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Ⅲ.「神話」の崩壊 3

それから限に銃を教える日々が続いていたある日。いつもはそこそこにボーダーラインを出るのだが、限が疲れて寝てしまい、獅戯と冴晞はいつもよりボーダーラインに長居していた。それぞれが何を飲むか知っている幸は、いつものように獅戯にはココアを冴晞には珈琲を入れた。その所作をしつつ、幸が口を開いた。
「…獅戯、お前バーテンやる気はないか?」
閉店間近のボーダーライン店内で、唐突に放たれた幸のセリフに獅戯は面食らった。
「――――は?」
まったく何を言ってるのか解からないといった反応の獅戯に、隣りに座る冴晞が笑った。
「良かったですね、就職先が見つかって」
「茶化すな」
「はい、すみません」
じろりと獅戯が睨むと、冴晞は微笑を浮かべつつ謝った。
「一体どういうことだ?それに、何で冴晞じゃなくて俺名指しなんだよ」
視線を目の前に立つ幸に向け、何の話かと獅戯は問いた。
「ちまいこと得意だろ、お前」
幸は事も無げにサクっと言った。そのセリフに獅戯は呆れた表情。
「そんなん、冴晞だって一緒だろ」
「え、僕じゃあ貴方の几帳面には勝てませんよ」
冴晞の一言に、獅戯はまた冴晞をじろりと見た。助けてくれると踏んだものの、あっさり見捨てられた気分だ。冴晞は大して動じた様子もなく笑い、獅戯は頭を掻いた。
「っつーか、そもそもアンタがいるのに何で俺に言うんだ?老い先短いってわけじゃねぇだろ」
「そんなクソ生意気なことを言うのはこの口かァ~?」
幸はやや引き攣った笑みで、獅戯の頬を抓り上げた。不覚にも掴まった獅戯はそれから逃れようともがく。その横で、獅戯を助けるでもなく冷静に冴晞が珈琲を一口飲んだ。
「でも、本当に唐突ですね。何かあったんですか?」
「…なぁに、しばし此処を離れようってだけさ」
二人の動きが止まる。
「ん?何だ何だ、変な顔して」
幸は獅戯から手を引いて、二人の様子を笑い飛ばした。
「そんなにアタシが居なくて淋しいのか?…ふふっ、モテる女は辛いねェ」
表情は未だ固いままで、獅戯が先に口を開いた。
「…店、どうすんだ?」
「だから、バーテンやる気はないかって言ってんだよ」
初めからそう言ってるだろ、と言わんばかりに呆れた幸の言葉。
「アタシも店には愛着があるからねェ。こんなイイ場所が無くなるのは勿体無いだろ?」
「じゃあ、無期限のバイトってことですか?」
冴晞の言葉に幸は目を細めた。
「バイト、なんて生温いモンかは別だな。アタシが帰るまで、此処を無くすなって条件付きだから」
「あはは、それは厳しい条件ですね。それに、閉鎖以来随分人が減りましたしね」
幸はカウンターから出て、円テーブルの椅子に座った。その姿を二人が追う。
「儲けなんて端から考えちゃいないさ。儲かったところで『退屈』だからなぁ」
ぼんやりと店内を眺める幸の目は酷く冷めていた。それは何処か此処ではない遠くを眺めているように感じられた。
「いつ出るんだ?」
二人には幸のことを引き止めるつもりはなかったし、引き止めもしなかった。ここで何を言っても、一度決めたら殆ど曲げない幸の意志を曲げることは出来ないと解かっていたからだ。
「特に決めてなかったな……よし、じゃあ明日にしよう」
「はぁ!?」
獅戯がそれこそ慌てて声を上げる。冴晞もすっかり驚いた様子だ。一方の幸はそんな二人の反応すら楽しんでいるようだった。
「何考えてんだ、アンタはっ!」
「出て行く前にちゃんと言ってるんだから、問題ないだろ」
「大アリだろ」
「…ですね」
獅戯と冴晞が指摘するも、幸には大した影響はないようだ。
「ま、そういうワケだ。精々頑張れよ、若造」
「…ったく。結局俺に選択肢なんてねェじゃねーかよ」
幸は獅戯のいじけたような呟きに、悪戯に笑った。
後日、ボーダーラインに幸の姿はなかった。二人の嘘ではないかという淡い期待はあっさりと裏切られてしまった。でもそれは幸の曲げることの出来ない意志表明。何とも幸らしいと思うしかない。
それから、彼女の姿を見ることはなかった。
 
「こんばんは」
冴晞はボーダーラインを訪れ、カウンターに座った。
「お前、手伝えって言ったろうが」
獅戯は相変わらず不機嫌な表情で冴晞に言う。
「僕が居なくても大丈夫ですよ、店内は相変わらずなんですし」
不機嫌に大して動じた様子もなく冴晞は笑った。店内を見廻しても、がらんとしている。「だからってなぁ」と更に言い募ろうとする獅戯の言葉をかわすように冴晞は話題を変えた。
「そういえば、限さん随分上達しましたね。具現化の速度も上がっているみたいですし。そろそろ、僕もうかうかしてられませんね。その成長は嬉しいんですけど、ちょっと寂しい気もしたりして」
「まるで一人娘を嫁に出す父親みたいな発言だな」
「獅戯の子煩悩ぶりには負けますよ」
あっさりと切り返された。獅戯はやはり冴晞には口では勝てないと感じて、言い返さなかった。
獅戯が幸から無理矢理店を任されてから、かなり経った。それなりに様にはなってきたが、やはり幸には敵わないことを獅戯は自覚している。幸が居た頃に比べ、人の出入りに大した変化は見られなかったが、“此処”の人口が増えた。若者が増えた点からすれば、獅戯たちの存在は数少ない大人だった。
結局その日も大して人は入らず、獅戯は少し早めにボーダーラインを閉めた。ボーダーラインからの帰り。待っていてくれた冴晞と共に獅戯はカオスを排除しながら帰っていた。
「…獅戯、何だか不自然ですね」
ぽつりと冴晞が言った。それは獅戯も感じていた。カオスとは別の気配がずっとついて来ているように感じる。獅戯も冴晞も感じているならば、それが気のせいで済むはずもなく。
「かなり居るな」
「どうします?」
「寝首を掻かれるのは腹立つしな。帰るよりこの辺で解決するか」
獅戯が立ち止まり、それに倣って冴晞も立ち止まる。その様子に別の気配たちが姿を現した。
「お前らにはここで死んでもらう」
相手の顔を覚えているはずもない二人は、相手が何者か気付かなかった。
「愉快犯ですか?仇討ちですか?それとも…馬鹿なだけですか?」
「馬鹿なだけだろ」
獅戯の一言に、場の空気が苛立ちを含む。
「…そんな口を利いたこと、後悔しろっ」
男たちは一気に二人に押し寄せて来た。獅戯と冴晞は即座に武器を具現化。男たちを沈めていく。接近戦の得意な冴晞は獅戯よりも早く自分のノルマの終わりが見えて来た。自分の見える範囲の敵を斬り終えた時、獅戯と冴晞の間に滑り込もうとする男の気配に気付いた。顔に残る傷痕、それに冴晞ははたと気づいた。この男を知っている。この男は、二人の戦い方を一度見ているはずだ。二人の「穴」が引き起こした敗北が頭を過ぎる。冴晞のその一瞬の迷いがその後の悲劇を引き起こす。
「獅戯っ…」
冴晞は全力で男の先に辛うじて回り込んだ。冴晞の背中と獅戯の背中がぶつかったのと、獅戯が最後の男を仕留めたのはほぼ同時だった。
「冴、」
「ふり返らなくても…ちゃんと、居ますよ」
さっきの冴晞の叫びに気付いた獅戯は咄嗟に冴晞の姿を確認しようとする。その時獅戯の喉元に当たる、冷たい感触。言葉だけではなく、刀まで使って冴晞は獅戯の行為を阻もうとする。
「…何してんだよ」
獅戯の声に滲むのは微かな苛立ち。それを冴晞が気づかぬはずもない。だが、冴晞はその手を緩めようとはしなかった。
「ふり返らないでください、怪我しますよ」
「そんなもん脅しになるか、」
まるで効かない様に、獅戯は背中を任せた冴晞の方を向こうとする。
「獅、」
「お前は俺を斬ったりできねぇだろーがっ」
刹那。獅戯の喉元に突き付けられていた刀が解ける。ふり返った獅戯の視界に飛び込んで来たものは、赤い。緩やかに曲がった背中と、微かに震える肩。
「…あ…あぁ…あ…ああ…」
男はその光景を目にした獅戯の圧倒的な力の前に、震えていた。獅戯は冴晞が掴んで放さなかった男の足を打ち抜いた。男はもがきながら地面に倒れ、反動で倒れて来た冴晞を受け止める。
「…はは、狡いですねぇ…貴方は」
冴晞は浅い呼吸を繰り返す。
「そう…貴方を、傷、付けられる…はずがない…」
冴晞の身体に深く刺さった短刀。血は少しずつ面積を拡大していく。
「…本物の、短刀とは…虚を、突かれましたね…」
この短刀を抜くことは出来ない。抜けば、確実に冴晞の死を早めることになる。だがその分、冴晞に与えられる苦痛が緩むこともない。獅戯は何も出来ないことに歯痒さを憶えた。今“此処”に医療に長けた彼女は居ない。
「ひっ…」
獅戯に足を撃たれた男は、そんな獅戯のもどかしさを感じ取ったのか逃げようと動かない足に力を込めた。獅戯はそんな男の反対の足も打ち抜いた。冷たい、何の感情もこもらない瞳で。もっとも、それはこの男には見えないが。
「うがぁあぁぁっ!!」
醜い男の絶叫が響き渡る。だが、助けなど来るはずもない。冴晞は震える手を伸ばして、獅戯の銃を持つ手に触れる。それは断固とした制止。獅戯が冴晞に視線を戻すと、冴晞は歪んだ笑みをした。苦痛に侵蝕された、痛々しい笑み。
「…貴方の、バーテン姿…もう少し、見ていたかった、ですよ…」
気が狂いそうな痛みの中で。遠くなる意識を必死で繋ぎ止めて。
「…獅戯、」
冴晞は制止を掛けた手を伸ばして、獅戯の頭を引き寄せる。そして、
 
愛しています
 
そう、耳元で呟いた。
それは、今まで一度だって口にしなかった言葉。獅戯はその言葉に僅かに目を見開いた。冴晞はその反応に気づいたのか、満足そうに笑った。そして、獅戯の頬に触れていた手が重力に従って落ちる。獅戯の頬には、生温い血の跡。獅戯の好きだった冴晞の髪は、獅戯の肩口に毀れて。身体を支える腕に感じる更なる負荷。その瞬間に、冴晞が“此処”に居なくなったことを悟った。獅戯は冴晞の頬に手を伸ばして、その口唇に触れるだけのキスをした。
「…あぁ、俺もそうだ」
獅戯は冴晞を見、応えるように呟いた。
「やめろっ!た、助け…」
獅戯は再び男に向いて、今度はその両腕を打ち抜いた。
「がぁぁあぁぁっ!!!」
まるで獣の雄叫びのようだった。
「――――苦しめよ」
少しずつ、ゆっくりと壊してやる。冴晞の苦痛より酷く、長く。“いっそ殺してくれ”と言っても、決して獅戯は殺してはやらない。
「悶え苦しみながら、死ねるのを待つんだな」
両足も両腕も打ち抜いた所で、獅戯はその手を止めた。冴晞の重くなった身体を背負って、その場を去る。その途中空を見上げると、皮肉なほど綺麗な星が見えた。
『その過程がどんなに違っても、最期の時に同じことを想えたら…素敵だと思いませんか?』
冴晞がかつて獅戯に言った言葉。
『たとえ、与えられる結果が全く異なるものだとしても』
今の二人の間には、越えられない、変えられない、それこそ全く異なった結果が存在している。
『だから、貴方は前を向いて歩いて行けばいい』
「…お前は、それを望むか?」
応えるはずがないと解かっていながら、獅戯は冴晞に小さく問う。
「俺の背中を守るのは、お前の役目だ。だから…俺は前を向いて、先の見えない闇を見据えてやるさ」
そしてこの後形式上、獅戯は銃を置いた。それはひとつの意思表明。冴晞以外は誰も獅戯のパートナーになど、成り得ないのだから。
 
ここに一つの分岐が訪れ、新たな「始まらない」始まりが始まる。

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携帯ではなく、是非パソコンで見て欲しい…。
  • 水城夕楼
  • 2007/06/26(Tue)00:32:50
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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
41
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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