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Ⅲ.「神話」の崩壊 1

『神話』は正義じゃない。正義は人の内なるもの。だから、それは『神話』などとは到底言えない現実。でもそれは力無き者が希む革命…ひとつの大きな分岐点であった。
『欲や感情任せの暴力による支配』からの解放。
それが“此処”での弱い人間たちの希みだった。
 
「や、やめてくれ…」
ゴツイ腕時計に、どぎつい柄のネクタイ。高級そうなスーツと、眩しく光る幾多もの指輪。自分では手を下さず、金にものを言わせて人を顎で使う。すべての暴力を高みから面白そうに見下ろしていた男。その男は今、二人の男に追い詰められていた。尻餅をつき、見苦しく絨毯の上を後ずさる。
「わ、ワタシにも息子や…孫だって居る…」
獅戯は男へ銃口を向けている。冴晞は刀を具現化させているが、獅戯から一歩引いてことの成り行きを見守っている。
「だから…やめてくれ…」
獅戯は男を随分冷めた目で見下ろしながら、引き金に掛ける指に力を込めた。だがその時、何かが男を庇い銃口の延長線上に入った。
「獅戯っ」
先に気づいたのは冴晞だった。冴晞の行動は早く、咄嗟に刀で弾丸を弾く。冴晞の腕に鈍い痺れが疾った。獅戯が銃口を上げると、そこには幼い…十歳前後の少女が居た。男は泡を吹いて倒れ、少女は何も言わず強い瞳で獅戯を精一杯睨んでいた。それを見下ろしながら、獅戯は再び男に銃口を向けた。
「…冴晞。此処でガキを殺してやるのと、生かしてやるのと、どっちが倖せだ?」
慌てた素振りも無い、静かな声だった。
「それは…」
冴晞にとってもすぐに答えかねる問いだ。
「殺せば終わるが、生かせば後に俺たちを危険に曝すかもしれない。だが、ガキは何もしちゃいない。生きる道も、死ぬ結末も抱えてる」
「えぇ、そうですね」
冴晞はゆっくりと目を閉じた。
「――――貴方がどちらを選択しても僕はそれを肯定しますよ。だからそれは、この子の最善です」
そして、獅戯は銃の引き金を引いた。
 
男の元を後にした帰途の間、獅戯も冴晞もお互いに口を開こうとはしなかった。ただ、むくむくとキリがなく現れるカオスの這う音だけが、酷く耳に障った。
「…パパ、ママ…どこ…?」
カオスとは違う足音。微かに聞こえた声の先に目を凝らすと、そこには裸足の少女が居た。途端、二人に苦い感情が疾った。その少女はまるでつい先刻見た少女と同じくらいで。少女はぺたぺたと裸足で歩いて、二人に気付いたのか足を止めた。その後方にカオスが出現する。少女はそれに気付いてい
ない。二人の足は、動いていた。先に獅戯が銃を具現化し、少女に伸びているカオスの触手を撃つ。その後すぐに触手を撃たれたカオスを冴晞が一閃し、その間に獅戯が少女を保護する。
「…パパ、ママ…」
獅戯に抱き寄せられたまま、少女はまるでうわ言のように呟いた。
「…どうして、カオスを引き寄せて…」
怯んだ様子もなく次々に伸ばされるカオスの触手を斬り、カオスを退けていく冴晞。獅戯も距離を詰められないように応戦する。
「冴晞、このガキカオスに侵喰されてねぇ。どこも、少しもな」
「…成る程。それならカオスを引き寄せたのも納得ですね」
カオスは侵喰されたモノを同類と見なす。たとえ、まだ人間であっても。だからこそ同類ではないモノ惹かれる。そしてそれは彼らにとっても重要な餌。
「獅戯、どうします?」
冴晞は更に獅戯たちの前に出て、カオスを肉塊に変えていく。冴晞が問うのは、先刻問いたのととても似ている。
「パパもママも…土気色になって、どこかへ行っちゃった。だから、探さなきゃ」
カオスと化した親。だとすればもう生きていないか、或いは生きていても自我は失われ人の形すら保っていないだろう。どっちにしても、結末は残酷だ。獅戯は腕の中で軽く身じろぐ少女を押さえた。
「獅戯、」
何もかも背負えるとは思っていない。すべて受け入れてやる為に、腕の中に残したわけでもない。何がこの少女にとって良い選択なのかも、未だ解らないまま。無力なのを自覚しているけど。
『――――貴方がどちらを選択しても僕はそれを肯定しますよ。だからそれは、この子の最善です』
「――――連れてく」
冴晞はその獅戯の選択を深く問うことなく。
「…分かりました。じゃあ、急ぎましょうか」
“今は時間帯が悪いですから”と障害になるカオスを率先して薙いでいく。獅戯は少女を抱き上げて、二人はやや急ぎ足でボーダーラインに向かった。
 
「――――お前ら、何時の間に子どもなんて作ったんだ?」
手を止めて面白がるように、幸は目を細めた。
「カオスに狙われているのを保護したんです。どうやら両親を探しているみたいで。でも恐らくもう…」
『パパもママも…土気色になって、どこかへ行っちゃった』
幸は獅戯の下ろした少女に近付いた。少女は幸をゆっくりと見上げた。それを獅戯と冴晞は見守る。幸はしゃがんで少女に目線を合わせると、肩を掴んでしっかりと少女を見た。
「パパとママを探してるのかい?」
少女は声を出さずに小さく頷いた。
「…もう、探さなくていいんだ」
少女は何を言われたのかまるで理解できていないように、ぼんやりとした表情で幸を見返している。だが、幸は言葉を紡いでいく。
「もう、“此処”には居ない。何処を探しても、見つからない。解かるか?」
すると少女は黙ったままだったが、頬を伝って涙が零れた。幸はその少女を愛おしそうに見た。それはとても穏やかで優しい眼差し。
「そうか、ちゃんと解かってるんだね。…良い子だ」
幸は少し強い力でくしゃくしゃと少女の頭を撫でた。
「泣いちまいな、我慢なんてしなくていいから」
そして、幸は少女を抱きしめた。微かに震えていた小さな身体はふっと強張りが解けていった。やがて小さく鳴咽も聞こえて。少女は幸の腕の中で堪えていたものを吐き出すように泣いていた。
しばらくして、少女は眠ってしまった。幸のお陰で緊張が取れたのだろう、当然の成り行きだ。
「…よく似合ってますよ、パパ」
「お前なぁ、」
冴晞は微笑ましい表情で獅戯に言い、幸も笑う。ただ獅戯だけがえらく不機嫌な表情だ。
「起こすなよ」
幸が釘を刺す。それもそのはず。少女は獅戯の膝の上をしっかり陣取って眠っていた。よって獅戯は全く動けない状態にある。
「それで、これからどうするんだ?お前らが討った男が居なくなったんだ。当分は、統制の取れない馬鹿どもの野放図が広がって厄介だろ。それまでの保護は認める。だけどそれ以降はどうする?」
幸はカウンターから出て、獅戯の座るソファの前に立ち獅戯にココアを手渡す。
「お前らが責任持って面倒をみるなら、それで構わないさ。この子の存在は、お前たちにも良い変化をもたらしそうだしな。だけど、どっちみちこの子が自分の身を守れるようにならなきゃ話にならない」
「――――幸、」
獅戯がココアを飲んでから口を開いた。幸はカウンターに戻る足を止めて獅戯を見た。
「アンタの持ってる空家貸してくれないか?」
「何に使う?」
「このガキに銃を教える」
冴晞は驚いた様子で獅戯を見る。幸は興味深そうな表情だ。
「この子はお前と違って繊細にできてる。今の状態でそれが可能か?」
「このガキ見たなら気付いたろ、大した傷も無くカオスから身を守ってた。ただそれの遣い方が解からないだけで、センスはある。…無理矢理にでも進まなけりゃ、ガキはこのまま朽ちるだけだ」
「獅戯…」
幸はそれを聞いて軽く笑うと、獅戯に鍵を放る。
「それならいい、勝手に使いな。その子がどれほどの実力をつけるか、楽しみだよ」
獅戯はそれをしっかりと受け取った。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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