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Ⅱ.やわらかな傷跡 4

獅戯はずっと考えていた。
幸に応急処置をしってもらってから随分と時間が経っている。立って足を伸ばそうとしなかった理由は、ずっと考えていたからだ。そう不器用ながら自分に言い訳をする。したところで言葉にできないこの有耶無耶な感情が晴れることはなく、それどころか自分自身に対する嫌悪感が増していくのを理解っていながら。
獅戯はゆっくりとした足取りで冴晞の部屋に辿り着くと、軽く深呼吸をしてからドアをノックした。
「――――…どうぞ、」
微かに聞こえた冴晞の声に、獅戯はドアを開けた。部屋の電気は点いていない。それでもベッドに横たわる冴晞の姿を捉えることができたのは、窓から差し込む月明かりに因るものだった。身体を起こそうとする冴晞を支える。
「…怪我は…」
「そんなに大した怪我じゃない」
獅戯の声は沈んだような、静かな声だった。理由が理解っているから、冴晞もそれに触れることはなかった。
「でも…見えないのでしょう?」
獅戯は答えなかった。幸も言っていた。もう、この左目は見えないと。たとえ開いても、二度と元あった景色を映すことはない。だが治まらない感情を無理矢理抑え込んだ冴晞の声に、獅戯は話の矛先を変えようとした。
「――――それより、お前の怪我は平気なのか?」
獅戯の言葉に、冴晞はただ苦笑した(それが冴晞の悪い癖だと獅戯が気付くのは、もう少し後の話だ)。
「しばらくは使えませんね、動かすのも億劫ですし。…でも、両利きになるいい機会ですよ」
獅戯は隠し切れない包帯を見ては、すぐに目を逸らす。
「…そうか、」
その声はどこか上の空で。獅戯はきっとただ考えていただけ。それだけのはずなのに、冴晞には獅戯の表情が酷く痛んでいるように見えた。そして獅戯の不器用なそれは、冴晞の意地をあっさりと看破してしまった。
「―――――…そんな表情、しないでください」
冴晞の声に上げた視線は、冴晞のそれとぶつかる。獅戯は自分自身の無意識な表情にはっとした。
「貴方が僕に、そして僕が貴方に傷を負わせた…それだけで、十分です」
「俺たちは、…敗けた」
それは敵だけではない色々なものにだ。二人は同様のことを感じている。これはそれぞれが一人の時に感じたそれとは比較できないほど、重い。痛んだのはお互いの傷でも幸の殴った場所でもない。
「確かにあの時、獅戯さんが居た。でも僕は…一人で戦っていた」
「俺も、そうだ」
 
『お前たちは「二人」なんだ、それを忘れるな』
 
幸の言葉を思い出す。幸にはすべてお見通しだった。二人が居ても、一人と一人では意味がない。一人で戦っているのなら、もう一人の存在は足枷にしかならなのだから。二人の穴に入ってきたあの男も言っていた。「背中を預けることもできないのか」と。そしてそれなら組まない方がずっと意味があると。二人が意識していながら、気付かないフリをしていた「穴」。それに意図的に入って来た男が示唆したのは、恐らく幸の言ったことと同じこと。1+1が2にすらならない。
「…獅戯さん、僕は貴方に守ってもらいたいわけじゃありません」
冴晞の瞳は真っ直ぐに獅戯に向けられている。
「ただ…貴方と同じ場所で戦いたい」
その言葉が意図するのは、『一人』ではなく『二人』ということ。
「だから…貴方の背中を、僕に守らせてもらえませんか?」
冴晞の言葉に今度は獅戯が苦笑した。突然利き腕が使えなくなって、不安や混乱を感じていないわけではない。それなのに冴晞は獅戯を気遣って、その上真っ直ぐな強い視線を向けてくる。冴晞の新たな一面を知って、獅戯は幸がとんでもないやつと引き合わせたのだと再確認する。同じ思いをしているのに、沈んでいる自分が格好悪い気がした。
「…俺の背中はお前に預ける。もう二度と、あんな屈辱は御免だ」
ふっと和らいだ獅戯につられる様に、冴晞も笑う。
「二度と傷付けませんから…獅戯さん」
「獅戯さんてのはやめろ。俺たちは対等なんだろ?獅戯でいい」
獅戯が眉間に皺を寄せて答えると、冴晞は一瞬きょとんとして、それからすぐにまた笑った。獅戯がそんな些細なことでも意識してくれていることが嬉しかったのかもしれない。
「獅戯…ですね、努力します」
それからすぐに“コツ”を掴んだらしい二人は、本当に強くなってしまった。相性の良さは幸が睨んだ通りというわけだ。だがそれが、後に『神話』と呼ばれる存在になることまでは幸でも想像していなかったに違いない。
 
ボーダーラインを後にして夜道を歩いていた冴晞は、その先に存在する気配に気付いて小さく笑った。
「…待っててくれたんですか?」
冴晞の言葉に、獅戯は軽く頭を掻いてから応えた。
「…幸に居残り言い渡されて、落ち込んでるかと思った」
幸が非道な人間だとは獅戯も本気で思ってはいないものの、何に対しても目聡い幸と一対一で向かい合うのは勇気が要る。いつものように茶化してくる幸ならばどうと言うこともないのだろうが。「心配した」と口には出さないが、冴晞にはその気遣いが手に取るように分かった。
「落ち込んではいませんよ、ただ、自分の決心の甘さは痛感しましたけど」
冴晞が苦笑する。それを見て獅戯は手を伸ばし、冴晞の頭を軽く叩いた。
「…それ、お前の悪い癖だ」
獅戯の言葉に虚をつかれて、冴晞は言葉に詰まった。だが獅戯はそれを気にすることなく歩き出す。
「帰るぞ、」
冴晞は“参った”とばかりに額を軽く押さえ小さく息を吐き出すと、先を歩く獅戯を追った。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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