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Ⅵ.ストレイシープ 3

カーテンの隙間から覗く細い光り。その光りに照らされるようにこぼれた長い黒髪。甘い空気はいつもとさして変わらない。ぼんやりと綺麗な黒髪を弄んでいると、彼女がその光りに手を伸ばした。
とても、綺麗だった。
「…綺麗」
俺に背を向ける彼女は小さく呟く。俺が何も言わずそれを眺めていると、それに気づいているのかいないのか、彼女はぽつりと話し始めた。
「…探している人が居るの。私の…大切な人」
「…へぇ。でも、その探し人は男じゃないんでしょう?そうなら、貴女がこんなに安っぽく自分を貶めるはずがない」
俺の言葉には直接応えず、彼女は曖昧な笑みを浮かべた。
「――――偶然、“此処”に迷い込んでしまったの」
「じゃあ、貴女はそれを知って追って来たと…?」
彼女は頷いて身体を起こした。
「…貴女は知らないわけじゃないでしょう?“此処”がどんな場所か。それでも、“此処”にやって来るほど大切な人?」
「えぇ。私に出来ること総てで守りたいから」
俺は彼女の背中から腕を廻して引き寄せると、肩に口付ける。
「―――――そんな大切だなんて、少し妬けちゃうな」
「…あら、そんな感情の経験があるようには見えないけれど?」
“寄ってくる女の人なんて、数え切れないほど居るでしょうに”そう付け加えて彼女は笑った。俺はその言葉に苦笑する。
「…これは手厳しい一言だ」
彼女は俺の腕から逃れ、椅子に掛けた服に腕を通した。俺もベッドから出、服に手を伸ばす。
「でも、俺じゃあ力になれそうにない。一応、情報屋にも話しておきましょうか?」
「…いえ、いいの」
彼女は僅かに戸惑っているように見えた。
「散々探し回った挙げ句、探し人は見つからないかもしれませんよ?」
そんなに気にかかったわけではなかったが、俺は彼女に問う。これも、逸らかされてしまうのだろうか。だが、彼女は笑って俺を見た。
「…それでも、いいのかもしれない」
ただ、その笑みはどこか自嘲した節があって。俺はらしくもなく手を止めた。言うなれば、ただ純粋に感じる疑問。
「…どうして?」

「そうね…多分、ずっと片想いで居たいから」

彼女は一足先に身支度を済ませると、かけてあったコートを持って来た。俺も、急いで(気持ちだけはね)身支度を整えた。そして、彼女の差し出すコートに腕を通した。普段はあんまり人に背中向けたりはしないのだが。
「こんな素敵な送り出しまでついてくるとは思いませんでしたよ」
「あら、これは送る側の当然の義務でしょう?」
彼女はとぼけたようにそう言った。そこに自嘲したあの表情は見られなかった。
「――――ねぇ、死神さん。貴方は私を殺していかないの?」
「殺すことは簡単ですよ。でも、貴女には生きることのほうが余程辛いでしょうから。死神は万能ではないし、優しくもありませんよ」
俺の言葉に彼女は苦笑する。
「でも…その代わりに、」
俺は彼女の口唇を塞いだ。そして、彼女の顔を見ずに部屋を出た。勿論、彼女を殺すこともなく。
 
外に出ると、やはり寒かった。やけに寒いことを意識するのは、体温が離れた所為か。そんなこと考えたことなかったが。片手をポケットから出して眺める。この手が触れた艶やかな黒髪と、体温と、隙間から覗いた細い光り。
「…えぇ、綺麗でしたよ」
独り言にしてはやけに弁解染みたのを拭えない感じ。そんな自分に呆れながら、歩みを速める。あの病的な珈琲が飲みたい。
しばし歩いてボーダーラインに辿り着く。ドアを開けて中に入った時、聞こえる明るい声。俺は目の前の光景に目を丸くした。
「獅戯さん、これはこっちの棚でいいですか?」
「あぁ、」
歩き回る氷響と目が合った。
「あ、神津さん、こんにちは」
こんにちは、であってるのか?疑問はさて置き、俺はにっこり笑う氷響に笑みを返した。こういうコミュニケーションは大事。
「…何やってんの?あれ」
俺はカウンターに座るなり、小声で獅戯に問う。
「手伝いだろ、どう見たって」
「そういうことじゃなくって…よく許したねぇ、パパ?」
ボーダーラインに来る連中と関わらせるのも危ない、みたく警戒していた獅戯にしては異例だ。俺は頬杖をついて、獅戯を茶化すように見る。それを冷たく一瞥される。
「何か手伝いがしたいんだと。上を借りてるお礼だそうだ。まだ、外には出られねぇからな」
「ははぁ…そういうことか。だから目の届く所でバイト、ですか」
俺の目の前に乱暴に置かれる珈琲。
「あちっ」
しかもちょっと跳ねた。でも心配するのはあくまで、乱暴に置かれたカップやカウンターの方なんだろうな。獅戯が俺に(むしろ俺だけに)冷ややかなのは周知の事実。
「そういうお前も慣れない馨をつけてるな」
「ん―――?」
俺は火滋曰く犯罪的に苦い珈琲を啜って、眉間に皺を寄せる。苦。
「あぁ、まぁね。“此処”じゃ有り得ないくらいの美人に誘われたんじゃ、断るなんて失礼なことできないでしょ。ま、個人的にはそんなに嫌いじゃないんですけどね…コレ。もっと悪趣味などぎついのつけてる女も居るわけだし」
「…“流離”か、」
「間違いなく」
俺はまた珈琲を啜って、働き者の氷響を見た。

「――――初めてだよ、殺さなかった女なんて」

呟いて珈琲を置く。そして、ぼんやりと飲みかけの珈琲を眺めた。すると、獅戯が手を止めた。近付いてくる足音。その足音の主は俺の後ろを通って、一つ椅子を空けた先。そこに、座った。
「おや、これはこれは紫闇くんじゃないですか。珍しいな、こんな時間に」
紫闇はいつも以上の不機嫌な表情。
「貴様は随分ご機嫌だな」
「そういうお前さんは相変わらず不機嫌だな。…まぁ、俺はいい夜を過ごしたんで」
「その不適切な口は開けない方が良心的だな。だがそれでも開けたい時はいつでも俺に言え。口という存在ごと跡形もなく切り裂いてやる」
紫闇の言葉、どこまで本気か。いや、いつも本気だなこいつは。
「そりゃどーも、ご丁寧に。…で、そんなことわざわざ言いに来たワケじゃないんだろ?」
紫闇はちらりとフロアに視線を向ける。そこに何があるのかは考える必要もない。
「あいつに何か教えてやったのか?」
「俺は何も。“此処”のノウハウなら火滋が教えてると思うけど」
「…それでいいのか?」
俺は小さく肩を竦めた。紫闇が危惧するもの。氷響を助けたら助けたで、面倒は全面的に火滋に押し付けておきながら気にする。個人的に、紫闇のそういう割り切れない生温さは気に入ってる。
「もうちょいさ、時間かけてもいいと思うんだよね。先は長いんだし」
我ながら、やけに暈した言い方だとは思う。だが、紫闇はそれ以上何も言わなかった。
「にしても、若いって良いよねぇ…」
俺がフロアに視線を向けるとそれに気づいて氷響が顔を上げる。一瞬キョトンとした表情は、すぐに満面の笑みに変わる。俺もそれにつられて思わず笑ってしまう。
「順応性が高いって言うの?あの子みたいの」
「空元気くらいするだろ」
後ろで呆れたように即答する紫闇。まさか紫闇の口からそんな言葉が出るとは思わず、俺は驚いて紫闇を見た。
「…何だよ」
本人は自分のしでかしたことを理解してない様子。黙っていた方が面白いに決まってる。
「別に、」
「お前は、中身が実年齢より老けすぎなんだよ。糞オヤジが」
紫闇は立ち上がって歩き出す。
「あれ、もう行っちゃうの?」
「お前と居ても楽しくないからな」
そう不機嫌な表情で言うなり、紫闇は去っていった。
「あっ、紫闇さんっ!えと、ちょっと出てきます」
それを慌てて氷響が追って出ていった。
「…いいの?」
「紫闇が居るんなら心配ねぇだろ」
ごもっとも。仮にも“此処”で最強の五本指に入る紫闇だ。カオスなど言うまでもなく、人間相手だろうが先ず負けない。紫闇に道を譲る者はあっても、それを正面から妨げようとするやつは相当世間知らずかただの馬鹿くらいだ。どっちにしろそんな奴にお目にかかる機会があったら、その勇気を称えてやろうと思っている。
「…しっかし、相変わらず可愛い奴だねぇ…あいつは。氷響ちゃんにもすっかり懐かれちゃって」
「あんまり威勢良くさせとくなよ」
「…何?アレは俺の管轄なワケですか」
口を挟んで来た獅戯に俺は困った様に笑う。
「否定なら早めにしておけ。老けてるのは趣味で、中身は誰よりもガキだってな」
その見事なまでの淡々とした物言い。
「紫闇どうこうより心に深く刺さることを、次々言わないでくれません?バーテンさん。流石に俺だって傷つきますって」
「そうか」
うわっ、容赦なく流しやがった。俺はいじけるようにすっかり冷めた珈琲を飲み干した。

「――――あのさ、俺とんでもないもん抱えてるんだけど…しょってくれません?」

共犯者にならないかの誘いに、獅戯はただ怪訝そうな表情を俺に向けた。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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