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記憶の浅瀬 陸

しい風が頬を撫でて、政宗は目を覚ました。
波の音がしないということはこれは現実か、と思い至り安堵の息を吐いた。
身体を起こせば、先刻よりは幾分自由が利くようになった。
対照的に感じるこの疲労感は精神的なものだ。
政宗は開けられた戸から外を見遣り、傍らにいたはずの小十郎の残り香を感じながら褥を出た。




※双竜両思いになるまでの話。もだもだするシリアス(?)なので注意!続きは折りたたみ↓↓

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覚束ない足取りは、壁に柱に掴まりながら何とかして縁を歩く。
いつもなら兵士たちの喧しい声が聞こえてくるのだが、今はすっかり息を潜めたように静かだ。

(今は、この方がいい)

政宗は今の自分では元気だと取り繕うこともままならないと思い知っていた。
少しずつ座敷から離れながら、あてもなく進んでいく。
探しているのはただ一人で、その背に触れて確かめたかった。
この傷はもう塞がったのだと。

(いや、)

ただ、“この傷はあなたの所為ではない”と一言言って欲しいだけなのかもしれない。
あの声で、そう許してもらえたらどれだけ救われるだろうか。

(小十郎、)

呼べばきっとすぐにやってくるだろう。
けれどそれでは駄目だ。
小十郎が自分を容易く見つけるなら、自分も小十郎を見つけられなければいけない気がする。

(あれは、俺の半身)

政宗を埋められるのは小十郎だけで、特別だから特別でありたくて。
「…こんなことを口にしたら、お前はそれでも俺の傍にいてくれるか?小十郎」
政宗はそう苦笑したつもりだったが、それは苦笑ともいえない今にも泣きそうな表情だった。
今の時間ならきっと自室で幾多もの書面とにらめっこをしているはずだ。
人払いでもしているのか、幸い他の誰とも鉢合わせすることなく小十郎の座敷に辿り着いた。
だがそこに小十郎の姿はなく、既に処理の済んだ文書が綺麗に片付けられていた。
「…行き違ったか、」
政宗は小さく呟くと、そのまま小十郎の座敷に入って座布団に座る。
小十郎はいつもここに座って政務をこなしていた。
覗くといつも綺麗に背筋の伸びた背中があって、政宗は何とも小十郎らしいそれが好きだった。

(…それは、あいつだから、だ)

文書に集中しすぎている小十郎の背後をあっさりと取った時、
小十郎は困ったように笑って“主(あなた)にまで警戒していては身が持ちません”
とか何とかそんなことを言っていたっけ。
声を潜めて笑ったら、「こんなところに居られたのか」と両肩に後ろから手を添えられた。
見上げると、それは政宗の探し人だった。

………

急ぎの文書の一件で一時政宗の座敷を座し、
(心配だからとて、日がな居座っているわけにはいかない)戻ってみれば座敷は蛻の殻になっていた。
逡巡してから、すぐにその場を離れた。
見ていた状態ではそう遠くまで行けるとは思わないが。

(人払いをしたのが仇になったか…)

政宗自身も他の者に今の姿を見せることを嫌うだろうと思い、人払いをしたのだが。
小十郎は焦りを表面にはまったく出さずに、ただ早足で政宗を探す。

(あの方は、俺がどこにいても見つけてやってくる)

幼い頃からその嗅覚は侮れないと思っていたものだ。
でも半面、“自分”を探しているということに僅かな優越感を抱いたもの確かだ。
だから自分が「特別」なのではないか、なんて勘違いも甚だしいことを思うのだ。

(だが、それでも俺は…)

政宗を一番最初に見つけるのが自分であれば、と望んでしまう。

(違う、ただ、傍に居られたらいい。右目としてで構わない…むしろ、そうあるべきなんだ)

屋敷の中を歩き回って、まさかと思い自室に戻ると見慣れた背中。
ずっと小十郎が生涯をかけて守ると決めた背中だ。
「こんなところに居られたのか」
その寒そうな肩に後ろから両手を添えて。
見上げてくる目は少し楽しそうな嬉しそうなそんな感情を滲ませていた。
「この時間なら、ここで眉間に深い皺を寄せて書面とにらめっこしてると思ったんだよ」
政宗は小十郎に悪びれもせずに言った。
「休まれなくてよろしいのですか?」
そう言えば、「折角お前探してここまでやってきたのを追い払おうってのか?」と不服そうに言われた。
「そんなつもりは。ですが、ここに面白いものなどありませんが」
「お前が居りゃあ、いい」
即答された言葉に反応して、思わず小十郎の手が止まる。
腕を掴んだまま、くるりと政宗は向きを変えて小十郎と向かい合わせになる。
そして、背中に手を回して恐る恐る背中の傷に触れる。
何の意図か分からないが、背中の傷を気にしているのだと気付いた小十郎は、
腕が回しやすいように少しだけ身体をくっつけて目を伏せる。
「もう傷は完治しておりますよ、あなたが案じることではありません」
政宗が背中を撫でる手をそのままにさせながら、

「これは“あなたの所為ではないのだから”」

と、政宗が望んでいるであろう言葉を小十郎は告げた。

………

政宗は小十郎から与えられた言葉に、表情を歪めて抱きついた。
羽織の背中をきつく掴んで。

(俺は、狡い)

言って欲しいことを言わせたくて、こうやって狡いことをする。
そうされたら、答えはひとつしかないという状況を作って。

(それでも与えられた言葉に安堵する)

小十郎は急に強く掴んだ手に少し驚いたように身体を震わせたが、
すぐに宥めるように政宗の背に腕を回してくれる。
あの夢の後、冷たくなっていく小十郎の身体。
けれど今はこんなに暖かくて涙が出そうになる。
手が届くところに、抱きしめられる程傍に、小十郎が居る。

(ただ、それだけで)

小十郎の胸に顔をうずめたまま、くぐもって聞き取りにくい声で政宗は言う。
「…傍に、いろ」
ずっと、ずっと。
小十郎はそれを耳にして一瞬苦く表情を歪めたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「…居ります、ずっとお傍に」
小十郎はあなたの右目なのですから、と。
穏やかで優しい声が、今の政宗には辛かった。
不自然に震えそうになる声を必死で抑えながら、ゆっくりと小十郎から離れる。
「―――…俺は、違う」
その呟きの意味を小十郎は理解できなかった。
「…そうじゃ、ねぇんだ」
そう繰り返して政宗はふらつきながら立ち上がる。
机に足が当たって、片付いていた文書が数枚畳に落ちた。
「政宗様、」
政宗を支えようと伸ばされた手を払った。
小十郎の表情を見ることはできない。
きっと今の自分を見られては小十郎に気付かれてしまう。
気付いて欲しいと思うのに、それが酷く怖かった。
「…いい、」
「しかし、」
食い下がる小十郎の腕から逃れるように座敷の戸に手をかけて。

「今、“右目”は必要ない」

そう吐くように告げると、小十郎はそれ以上手を出してはこなかった。
それから自分の座敷に倒れるように戻ったものの、どうやって戻ってきたのかさっぱり思い出せなかった。





続。
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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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