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Ⅱ.やわらかな傷跡 3

二人がボーダーラインを出ると、そこには今まででは有り得ない数の連中がいた。それに対して一瞬圧倒されたのは事実だ。これだと、自分たちが悪いことでもしているような気になってくる。
「…すごい数ですね」
冴晞は苦い表情を隠しもせず口にする。今の方法がギクシャクしていることはお互いに理解っている。その上でこの人数。練習台などと言っている場合ではない。
「――――…殺るしかねぇだろ、」
「…ですね、」
獅戯の言葉に冴晞は頷き、獅戯は銃を冴晞は日本刀を具現化する。それを合図に連中が動き出す。最前線の一角を冴晞の日本刀が薙ぐ。そのまま冴晞は敵の渦中へ。それを追いながら獅戯も渦中へ潜り込む。片手の銃では非効率だと両手に銃を再構成。距離を縮められる前に仕留めて行く。薙いでも仕留めてもまだまだ先の見えない戦況に二人の焦りは募る。もしそうでなければ、二人は確実に早い段階で気付いていたはずだ、この戦況を見下ろす男の存在に。だが二人にその余裕はない。獅戯が両手で応戦していると、死体を盾に距離を詰めてきた男が一閃を振り下ろす。咄嗟に身を引いて相手を狙うと、銃を放つ前に冴晞が一掃した。撃つ手間をなくした獅戯は、一瞬反応が遅れる。一方遠方からの銃弾が冴晞の髪を掠める。そっちに獅戯を向けて駆け出したところで、相手を獅戯の銃が仕留めた。標的を失った冴晞は、無意識にブレーキを掛けて足踏みする。それは本人たちの自覚以上に隙だらけでずさんな戦い方だった。
そして、悲劇は起きる ――――――――――
「…何だ…?」
応戦しながら感じる違和感。それとなく相手の中に走る動揺。それは少しずつ波紋のように広がって二人に迫ってくる。そして、はっきりと感じる強い力の気配に反射的に二人が動いた。
「背中を預けることもできないのか、」
冴晞が放つ一閃が躱される。その先に居たのは…
「獅、」
「冴晞っ!」
互いに目が合った。そこには刀の切っ先を獅戯に向けた冴晞と、銃口を冴晞に向ける獅戯の姿が映っていた。不自然に大きく響いた銃声。獅戯は自分の銃弾が冴晞の右腕を打ち抜くのを見る前に左目に激痛を感じ、視界が赤く濁った。一方の冴晞は自分の刀の切っ先が獅戯の左瞼を捉えた瞬間に右腕にの感覚がなくなり、具現化したはずの日本刀が緩やかに解けた。
「それなら組まない方のが、ずっと意味があると思うけど」
辛うじて残った利き腕の銃で応戦しながら、空いた手で左目を押さえる。指の間を血が流れる不快感に襲われる。波のように痛みと熱が押し寄せてきて視界が覚束ない。至近距離での勢いに持っていかれそうになるのを踏みとどまって、感覚のない右腕を押さえる。右腕がなくなった訳ではないことに安堵したが、押さえた手を流れて行く血に怪我は軽くないのだと自覚する。
「…くっ…」
獅戯の命中率が格段に落ちたのを狙って、更に相手の勢いが増す。冴晞は右腕を無視し、左腕に刀を具現化。獅戯が仕留め損ねた分も含め応戦を始めた。男の気配は、既に戦場から消えていた。
外に出て最初に感じたのは、むせ返るよな血の匂い。幸は始めにどれだけの数が「生きて」いたのか凡そ理解する。かつては不殺の『夜鷹』と呼ばれていた幸は、こういったことに関する感覚が鈍っていないことに苦笑した。そして微弱ながら感じる二人の気配に視線を上げると、そこには返り血ではない血の跡。夜闇の所為もあるだろうが明らかに蒼白な二人の表情。幸の予想した通り…いや、予想していた以上に酷い。尤も相手の数が数だけに手間取ったのもあるかもしれない。だが組んで戦わせた途端獅戯も冴晞も互いを補うどころか穴が目立ち始めた。勿論、初めから完璧にできるとは幸も思っていなかった。それでもこうなる前に気付いて欲しかったという気持ちはあった。
「…言わんこっちゃない…」
だが目の前の光景を見れば、自然に苦い表情になる。獅戯は左目辺りから血を、冴晞は右腕を負傷。傷の深さまで明瞭に分かったわけではないが、万全な状態に比べれば格段に力は劣る。幸は煙を吐き出して、煙草を携帯灰皿にねじ込んだ。仰いだ空には朧月。雲で翳ってはまた顔を出す。
「…アタシが動く時は、どうもこういう空に好かれるみたいだねぇ」
そしてゆっくりと混乱の渦中に足を向けた。
「冴晞っ…」
「大丈夫です。すぐ近くに居ます…多分」
互いの傷が気がかりなのと、絶えず失われていく血によって二人の集中力は散漫になっていた。それでも呼吸を整え意識すればそれぞれの位置を把握することはできた。月が翳って落ちる闇。目が慣れるまで手探りの応戦を強いられる。だが、そこで二人は自分たち以外の場所で起こる悲鳴と倒れる音に気付く。消えたはずの男だろうか。周囲への注意を怠らずに息を潜める。しばらくそれが続いた後、月が顔を出した。二人の勘違いでなければ、相手の数は確実に減っていた。そしてそこに居たのは。
「幸…っ」
獅戯が幸に気付いて声を上げる。冴晞も驚きを隠せない様子で幸を見る。
「ったく、世話の掛かるガキ共だねぇ」
それに動じることも無く、残った人間たちの数に怯むこと無く幸はにやりと笑う。それからすぐに辺りに鋭い視線を投げる。
「…逝くか退くか、どっちにするんだ?」
一瞬相手に小さなどよめきが走ったが、すぐに幸にも襲い掛かって来た。
一人目を躱して、二人目を捌く。三人目からナイフを奪って脚に刺し、後ろからの四人目の腹に肘を食らわせてそのまま首の横に足を付けて地面に叩き付ける。既に視線は次の人間に移っている。横から襲って来た五人目の太刀をナイフで受け、それを幾度か繰り返した後に腹にナイフを刺して仕留める。間を置かずにやって来た六人目の一撃を五人目の身体を盾に躱して、反対側からやって来た七人目の腕を引いてその手の刀で六人目の腕をを貫く。手の刀を落とさせると、七人目の腕の関節を破壊した。それはまるで呼吸をするように隙の無い、素早く鮮やかな動きだった。
「――――お前たち、何やってるか解かってるか?」
粗方片付いて、獅戯と冴晞の傍に立った幸は酷く落ち着いた声でそう言った。
「アタシはこんなもん見たくて、お前たちを引き合わせたわけじゃない」
獅戯と冴晞がお互いの有り様を見て、複雑な表情をする。だがそこへそれぞれ一発ずつ容赦無い幸の拳が飛んだ。
 
「お前たちは『二人』なんだ、それを忘れるな」
 
二人はそれに対して呆然と立ち尽くす。
「…解かったら、店に入りな。その酷い有り様を何とかしてやる」
二人にそうとだけ言って小さな溜め息を吐くと、そのまま幸はボーダーラインに戻った。
獅戯と冴晞は一度お互いに顔を見合わせて、何も言わずにその後を追った。
 
それは、“二人”の敗戦だった。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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