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Ⅴ.“底”は“BORDER LINE” 2

「――――ったぁ、最悪…」

いや、今日の目覚めの話。俺はあまり…というか殆ど睡眠を必要としない。何だろうな。多分寝ることがあまり好きじゃないんだと思われる。…良く分からないけど。ただ、ぐっすり眠らない分、まどろむことは多い。特にボーダーラインの開店数時間前は、俺にとってまさに魔の時間。そんなこんなで、珍しく寝過ごした。しかも、最悪の夢見で。特別急ぐ風もなく身支度を整えると、俺はそのままボーダーラインに向かった。
「…師匠、今日は遅かったですね」
カウンターに座る火滋が悪戯に笑う。基本的に俺は迷惑なほど此処に居座っている。だからこそ、こんなことは珍しいわけで。
「開店前に来て迷惑を掛けないようにと思ったんだよ」
「なら、これからもそれを心掛けろ」
火滋に言ったはずの言葉に、獅戯が応える。相変わらず眉間に皺。そんな俺たちを見て、火滋は声を立てて笑った。
「それで、真実はどうなんです?」
火滋が興味深く聞いてくる。それに向かって俺はでこピンをかます。
「あたっ!」
おー、結構良い音。
「この知りたがりめ」
「性分なので、すみません」
全然悪気のない声で火滋は言う。俺は頼んでもいないのに当然の如く出された珈琲を受け取って、ゆっくりと啜る。その激烈な苦さに眉間に皺を寄せ、それを呆れた眼差しで見る火滋。うん、いつも通り。
「…ついついまどろんじゃって、嫌な夢見たんだよ」
「へぇ、夢ですか」
火滋が更に興味を示した。
「夢って言うと、曖昧なくせに核心を突いたり、暗示めいたものだったり…なかなか興味深いものですよね。夢を自分の意志でコントロールすることも可能だって聞いたことがありますし。…夢から醒めた途端に、“夢”が消去されてしまうメカニズム。“夢”そのものの目的。夢に意図される心理的な要因。その全てがどのように絡み合っているのか…謎は尽きませんね」
「夢から醒めた途端に、“夢”が消去されてしまうメカニズム。“夢”そのものの目的、」
「師匠?」
「夢に意図される心理的な要因…ねぇ」
また珈琲を一口。
「嫌な夢を見たってことは、心理的要因が多分にありますね。最近それにまつわる嫌なことがあって思い出したとか?」
「…それは、ないな。だって、もう居ない俺の先生だぜ?」
「え!?師匠にも先生が居たんですか!?」
「…そんな驚くことか?俺だってもとは“外”から来たんだし、初めからこんな殺れたわけじゃなし」
火滋は“そうですよね”と言ってうんうんと頷いた。
「…もう十年前だな、最期に遭ったの」
「どんな人だったんですか?」
「聞きたいか?」
露骨に意地悪い表情で火滋に問う。火滋は一瞬圧されたが一息ついた後に、
「やっぱりいいです。何か師匠がこうだって解ってる以上、それを上回る先生だなんてちょっと怖いんで」
なんつー失礼な正直者だ。口には出さずそう思う。勘の鋭さと賢さは尊敬しても良い。火滋は更なる情報収集の為と、クライアントと接触するらしく席を立っていった。
「…真面目だねェ、火滋は」
「お前が落伍者なだけだろ」
「“此処”に居る連中は、色んな意味でみんな落伍者だと思うんですけど」
そんじゃなかったら、“此処”でなんて生きられないだろうし、こんな所に意志を持って堕ちてきたりはしないだろう。“底”は吹溜りですから。獅戯に対するささやかな抵抗はサクっと黙殺。俺は沈黙の中で、また珈琲を啜った。
俺の「先生」。そんな素敵にカッコイイ言葉で呼んでやるつもりなんて微塵もありませんが。
 
「…殺風景な部屋」
俺の言葉に、茉咲は笑った。
「ごちゃごちゃしてんのは好きじゃねぇからな」
茉咲はベッドに座って、入口に立ったままの俺を見る。まるで品定めするようで不快。
「お前、どうやってアレを具現化してる?」
アレ?
具現化の言葉で理解した俺は、数秒思案して肩を竦めた。
「…適当?」
「あっはははっ!!これまた、傑作だなァ。お前、特定の感情を意識せずに具現化できんのかよっ」
茉咲は一頻り笑うと、少し意地悪い表情になった。
「…まぁ、別にそん時そん時同じ感情で具現化はしてないな」
「じゃあ、それはお前のセンスだな。弱い奴なのに俺が気にするなんて、それくらいの特典がなけりゃ可笑しな話だ。…んじゃあ、ちょっとこっち来い」
茉咲がちょいちょいと手招きする。俺はあからさまに嫌な表情で拒否の態度を取る。
「何にもしねーって」
距離を縮めるも、意識的に僅かな距離は残す。言っちゃえば、何かされそうになった時逃げられる距離。
「身体も頑丈そうだし、もうちょい鎌でかくても振り回せんじゃねぇ?攻撃範囲も広くなるんだし」
「は?」
“いや、だから”茉咲は身振り手振りで俺の具現化した鎌の話をする。俺が茉咲の前で鎌を具現化したのは一度。しかし、それに見向きもしなかったはずの茉咲は、具現化した俺よりも正確に憶えていたらしい。それには正直舌を巻いた。
「お前、結構俊敏な方?」
「さぁ、知らない」
「ふん、しゃーねぇなっ」
突然引かれる腕、咄嗟に身を引こうとしたがそれが間に合わない。視界が一回転すると、俺はベッドの上に倒れていた。茉咲に組み敷かれた状態で。
「…うーん、反応がイマイチだな。大振りな分小回りが利かないと、鎌なんて致命的だかんな」
茉咲は少し複雑な表情で分析する。
「――――男に乗られても別に嬉しくないし。…つーか、アンタ何もしねぇっつったろっ!!」
「照れんなよ」
照れてねぇよ。
「生憎と、俺の嘘は得意技だ。知らないお前が悪い」
「…知、らねーよっ、アンタなんか!」
俺の表情を見て、茉咲は心底可笑しそうにくくくっと喉で笑った。
「これで解ったろ?それに、知らないならこれから教え込めばいいだけだ」
「最悪」
茉咲は俺を押え付ける手に力を込めた。
「…んっ…」
オマケに口まで塞ぎやがった。
「――――お前さぁ、…何で鎌具現化しねぇの…?」
口唇を離した茉咲は、不思議な表情で俺を見下ろす。すっげぇ、屈辱。
「貞操のピンチなのに」
「そっちかよっ!!」
性格上の習性でつい突っ込んでしまった。いや、突っ込むところはそこじゃないのに。
「意志で具現化できんのは知ってんだろ。なら、どうして具現化しねぇの?」
茉咲の言葉に俺は黙るしかなかった。
「…嫌じゃねぇんだ、俺が」
茉咲がにやりと笑う。それは、悪い男の表情。
「――――っざけんなっ!!!」
「おー、」
抵抗した途端に鎌が具現化する。すると茉咲の腕はあっさりと解けた。茉咲は大して驚いた様子もなく、あっさりと一閃を躱した。完全に身体を起こして、鎌を構え直した後。指先から急激に冷えていった気がした。
「…だーから言ったろ、」
鎌が全く動かなかった。冗談なんかじゃなく1㎜も動かなかった。さっきまで自分の直線上にいた茉咲は、やれやれと言わんばかりの表情で横に座っていた。鎌の刃を片足で踏んだ姿勢で。ベッドに放ったコートのポケットから煙草を出して咥える。
「鎌は大振りな分、小回り利かないと致命的だって。今ので俺は、少なくとも3回はお前を殺れてるぜ?」
茉咲は俺を無視して、身体を折ると鎌を指で弾いた。
「しかも感情の度合いか、鎌少しでかくなってんし。んー、まぁこんなもんで丁度いんじゃね?これからは、常時この大きさで出せ」
「アンタ、」
「言ったはずだ、強くしてやるよ」
茉咲はにやりと笑った。
「…本トに、強いんだな」
呟くような声を耳ざとく聞きやがった。
「何、惚れた?」
「冗談だろ」
俺はゆっくりと息を吐いて、鎌を解いた。
「ちなみに、何から何までは俺の退屈凌ぎでオマケだ。この分じゃ、しばらくはお預けって感じだけどな」
茉咲は咥えた煙草に火を付けた。
 

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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