に落ち着けって言われるの…なんか微妙だ」
「なに?」
途端に眉間に寄せる皺を指で撫でて。
返すように紅の背中に回した手が、躊躇う。
独眼竜の言葉が反芻して。
「佐助、疲れた顔をしている」
頬に触れる指先。
この紅は、独眼竜のことを知ったら何を思うだろうか。

(怒るかな…俺を、罵るのかな…)

人を殺すことを好きだとは思わない。
でもそれは仕事だから仕方ないと事務的に手が身体が動く。
「佐助?」
ゆっくりと紅の背中を抱き返せば、暖かい体温がじんわりと沁み込んでくる。
この背はこんなにも暖かくて優しい。


『てめぇは今日も、人を殺した穢れた手で抱きしめるんだろ』


誰よりも、何よりも失いたくない愛する人を。
抱き返す手に力を込める。
引き寄せて紅の肩に顔をうずめて。

(そうだよ、…俺は、死なれるのか怖いんだ)

この手がいくら穢れも痛くない。
でも、それの所為で紅に何かあったら。
それを戦国の世だからと、諦めることができるだろうか。

(…きっと、俺は…)

だからこそこの手を穢してまで、
その可能性を秘めたすべてのものを「仕事」だと、殺していくんだ。












※忍は生死を割り切る。でも、数字みたいにうまく割り切れない。やりきれない。でもすべては紅の為。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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