monocube
宵祭りの後、
桜を揺らす風に融けるよう消えた忍を見送る。
彼は忍の性分か、常に一歩離れた位置からものを見る。
それを感心する反面、
自分に向いた時の恐ろしさを思う。
散らかったままの座敷から、
残った酒を手に取り縁側に腰掛ける。
野暮用と蒼のお陰ですっかり酔いは覚めてしまっていた。
折角桜は綺麗で、こんなにも穏やかなのに。
『須く恋せよ、ってね、まぁアンタも頑張れよ』
手酌で杯に注ぐ酒を一口。
『右目が一番恐ぇから』
忍にはただ苦笑するしかなかった。
一番引っ掛かっていることを言われた気がするのだ。
「…右目、か」
蒼の一番傍に在る、大切なもの。
竜の爪(刀)。
竜の右目。
竜の魂。
それは蒼が絶対に譲らないもの。
けれど、不意に思うのだ。
蒼の背を守り、蒼の足枷となるすべてのものを断ち切る刀。
そして天下を獲るべき道の高みへと導く右腕。
右目の存在が、蒼が戦の渦中へ踏み込む一歩になっていやしないか、と。
けれど、あの有能な右目を非難するつもりはない。
(…きっとあの人は、悪意で折れそうな幼い子どもを、守ってくれていた人だから…)
けれど、
「…ここにいりゃあ、戦なんかしなくたっていいのにな」
桜を愛で、楽しく笑い、物騒なことなんてない平和な日常。
1日1日沈んでいく夕日に感傷的にはなるけれど。
些細なことが小さな幸せになって。
「……一緒に、」
「…そりゃ、何の話だ?」
覚束ない足取りで近づいてくる姿。
寝かしつけにいった足が無駄になったな、と思った。
「手酌とは、粋じゃねぇな」
傍らに腰を下ろす蒼は、
片膝を立てその上にコトリと頭を置いた。
「誰かさんは寝ちまうし、誰かさんは帰っちまうし」
祭りにも終わりがある。
拗ねたように言えば、
「だから此処に来てやったんじゃねぇか」
なんてふわりと笑うから。
酷い男だ、と思う。
「…此処で寝るなよ、風邪引いちまう」
奥州筆頭が風邪をこじらせたなんて格好の悪い話だ。
柔らかい黒髪を撫でて。
「…なぁ、アンタは俺をどうしたいんだ?」
さぁ、どうしたいのかな。
「…疲れてるアンタの宿になりゃいいよ」
笑ったら、伸ばした手に蒼は甘えるような仕草で。
「…アンタは駄目だ、俺を甘やかしてばっかりじゃねぇか」
(…このまま手を伸ばして腕の中に閉じ込めたら、)
「…此処から、抜け出せなくなっちまう」
蒼は夢から覚めるように目を開けて身体を起こす。
その顔は、奥州筆頭の顔。
(…なんて、閉じ込める勇気もないくせに)
すべてを奪って逃げる覚悟なんてないんだ。
蒼の抱えているものすべてを捨てさせるだけのものが、
それほどの価値が自分にはない。
「…また、来るさ」
蒼は立ち上がる。
本当はもう、酔いなんて覚めていたのかも知れない。
問いただしても、
「さぁな、」なんてはぐらかされるだけなんだろうが。
出来るのは、無事を祈りながら見送るだけ。
今は、まだ。
「…じゃあまた、旨い酒でも用意しておくさ」
遠ざかる足音。
その背は追わない。
ついと視線を落とした手元の杯に、
ひらりと。
淡い、桜が、ひとひら。
『春はいい、』の風来坊・蒼・忍の飲み会その後。
いつだって風来坊は蒼を攫ってしまおうと思ってる。でも、それを口に出す勇気は無い。
自分にはそれだけの価値がない、と相当自分自身を低く評価している。
(=自分の優先順位は圏外→人を守って死ぬタイプ)
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プロフィール
好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。
備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。
気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。