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Ⅵ.ストレイシープ 1

今にも星が零れ落ちてきそうな空。
強がりも弱さもすべて包み込むような、こんな夜が嫌いになったのはいつからだろう?
よく、憶えていない。
 
「はぁっ、はぁっ…」
逃げるモノと追う者。
そこに存在する互いには、違いなどないはずだ。
でも、存在する決定的な相異。
「…鬼ごっこは、そろそろ終わりにしないか?」
向けられる人懐っこい笑みに返されるのは、少年の内の“怒り”と“恐怖”と。
「…どうしてっ、…どうして殺されなきゃいけないんだっ!」
向かう先の知らない、“疑問”。
「…だって、俺は何も悪いことなんてしてないのにっ」
少年は退路を断った男を睨み付けて叫んだ。
その夜の闇は、男が曇らせた表情をすっかり覆い隠していた。
「――――そうだな、悪いことはしてないよ。お前たちが出来ることなんて、“此処”じゃあ日常茶飯事だ。けど、左腕…よく見てみろ」
薄暗い箱の中の唯一の光源は月の光り。
その月光に曝された腕を見た少年は、その表情を真っ青にした。
音もない、気配を消した侵喰者。
「…俺にとっては、それだけで十分なんだよ」
男がカチャリと上げた眼鏡は、光りに反射した。
「…嫌だ、来るなっ。…嫌だぁぁあぁぁぁっ!!」
男は後ろ手に鎌を具現化させ、その腕を振った。
それは一瞬。
その軌道さえ、少年には見えなかったに違いない。
そして自分がどうなったのか、感知する前に少年は事切れた。
風化した部分と、目の前に散った肉塊。
男はそれに何の反応もせず、手の鎌を解いてそのまま立ち去った。
 
タイミング悪く見つけた“流離(ナガレ)”。
ほんの数分前に仕留めた小僧を思い出す。
感傷的になったわけでもない。そんなもの、俺の中にはないから。
殺しを楽しいとは思わないし、好んでしたいとも思わないが…まだ人間だったのを殺したのはもう何度目だ?
それより、もうひとりの女の子を追いかけた限の方はどうなっただろう。
途中まで一緒に逃げていたが、最後に行き先が別れたから俺の居るこの場所に女の子は居ない。限とは終わった後待ち合わせをしているわけじゃないから、遭遇できるかどうか。…あ、遭遇できた。
「そっちも終わったんだな」
階段から下りてくる限を見上げると、一瞬視線が合った。
「…えぇ」
ポケットに両手を突っ込んで、限が追いつくのを待つ。その時、気づいたこと。
「あれ、ここ…血が染みになってる。…珍しいな、限ちゃんが返り血なんて」
しゃがんでコートの裾を掴む。あー、染み抜き持ってくりゃ良かった。
「―――神津、揚羽は…どんな人だった?」
手を離して立ち上がる。
一体どんな意図をもって発された言葉なのかさっぱり見当がつかない…というわけでもないが。限に任せたあの女の子が何らかの感傷を呼び起こしたのか。それとも、似た何かを見つけたのだろうか。
「それは、限ちゃんの方が知ってるでしょうが。…何でも出来る王子様だよ、あいつは」
「…じゃあ、何で」
キエテシマッタノ?
歩き出す俺の背中にぶつかった小さな呟き。
不覚にも耳に届いてしまったそれを無視した。
「限、ボーダーラインに行って暖かいもんでも飲もうぜ」
限が追いつくと、俺たちは歩き出す。まるで何事もなかったかの様に。
 
「あ、師匠(センセイ)と限さん…」
火滋の声に片手を上げて応じると、その横に座った。一方の限は定位置のカウンター一番端に座った。
「珈琲、濃ゆーくて、苦ーいやつ」
獅戯にそう告げて、カウンターに頬杖をついた。
「一緒だったのか、珍しいな」
「何?なんか勘ぐってたりすんの?」
「アホ」
僅かに身を乗り出していうと、獅戯は目を細めて俺を一瞥した。
俺は横に開かれたパソコンの画面に視線を注いでいたが、火滋はちらりと限の方を見ていたようだ。
「でも、本ト珍しいですね。限さん、ひとりのこと多いですし」
小さく囁くような火滋の声に、パソコンの画面から視線を外す。じっと見てたけど、よく解からない。
「偶然だよ。偶然、たまたまカオスに侵喰された“流離”の兄妹らしき子どもたちと鉢合わせしちゃってねぇ。更にそれを追っている最中に限ちゃんとバッタリ」
「最近多いな、“流離”が」
ようやくお待ちかねの珈琲が目の前に置かれた。見た目、病的なほど濃くあからさまに身体に悪そうな真っ黒。
「頻発しているカオスと、何か関係がありそうですね。しかし、道端に肉塊がゴロゴロしていて、かなり迷惑なんですけど」
「そういや、何だか今日は変な天気の兆候だな…」
困り顔の火滋を見、窓の方を眺めながら珈琲を啜る。強烈な苦さと、苦さ。というか、苦いしかない。俺は露骨に眉間に皺を寄せた。
「…そんな犯罪的に苦い珈琲、よく飲めますね」
火滋の呆れた一言に応えようとするより一足早く、獅戯が口を挟んだ。
「俺は飲めないもんなんて出さねぇよ」
火滋が獅戯を見、俺を見、妙に納得したような表情になった。
「――――納得です」
「…なーんか起こりそうな予感だよな」
「やっ、やめて下さいよ師匠っ!そんなこと言って、殆ど的中するんですからっ」
火滋のすごく嫌そうな表情。
「そんなこと言われたって、そんな気がすんだからしょうがな…」
「あ―――、あ―――っ!」
火滋は耳を塞いで大きな声を上げる。こいつ、完全に無視の方向できやがった。一切何も聞いてないってわけか…。
「そうはいかないからな、火滋ィ…」
珈琲を置いて、火滋の耳を塞ぐ両手を引き剥がす。
「僕は何も聞いてませんからねっ」
必死で抗う火滋の手を完全に剥がした。俺の勝ち。
「現実から目をそら…」
「ちょ、待っ…」
俺の声を遮る声。人の間をすり抜けて現れたのは紫闇だった。とりあえず、あの声は紫闇じゃないわな。じゃあ、誰だ?紫闇はその声を完全に無視だ。
「あ、紫闇さん、こんにちは」
「あぁ。…厄介なもん連れて来た。後頼んだ」
「…はい?」
紫闇はそう言って、限の方に歩き去る。それを横目に、じっと声の方向を見ていた。誰なのか。紫闇が何を連れて来たんだかさっぱり見当がつかない。
「あぁっ、ごめんなさいっ!すみませんっ…え、あ、おっとっとっと…」
俺はカウンターの椅子から下りた。
「ぅわぁっ!!」
見えたのは高校生くらいの女の子。俺は倒れかけるその身体を受け止めた。タイミングもばっちり予想通り。
「…っと、大丈夫?」
「…うぅ…はい。ありがとうござい…ましたっ!!」
俺から身体を突き放す。抱きしめられた格好に気づいたのか、耳まで赤くなるそんな反応がちょっと可愛い。
「アラ、残念」
そのまま俺はその女の子を引いてカウンターに座る。
「そんなことっ…」
途端に聞こえたのは限の感情的な声。滅多に聞かないその声に、俺たちは視線を向ける。
「ちっ…」
強引に紫闇は限の口唇を塞いでいた。
「きゃっ…」
「やるんなら、余所でやれ」
女の子の恥ずかしげな声に、獅戯の低く冷たい声。紫闇の首元につきつけられた果物ナイフと、睨み合う紫闇と獅戯。それを目にした火滋は大袈裟に溜め息を吐いたが、俺の内には可笑しさが込み上げてきた。笑うのもどうかと思ったが、抑え切れなくて肩を震わす。少なくとも火滋は俺が爆笑してることに気づいているはずだ。そうこうしてる間に、紫闇が引いてボーダーラインを出て行った。
「…まるで娘を取り合うパパと彼氏だな…」
俺への一瞥も忘れずに。
「…あの様子じゃあ、帰りがけに軽く何十人か殺って行きそうですね」
「やるだろ、間違いなく」
「あでっ」
獅戯からさり気無く拳骨がとんできた。地味に痛い。
「…あの、殺るって…人を、ですか?だったら止めた方が…」
俺は痛みの残る頭を擦る。
「いやいや、それはしないよ…多分。あいつが八つ当たりに殺るのはカオスだろ」
「…カオス?」
女の子の反応に応じたのは火滋だった。
「人であり、人ならざるもの。土気色で腐ったような肉塊です。此処に来るまでに遭遇しませんでしたか?」
「そういえば…私が目を瞑っている間に、確かあの人が斬っていたような気が…」
女の子は嫌なことでも思い出したのか、気分悪そうな表情になる。それを逸らすように、俺はにっこりと笑った。
「そうそう、ずっと言おうと思ってたんだけど…名前、そろそろ教えてもらえない?」
「すっ、すみませんっ。そうですよね、私、氷響(ヒビキ)です」
落ち込んだり、慌てたり、くるくると表情の変わる子だ。ま、それがなかなか可愛いんだけど。
「俺は神津(コウツ)。こっちが火滋(カジ)で、あの美人さんが限(キリ)ちゃん。さっきのが紫闇(シアン)。で、この人が…」
「獅戯(シキ)だ」
女の子―――氷響は、それぞれに小さく頭を下げる。
「じゃあ、本題に入ろうか。君がどうして“此処”に居るのかを、ね」
俺は氷響に向かってウインクした。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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