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Ⅴ.“底”は“BORDER LINE” 1

俺はこの世界が嫌いだ。
 
夜明けが近付くに連れて、数を減らしていくカオス。それをさっさと始末して、手にした鎌を解いた。鎌は途端に形を失い、闇に溶けた。
「あ、そう言えば」
振り返ると、地面に血塗れの男が転がっていた。身体は真っ二つになり、その断面から臓器が覗いている。はっきり言って、気持ちが悪い。ついさっき降り出した雨は、そろそろ本降りになりそうな兆し。ジャケットも湿気を吸い込んで妙に重くなった気がする。地面に流れた男の血は、雨に打たれて徐々に薄く霞んでいく。そのまま薄くなって薄くなって透明にならないかな、とぼんやり思った。俺は興味を失って視線を逸らす。いつまでこうしていても仕方ない。雨宿り場所を探す必要がある。ま、最悪ボーダーラインに入り浸ってもいいのだが。とりあえずボーダーラインへ向かう為、踵を返して歩き出した。

男と、俺。そこには、歴然とした生死の境が存在していた。

「…あら、お兄さん。随分濡れてるじゃない。服にも、泥が跳ねて」
歩いていると、ひとりの女が声を掛けて来た。どうやら、今日の雨宿り場所は何とかなりそうだ。
「泥じゃなくて、血だよ。人、殺して来たから」
女は一瞬手を止めて俺を見上げる。俺は何事もなくにっこりと笑った。
「…やだわ、お兄さん。冗談がお上手ね」
艶っぽく笑う女に、俺は何も応えなかった。
「――――冷たい手。…あたしが温めてあげましょうか?」
女の手が俺の手に触れる。結構ありがちな誘い文句。不自然な上目使い。俺はそれに苦笑したが、一晩の雨宿りだし、誘ったのは俺の方じゃないし、来る者拒まずな俺としては…
「じゃあ、お言葉に甘えて」
女に引かれるように、歩き出した。
 
俺はこの世界が嫌いだ。死ぬ時には、自分の持っている限りの呪いの言葉を吐いてやろうと思う。そして、これから生きていく人間たちに同情しながら死んでいくつもりだ。…未だ、その予定はないけど。
「…もう、行っちゃうの?」
猫撫で声はどうしてこうも俺の神経を不快にするんだろうか。それとも、一晩の雨宿りとかって妥協したのが良くなかったのか。けどそんなの表に出すなんて紳士としても反紳士としてもいただけないよな。
「十分温まりましたから。さよなら…もう二度と逢わないけどね」
俺は女を見ずに後ろ手に鎌を一振り。女は何が起こったのかすら悟る前に絶命したはずだ。好みじゃなくても秒殺だなんて、俺って結構優しいかも?…なんて、そんなつもりは全くなくて、ただ耳障りな声を聞きたくないだけなんだけどね。飛び散った血は全部ドアが受け止めてくれた。死人の血なんて気持ち悪いし。
「あー…匂い、残ってるな」
好まない安っぽい馨に顔を顰めた。
雨はすっかり止んでいた。夕方になるのに、くすんだ空にその変化はあまり見られない。降り始めの夜明けからずっとぼやけた空のまま。それでも湿気を含んだ空気は重く、もう一雨来そうな予感がした。うっかり跳ねたあの男の血が気になる。早く着替えたい。
少し歩みを速める気持ちで自宅への帰路につく。
「嫌な匂いだな」
擦れ違い様に不機嫌な声。俺はその声に、少し笑った。
「悪趣味だろ」
ちらりと表情を見ると、完全なしかめっ面。
「全くだな」
即答して、擦れ違う。俺は紫闇を引き止めることなく、紫闇は俺を意識することなく。
部屋に戻ると、服を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む。しばし帰ってきてなかったから、妙に懐かしい感じがする。だから何だってわけでもないんだけど。括った髪を解いて、眠れないと分かっていながら目を閉じる。まだボーダーライン開店まで時間があるし、幾らかまどろめそうだ。
 
水道管の集中している地下。こぼれた水が常に小雨のように降り続いていた。
意識すると、微かな振動。この冷たい空間は、唯一の居場所。ただ一つ、“此処”で許されたモノ。
「…ガキの遊び場にしちゃあ、危なすぎるだろ此処は」
奴は不揃いな色素の薄い髪を、無造作に後ろで一つに括っていた。その髪が乱れるのを全く意に介さない様子でくしゃりと掻いた。俺は、初めて出遭った「生きたモノ」にただ呆然としていた。
「…アンタ、誰?」
呆然としたのにはちゃんとした理由がある。一つは、初めての「生きたモノ」であったこと。そして
もう一つは…
「俺は、茉咲だ」
この茉咲が俺とそっくりだったこと、だ。これは悪い夢なんじゃないかと思った。もしくは俺の知らない実の兄とか。でも、その二つの可能性を即座に打ち消す。兄じゃないという確信はない。親のことなんて解からないし、解ろうとする気もないから。でも、確かに茉咲はここに立っている。夢なんてことは有り得ない。だが、…もう、どうでもいい。
「お前…“流離”か」
聞きなれない言葉。何か“ナガレ”って嫌な響き。
「神津だ」
その呼び名が不服で、即答する。それに対して、茉咲は面白がるように軽く目を細めただけだった。
「コウツ、ねぇ。…これ、お前殺ったの?」
俺の周りに散るたくさんの肉塊と、ひとりの女の死体。それを見廻した茉咲の視線は、俺に戻ってきて止まる。
「――――女以外は、多分」
「はっ!こりゃいいっ!!」
心底可笑しいように、茉咲が声を上げて笑う。それが何だかやけに癇に障った。そう思うと簡単に鎌が具現化された。
「何が、可笑しいよ」
茉咲に向けて薙いだはずの鎌は、不自然に停止していた。更に腕に力を入れたが、動きもしない。宙で不自然に停止した鎌は茉咲を傷つけることはできなかった。なぜなら、茉咲が指一本立てていたから。その指は鎌の刃先に触れることなく、その動きを奪っていたのだ。
「…まだ弱ェ。正直、弱いのに興味はないんだけど…お前、何か気に入った」
茉咲が言うなり、立てていた指を曲げた。すると鎌はガラスが割れるように壊れた。俺は驚きに茉咲と距離を取る。それは紛れもない自己防衛。だが、茉咲はまるで何もなかったかのように、その距離を縮める。呼吸をするのと同じくらい簡単に。全く意識などせずに。
「強くしてやるよ。お前なら、この都市の一角くらいはすぐものにできんだろ。それくらいのセンスは間違いなくあるぜ?」
「―――――それって、退屈じゃなくなんの?」
「退屈を満たしたいなら、俺が何から何まで教えてやるさ。…不適切なこと、込みでな」
にやりと、茉咲は笑う。なんて悪い男の表情。でも、結構嫌いじゃなかったり。
「…そしたら、すぐにアンタを追い抜いちまうぜ?茉咲」
「はっ、…やってみろよ」
茉咲は鼻で笑い、俺に手も貸さずに踵を返す。微塵も気遣おうとしない、傍若無人な態度。つまりは「ついてくるなら勝手に来やがれ。手を貸すなんて面倒臭ぇことなんかやってられるか」だ。
気に入った。
俺は重い身体を上げる。そして、自分のペースで茉咲を追いかけた。

『rAin VeIN』

この場所に、未練も後悔も何も残ることはなく。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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