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Ⅲ.「神話」の崩壊 2

「お前、名前は?」
「―――――限(キリ)」
限と答えた少女は、感情を表わすのが苦手らしく普段からあまり表情を変えない。その所為か、言葉も必要以上に発さない子どもだった。
「…若いっていいですね」
笑って言う冴晞に、獅戯は“何歳か老けたセリフだな”とその頭を軽くどついた。
獅戯の教え方は特別覚えやすいというものではなかったが、限は歳の割りに飲み込みが早く、すぐに獅戯の言うことを憶えてしまった。むしろその飲み込みの良さに舌を巻いたのは獅戯たちの方だ。だが同時に銃に夢中になっていくその様子が、まるで今まであったことを忘れようとでもしているようで。二人は妙な痛々しさを感じてもいた。日々の練習は幸から借りた空家で、その後はボーダーラインに寄るという生活が続いていた。時折姿を消す冴晞は、ご飯を作ってはボーダーラインに持ち込んだ。
「…アタシのより旨いもん持ち込まれると、嫌みに感じるな」
幸の言葉に冴晞は苦笑し、むしろ限より食欲のある獅戯は“旨いから問題ねぇだろ”と冴晞の肩を持つ。そんな間に挟まれた限は、双方の表情を見つつご飯を食べていた。
「…ったく。少しは変化があると思ったが、全っ然変化ねぇなお前らは」
冴晞用の珈琲を入れつつ、幸は笑った。
「それで、成果は出てるのか?」
「それなりにだな。だけど、飲み込みは早ぇしセンスはあるし」
獅戯は思案する間もなく答えた。
「そうか。頑張ってるもんなぁ、限」
幸を見上げる限の頭を幸はくしゃくしゃと撫でた。この時だけ、限は少し表情が嬉しそうになる。獅戯も冴晞もそんな限を抜かりなく見ては、小さく笑った。
「その内僕なんて、あっという間に追い抜かれちゃうんでしょうね」
珈琲を飲んで、冴晞は言う。それを聞いて、少し驚いた様子で幸は答える。
「随分と弱気だな」
「事実ですよ。限さんの成長は目覚しいですから」
名前を呼ばれて、限は冴晞を見上げる。冴晞は限に微笑んだ。
「アタシは“此処”で閉鎖前も閉鎖後も変わらず店を続けてる。お前らはその店の常連で、閉鎖前からずっとカオスを殺し続けてる。閉鎖された後に生まれた限は、お前らに出会っていずれカオスを殺すことになる…かもしれないし、そうでもないかもしれない。この子の未来に、少しでいいから今より“此処”がマシになってるといいけど」
幸はカウンターに頬杖をついて、そう言った。それからすぐに立ち直って、
「そうだ。限、今日は此処に泊まっていきな。たまにはアタシの相手もしてほしいからね」
と身を乗り出してにっこりと笑った。限は少し幸の顔を眺めていたが、獅戯と冴晞の顔を見てから頷いた。
 
ボーダーラインからの帰り道。冴晞は、幸の言葉を思い出していた。
「獅戯、…貴方は、少し変わりましたね」
唐突な冴晞の言葉に、獅戯は何事かと冴晞を見た。
「少し、丸くなりましたよ」
“そんなの解かるかよ”と獅戯は冴晞から視線を逸らした。
「獅戯、さっき幸さんが言ってたこと覚えてます?」
『アタシは“此処”で閉鎖前も閉鎖後も変わらず店を続けてる。お前らはその店の常連で、閉鎖前からずっとカオスを殺し続けてる。閉鎖された後に生まれた限は、お前らに出会っていずれカオスを殺すことになる…かもしれないし、そうでもないかもしれない』
獅戯が冴晞の指すものが何なのか気付くのに、大した時間はかからなかった。
「今まで改めて考えたことはなかったですけど、人の生き方って…こうも違うんですね。どこかで変化が起こる可能性を孕んでいる」
まるでのその事実をたった今知った、とでも言うように冴晞は呟いた。
「当然だろ。俺が俺の意志で生きてるように、お前はお前の意志で生きてる。俺が死ねって言っても、そう素直に死なねぇだろ」
「どうでしょうね、貴方が言うなら死ぬかもしれません」
冴晞が笑って答えると、獅戯は怒ったのか眉間に皺を寄せる。
「折角の色男ぶりが台無しですよ」
“誰の所為だよ”と獅戯は悪態を吐く。
「とにかく、結果も過程も全く同じになるなんてことねェだろ、普通」
茶化してはいても、そんなことを冴晞が理解できないとは思っていない。獅戯からすれば、自分より
冴晞の方がそういう理解に関しては上だ。
「でも、貴方と僕は同じ場所に立ち同じ刻を過ごしている」
ずっと、繰り返して来た時間。それは十分永いと言ってもおかしくないほど。
冴晞の声はいつもとは違って妙に真剣で。呟きに近いそれを掻き消すように風が二人を凪いでいく。冴晞の黒髪が揺れて、獅戯はそれを見ていた。
「…だからって、求めるものが同じだとは限らねぇだろ」
冴晞は風が過ぎるのを待ってから、獅戯の言葉に“尤もですね”と頷く。
「じゃあ…追い求めた先には何があるんでしょうね」
生?それとも死?
倖せ?それとも後悔?
「追い求めて、辿り着いてしまったら…どうなるんでしょうね」
何の為に生きるのか?
その希みが満たされたら、満足するのか?
答えを求めない、廻り続ける問い。それは、自分たちの生きる意義に似ていると獅戯は思った。同じことを、冴晞は感じているのだろうか。だとしたら、それに対するちゃんとした応えを獅戯はまだ見つけられていない。模範解答じゃないのは解かっている、それでも今応えられることを獅戯は必死で探し言葉を紡ぐ。
「…自分が選び出した結末なんだ。それが不倖に向かうことになっても、もう抗えねぇだろ。引き返す気がないんだったら、先を見据えるだけだ」
獅戯が応えられる「応え」を出したのは冴晞の為だけじゃない。多分、自分に言い聞かせる為でもあって。
「果ての見えない、暗闇でも?」
獅戯はただ、頷いた。そんな真っ直ぐな態度に、冴晞は苦笑するしかなかった。
「――――強い人ですね、貴方は」
だからこそ、冴晞は獅戯の隣りを選んだのかもしれない。冴晞は難しいことを考えるのを拒否したわけじゃない。すべて獅戯に委ねたわけじゃない。それでも、冴晞が迷う時に獅戯の言葉は複雑な絡みを緩めてくれる。獅戯本人さえ意図しない、無意識の言葉が。
「俺の背中はお前が守ってくれるんだろ。それなら、俺は前に進むしかないしな」
ぽつりと呟くように発された獅戯の言葉に、冴晞はただ驚いた。そんな言葉が獅戯から出るとは思わなかったのだろう。
「…人の生き方はこんなにも違う。生まれも、経験も意志も違っていますからね。でも、でもね…その過程がどんなに違っても、最期の時に同じことを想えたら…素敵だと思いませんか?」
冴晞はゆっくりと言葉を紡いでいく。獅戯は何も言わずにそれを聞いていた。或いは聞きながら何かを思っていたのかもしれない。
「たとえ、与えられる結果が異なるものだったとしても」
冴晞は遠くに何かを見るように続けた。
「自分の道連れとして、誰かを心から求めても…実際に死ぬ時は、恐らくひとりなんでしょう」
獅戯は何かを感じ取って、訝しい表情になった。
「独占欲が強い自覚はありますけど…道連れにする勇気、僕にはありませんから」
「何の話だ?」
「だから、貴方は前を向いて歩いて行けばいい。…いつでも僕は、そう希んでます」
「冴晞、」
獅戯の真剣な制止。その反応に、冴晞はまたふわりと笑った。
 
「…まあ、当分貴方の背中は譲る気無いですけどね。誰にも」

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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