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BORDER LINE 番外小話

耳を澄ませば、ほら、聞こえてくる…
 
「ふー、ねぇ、聴こえる?」
 
少女は紙コップを口に当てて、底につながれた糸の伸びる先を見た。
 
「ウン、聴こえるよ、はー」
 
もう一方の少女も同様に紙コップを口に当てて、底につながれた糸の伸びる先を見た。
 
「…『死神』が、居るね」
 
「ウン、『死神』さんだね」
 
二人は目を合わせて笑った。
二人の間は約30cm。
 
「行こうか」
 
「ウン、行こう」
 
少女はその場に紙コップを捨てて、歩き出す。
 
「覚えてるかな?」
 
「憶えてるよ」
 
スキップで先を行く少女に、ゆっくりと後を追う少女が答えた。
 
「ねぇ、ふー…糸電話ってつまらないね」
 
「ウン、つまらないね、はー」
 
少女たちは、ある場所に向かっていた。「それ」の聞こえた、『死神』の元に。
 
「待っててね、『死神』。ちゃーんと、ハルとフユが会いに行ってあげるから」
 
『死神』は言った。
 
『面倒まで見きれねーから、もうちょっと大人になったら、会いにでも来い。待ってるつもりは更々ないけど。』
 



その言葉を、当の本人が忘れているなど、このご時世よくある話だ。

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Ⅶ.閉鎖的日常 2

「――――こんばんは」
数日後彼女は此処に現れた。彼女がカウンターに来るのをしっかりと見る。
「…隣り、いいかしら?」
彼女の言葉を俺が断れるはずがないというのに。
「どうぞ」
笑顔で迎えると、彼女の笑みが返って来た。少しは調子が戻っているらしい。
「紅茶を」
そうそう、変化といえば紅茶の缶が増えたこと。しかも一気に缶が二つも。酒くらいしか置いてなかったこの店に更にメニューが増えて行く。彼女がもたらした変化だ。
「…どしたの?」
獅戯の手際が珍しく悪い。いつもなら、聞いてから取りかかったってそんなに時間はかからないのだが。
「もしかして、」
どうしたらいいか、解ってない…?いや、そんな難しいことじゃないと思うんだけど。
「…それにひと匙とお湯を入れて、それから布をかぶせて軽く蒸らせば、程好く紅茶が出ますから」
戸惑った獅戯に、にっこりと彼女が言った。獅戯は手順さえ分かれば、と言わんばかりに手際よくこなす。こういうとこは、やっぱバーテンなんだなと思ったり。いや、ちょっと違うんだけど。
「…悪いな、」
「いいえ。でも、本当に紅茶入れてくれたんですね。セイロンとアールグレイ二つも」
「約束したからな」
獅戯の大して意識した風でもない物言い。それに一瞬キョトンとした表情を浮かべた彼女だったが、ゆっくりとその表情が解けて穏やかな笑みに変わった。何だか、それがあの子に似てて、一瞬目を見張る。
「神津くん?」
「…俺が入れますよ」
ティーポットを取って、カップに注ぐと彼女の前に出した。角砂糖は一つらしい。両手でカップを取って、彼女は紅茶を飲んだ。そしてすぐに、幸せそうな表情。
「…あ、」
思わず反応を覗ってたのに気付いたのか、彼女は苦笑した。
「…そうだ、これを。多分、貴女が持っていた方がいいと思って」
それを見た途端、彼女の表情が変わった。俺が彼女に差し出したのは、あの子…氷響の携帯だった。彼女はそれに少し躊躇ったように手を伸ばしてから受け取った。
「…持っていて、くれたの」
「気まぐれですけど」
本当は、違う。早く、こんなもの手放したかった。勝手に捨てるのはちょっと気が引けたし、だからといって持っていても邪魔なだけだし。その時、火滋が外から戻って来た。
「ただいま戻りました。…あ、来客中ですか?」
「いや、」
そう答えたのは獅戯だ。火滋はカウンターに座ろうとして、彼女の持っているものに気付いた。
「それ、氷響さんの」
その声に、彼女が火滋の方を見た。
「…貴方が、火滋くんかな?ありがとう、あの子に色々教えてあげてくれて」
彼女がどんな表情で火滋にそう言ったのか、俺には見えない。火滋は、氷響の大切な人という括りで認識していた彼女の存在に驚いている。
「…貴女が、氷響さんの…大切な人」
「…え?」
火滋の呟きに似た言葉に、彼女も面食らった様子。
「…あぁっ、すみません。初めまして、火滋です。氷響さんから、貴女のお話は聞かせてもらっていました。とても…大切な人だと」
「…そう、なの」
彼女の声が一瞬震えたように感じた。…いや、きっと気のせいだ。
「…私は、杏子。一応、あの子の保護者ね。全くの他人同士なんだけれど」
彼女は火滋から視線を外して、手に握った氷響の携帯をじっと眺めた。
「…不思議なものね。血なんか繋がってなくても、家族にはなれるんだから」
「――――そうですか、」
心なしか、そう応えた火滋の表情が嬉しそうに見えた気がした。
「そういや、何か収穫はあったのか?」
火滋に話を振ると、少し得意げな様子で火滋が頷いた。
「勿論ですよ。足を伸ばした以上は、何も収穫ナシじゃあ帰れませんからね。こればっかりは譲れません。とはいっても、BoxやrAin VeIN、FreE Glassだって未開な部分はありますからね。まだまだ好奇心は満たされませんよ」
「…相変わらずだよなぁ、お前」
火滋の熱が篭った言葉に俺は苦笑し、その横で彼女が楽しそうに笑った。
「あ、もし良かったら師匠も行きませんか?今度はBoxに当たってみようと思ってるんです。新たな発見であれば、どんなに些細なことでも構いませんし」
「…そうだなぁ、」
「それに、師匠が居れば身の保障ができますからね」
悪戯に笑う火滋を軽く睨んでやる。お前、師匠を何だと思ってるんだよ。
「…仕方ない。可愛い可愛い火滋くんがそういうなら、一緒に行ってやるよ」
「はいっ!」
しかし、こうも素直に喜ばれてしまうと満更でもない気がしてくる。いつも賢く大人びた感じのある火滋だけど、こういうところはやっぱり歳相応なんだなとか思ったり。それから火滋の成果についてしばし話が続いた。彼女は聞き上手らしく、火滋もいつもより饒舌だった。
「…じゃあ、そろそろお暇しますね」
「送りますよ」
彼女が席を立った後、俺も腰を上げた。今は深夜…というより日付が変わってまだ数時間と言ったところだ。ここで彼女を一人で帰すのは少々心配だ。
「でも、」
「素直に従っておけ。神津の腕は保障できる」
獅戯が手を動かしながらそう一言言うと、彼女も反対はしなかった。
「じゃあ、行きましょうか」
俺が手を出すとそれには応えず、彼女は笑って歩き出した。出した手を気まずくなって、さりげなくポケットに突っ込んで、俺も歩き出した。

外に出ると、彼女はストールを合わせなおした。風が予想より冷たい。
「どうぞ。俺は大丈夫ですから」
彼女にマフラーを渡す。ストールがあるわけだから、何とも不思議な様相なんだけど、彼女は無理に辞退せず受け取ってくれた。
「…これ、怪我?」
首にちらりと見えた古傷に触れて彼女は言った。周りにはそんなこと聞いてくる人間は居ないから気にしてなかったけど。
「…古傷ですよ。実は結構腕とか怪我多いんです。武器を上手く扱えるまでは、痛い思いしましたし。見てて嫌な感じがするんで暑い時でもなるべく隠すんですけど」
「…そう」
彼女が引いた手を掴む。
「心配してくれました?」
「そうね」
にっこりと笑って問うも、彼女は特別動じた様子もなく頷いた。うーん、やはりなかなか手強いお人だ。
「…じゃあ、早めに送りましょう。こんな寒空の下にいつまでも居させるわけにはいきませんから」
俺が掴んだ手を放しそう言うと、彼女はそれに笑って応えた。
歩きながら空を見上げると、月は見えなかった。

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Ⅶ.閉鎖的日常 1

俺はその足でボーダーラインに戻った。
獅戯は凡そ予想通り、火滋は不安げな表情で俺を迎えた。
「…師匠、」
それに応えず、カウンターに持って来たコーヒーの瓶を置いた。
「…氷響さんは、どうしたんですか?」
火滋の声は、不安を隠そうともしない。本音。でも多分、本当は解っているのだ。火滋はそこまで馬鹿でも愚かでもない。その結果を認めるのが嫌だと言うのなら、それは個人の傲慢だ。感情の押し売りだ。でも、それが今は少し、ほんの少しだけその気持ちが解かる気がする。

「―――――『放棄』、したんじゃないかな」

なんて曖昧な返答だろう。あの場所になかった者。ぽっかりと穴が空いたように。あの結果を見れば、『放棄』したのは歴然。
「…師匠は、それを許したんですか?」
火滋は、責めたりはしなかった。その言葉に滲んでいたのは、ただ結果に受けたショックだけだ。
「それは、神津の決めることじゃない」
間に入ったのは、獅戯だった。
「それを決めるのは、氷響自身だけだ」
火滋は獅戯を見て、また椅子に座った。俺はポケットに手を突っ込んで、その中にあるものを思い出した。そして、それを火滋の前に出した。
「これ、」
氷響の携帯だった。
「残ってたのは、これだけ」
見上げてくる火滋に俺は小さく肩を竦めて、その隣りの椅子に座った。
「――――師匠、僕は氷響さんに何かしてあげられましたか?」
「…さぁな」
嘘すら吐けない、いや吐かなかった自分を嫌悪した。
「“此処”は、いつもに戻っただけだ。氷響が自分の在るべき場所に戻ったなら、それは自然なことだろ」
すると、火滋は複雑な表情をしつつも、微かに笑う。
「それなら、氷響さんは望む場所に戻れたってことですよね、きっと」
俺も、獅戯も、答えなかった。応えることが出来なかった。『放棄』した先は、誰にも解からない。
雨の粒が、地面に屋根に、地上にあるもの総てに降り注ぐ。
静かな世界に、小さな雨音が響く。
本当は、こうなることは予想できた。ただ、それは無限になど無い可能性のひとつで。薄々勘付いていたこと。あの純真な少女が“此処”で生き抜くことはできない。残酷なほど、優しすぎるから。それでも、僅かに胸がざわめいて。微かに胸が痛んで。ほんの少し切ない。

「―――――雨、だからだな」

小さく呟いて、理由を付ける。そんな程度のことでそれなりに割り切れてしまう自分を嫌悪しつつ、窓の外をぼんやりと眺めた。その前を過る影。ゆっくりと、ドアが開いた。予感があったわけじゃないが、椅子から腰を浮かす。入って来たのは。
「…杏子さん、」
雨にすっかり濡れた彼女だった。
「こんな雨の中、何で…」
俺はその傍らに駈け寄った。俯いていた彼女はその声に顔を上げ、苦笑する。だがそれは何とも苦しそうな、苦笑にすらなっていない痛々しい表情だった。
「…自分でも、よく、解からないのだけど」
らしくもなくこの状況を持て余していた。只でさえ、彼女の存在は異例なのに。そんな俺を遮って入って来たのは、他でもない獅戯だった。獅戯には動じた様子一つなく、そのすべてがいつもの延長だ。
「風邪引くだろ」
水を吸い込んで重くなったショールを、半ば強引に引き渡す形で彼女から預かると、その代わりに大きなタオルを杏子の肩に掛けた。
「そのソファにでも座ってろ」
「でも…ソファが濡れてしまうし、」
「ソファは座る為にあるもんだろ」
決して優しく労わるような物言いはしない獅戯。ショールを手にその場を去って行く。俺は彼女を促してソファに座らせた。彼女は素直に座ったが、それからぼんやりと窓の外を眺めていた。
「師匠、僕は上に居ますから。必要な時は呼んで下さい」
火滋は何となく場の空気を察して上に消え、俺は滅多に使われないCLOSEの看板を見えるように出しておいた。獅戯には事後承諾でいい。
「杏子さん、」
「…解かっているから、大丈夫」
あの時の堂々とした様は微塵も感じられない。状況を知っていながら、それでもそれが勿体無いと思ってしまう。さっきよりはいくらかマシになった苦笑に、俺はそれ以上何も言わなかった。触れた彼女の手は酷く冷たくて、あの時の体温が嘘のようだった。彼女が泣くことはなく、ただ現実を受け止めて心にぽっかりと穴を作ってしまったような感じ。おそらく、そうなんだろうが。
「…ほら、」
彼女の目の前に、獅戯がココアを差し出す。酒を出すわけにもいかないし、かといって俺の珈琲は論外。その結果無難なのはこれなんだろう。彼女はお礼を言って、それを受け取った。両手で抱え、また窓の外を眺めている。
「今日は此処に居ろ。時間的にカオスが徘徊して厄介だからな」
彼女は応えなかった。
「それと、お前はどうする」
「…俺?そりゃ放って帰れないでしょ」
俺の言葉に、獅戯はただ頷いただけだった。それから俺はカウンターに戻り、彼女の視線を追う様に窓の外を眺めていた。雨は、まだ当分止みそうになかった。誰も口を開かない奇妙な空間。いつもなら人でそれなりに騒がしいが、どうやら看板の効果はまずまずらしい。二階で火滋の動き回る音が微かに聞こえる。今まではそんなことにも気づかなかった。ぼんやりしていると、俺の前に珈琲が置かれる。
「…ありがと」
俺は有難く、その珈琲を頂く。カップに触れた時、俺の手もそこそこ冷えていたことに気づいた。何が原因なんだか。
「今日は、冷え込むな」
ぽつりと、獅戯が呟く。
「…人が居ないからでしょ、きっと」
「…そうだな」
俺の相槌に獅戯は頷いただけだった。それからまた珈琲を飲んで、気まぐれに席を立った。二階へ続く階段に腰を下ろし、そして思案する。
何がそうまで彼女を悩ませるのか。
いや。その原因は当然分かっている。それでも解からないと言うことは、俺の方に問題があるのか?確かに他の人よりは太い神経をしているから、今この時には彼女に対する慰めの念は殆どない。そもそも、俺にそんな念があったこと自体驚きな話だが。だって、終わってしまったことは仕方ない。取り戻すことなど不可能。そうじゃなくても、氷響は近い内違った形で消えていたのだろう。ならば、その時が今であっただけのこと。ただ、それだけなのに。それとも、居心地が良いのだろうか。自分を責めて、それで許されたような気になることが。それこそ自分勝手っていうんじゃなかろうか。

「…煩わしいなぁ、そういうの」

膝に頬杖をつく。またぼんやりすると、彼女の声が微かに聞こえた。
「…彼は遅くないと言ってくれたけど、やはり手後れだったんです。素直に伝えるということ。伝わるか伝わらないかなんて、言ってみなければ解からないのに。…駄目ですね。そういうことが、だんだん苦手になっていく。それとも、ただ、臆病なだけかしら」
彼女を饒舌にしたのは。
「…自分を守ろうとすることに必死で。誰かを守る余裕もないのに、守ろうなんてするんじゃなかったのかもしれない」
「――――氷響が、そう言ったのか?」
彼女の言葉に一息置いて、続く獅戯の声。
「…え?」
「氷響が、そうアンタを責めたのか?」
それはやっぱり特別優しいと思えない声。
「…いいえ」
「それなら、勝手に自分を責めるのはおかしな話だ。少なくとも俺には、氷響が“此処”で生きていけるとは思えなかった。今回のことがなかったら、また別な形でアンタと別れることになってただろうな。…どんなに大切であろうと、死ぬ時はひとりだ」
壁に頭を預ける。獅戯の言っていることはもっともだ。ただ、俺にはあんな言い方は出来ません。どう頑張ったって。
「…そうですね」
小さく、彼女が応えた。
「アンタも、そう思ったんじゃないか?…だから、逢えなかった」
「…そんなに優しかったら素敵ですね」
それ以上、獅戯は深追いしなかった。
「…いつでも、来たい時には此処に来い。アンタの好きなものを作ってやる。ココアはあまり好きじゃないんだろ?飲まないで戻されるのは屈辱的だからな」
「紅茶…好きなんです」
「…じゃあ、今度は紅茶を入れてやる」
「…えぇ、」
俺はその間に微妙な入り辛さを感じたが、重い腰をあげた。
「…随分、仲がよろしいようで」
その発言に、獅戯は冷たい視線を彼女は苦笑を浮かべた。彼女に差す、暗い闇。それが完全に払拭されたわけではなさそうだが…でも、早くあの時の堂々とした彼女を拝みたいものだ。

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Ⅵ.ストレイシープ 5

「あーあ…酷いよね、あのバーテンさん」
俺はポケットに両手を突っ込んだ。
「みんなには優しいのに、俺には…俺だけには優しくないっ」
そんな俺とは対照的に、少し困ったように笑う氷響。
「でも、それだけ神津さんを構ってるってことじゃないですか?」
「そうだったら良いんだけどねェ…」
本当に。氷響は俺を一度見てから、また前を向いた。
「…多分、そうですよ。獅戯さん、神津さんと話してる時が一番気を使ってないみたいですから。火滋くんや限には見守っているような感じだし、紫闇さんにも傷つかない程度に配慮して相手してる気がするし。私が一番気を使わせちゃってます」
「…解かるの?そういうの、」
俺は、氷響の短時間での観察力に驚く。もっとも、自分に対してどうであるかはどうしても一番気がつきにくいんだけど。
「え?」
返されるのは不思議な表情。まったく、この子は。
「―――流石ですよ、本ト」
「神津さん?」
「…いや、アリガトね。慰めてくれて。お陰でちょっと元気でた」
「どういたしまして」
氷響は満面の笑みを俺に返した。

獅戯の地図を頼りに歩いて行く。その際何度かカオスに遭遇したが、そんな大事ではなかった。氷響もカオスに慣れて来たのか、そんなに動じなくなったのは大きな進歩だ。もしそれが俺が居るから、なんていう理由だったら言うことナシなんだけど。ついた先には、ひとりの男が粗末な椅子に座って本を読んでいた。
「あの…珈琲を取りに来たんですけど…」
話しかけ辛いこの状況でしっかり聞ける氷響に軽く感心した。男は顎で場所を指すと、再び本に視線を落とした。氷響はその場所から珈琲を取ると、軽く男に会釈をして出ていった。なんて、礼儀正しいんだろう。また、ちょっと感心。
「…何だか、不思議な人でしたね、あの人」
「怖くなかった?“此処”の人間はあーゆーのの方が多いんだよ。俺たちは例外」
「…大丈夫ですよ、神津さん一緒でしたし」
ひとりじゃ怖くとも、ひとりじゃなければ大丈夫というやつか。俺は来た道を戻る時、ふと気づいた。
「俺が持つよ、ソレ」
俺が手を差し出すも、氷響は断固として荷物を渡そうとはしない。
「そんなに重くもないですし、神津さんには守ってもらっちゃってますしね」
「そういう事じゃなくて、こう…俺的に女の子には荷物を持たせられないって言うか、ねっ!」
俺は具現化させた鎌で寄って来たカオスを一掃する。だが次から次へと這って来やがる。
「夜が更けて来たからだな…数が増してきやがった」
俺は常に回りに意識を配りつつ、呟く。
「じゃあ、早く戻りましょう!」
「うん、賛成」
俺たちは同意のもと、一斉に走り出した。その行動に虚を突かれた様子もなく、カオスは進路変更を済ませて追ってくる。脳みそがない(かどうか解からないし、知りたいとは思わないけどその)分、しつこい。俺は氷響を引き寄せて耳元で囁く。
「そのままの速さ、維持できる?」
氷響は僅かに緊張した様子で、正直それは可愛い反応なんだけど。そんなことを言っていられる状況じゃないので慎む。氷響は小さく頷いた。
「じゃあ、振り返らずに走って。俺も、すぐに追うから」
「はいっ」
「よし、良い子」
氷響の頭を軽く二三度叩く。そして完全に足を止め、カオスに対峙した。

「――――残念だったな、一緒に居たのが俺だなんて、さ」

俺は鎌を持ち直し、集中を高める。周りの音が小さくなって遮断される。音が聞こえる聞こえないは俺にとって重要じゃない。それでなくとも、カオスの異質な気配があれば楽に対応できる。そもそも、こんな量じゃなきゃわざわざ集中しなおす必要もないくらいだ。俺の力の気配に圧されたのか、一瞬カオスの動きが止まる。そんな隙を見逃すほど遊ぶ気はない。俺は面倒だと思いつつも、カオスの群れに向かって走り出す。不快感が伴なうが、これが一番手っ取り早い。迷いなど一切ない手つきでカオスを全滅させる。
それは、それこそ十数分程度の話。
「…これで、終わりか」
鎌についた血を振って払う。あらかた血が取れたところで、ようやく鎌を解いた。
「…ん?」
俺の鼻先に冷たい雫。顔を上げて空を見上げると、待っていたとばかりに雨が降って来た。この分じゃ、益々酷くなるに違いない。心の中でだけ焦って、ゆっくりとボーダーラインへの道を歩く。しばらく歩いて行くと、またカオスに鉢合わせする。大した数でもなかったし、俺は片手一振りで消す。そして、足を止めた。

「―――――鬱陶しい雨だな、」

地面に散らばった珈琲の瓶。ひとつ割れたものもあったが大半は無事だったようだ。その足で、一つ一つ拾い上げる。その先で、携帯が鳴った。地面の上で光るそれを拾い上げ、電話をとった。
「“…私ね、貴方のことが大切なの。誰よりも、何よりも守りたかった。…言うのが遅すぎたわね、氷響”」
彼女の声は、微かに震えていた。知りながら、俺はそれに目を瞑る。
やっと、名前が分かった。
「――遅くなんか、ないですよ。あの子は、自分の在るべき処へ戻っただけですから…」
彼女の言葉を待たずに、続ける。
「杏子さん…やっと、貴女の名前を知ることが出来た」
そう告げて、携帯を下ろして降り続く雨模様の空を仰いだ。
“此処”で雨が降るのは、誰かが『放棄』した後だ。

“ボーダーライン”に雨が降る。

冷たく、けれど優しい雨が降る。

それは、“放棄”した者の涙か。それとも“放棄”された者の涙か。

それは、解からない。誰にも、解かるはずはないのだ。

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Ⅵ.ストレイシープ 4

俺は彼女との会話を獅戯に話した。その時、俺が抱いたもの。彼女の探し人は氷響だ。漠然と思っていたものは、歩いて此処につく時には確信に変わっていた。彼女がそれを予想した上で、あんな仄めかし方をしたのかどうか定かではない。でも、彼女は自分から氷響に知らせることを拒否している。そして、氷響に伝えるか否かを俺に委ねた。俺が氷響と接触を図っていることくらい彼女なら恐らく予想できる。“此処”で他でもない俺を選んだのだから。
「――――言うべきだと思う?」
獅戯は空のカップに気づいて、それを取り上げた。
「気づいてるんだろ?此処に居ること」
「俺が介入してることも知ってるくらいだ。それなりに知識があるとすれば、此処が出るのは必至でしょ」
獅戯は二杯目の珈琲を入れながら応える。
「探しに“此処”へ来たのに、逢いに来ないってわけか」
「彼女は頭が良いから、多分全部理解してる。勿論、自分の中のこの矛盾も」
獅戯は俺の前に珈琲を置いた。

「…だろうな、だから逢いに来ないんだろ」

「え?」
俺は思わず聞き流しそうになった獅戯の言葉に、その表情を見る。
「大切だと口にするのは簡単だが、それを示すのは難しい。だから言い訳をする。“大切”だから、ここまで追って来たんだと、な。でもそれはあくまでも自分への言い訳だ。自分を矛盾から救う為であって、相手の為でもない。そんな相手のことなんて少しも考えてない自分を、相手がどう判断するかも知れないのに、逢いになんか来れねぇだろ」
「――――耳が、痛いねぇ…」
俺は珈琲のカップを両手で掴んで苦笑した。そして、また一口。
「…――――火滋くーんっ!!」
話が一段落した後、外から聞こえる叫び声。それは紛れもなく氷響のもの。ドアの方に視線を向けると、すぐに氷響が入って来た。
「お帰り、氷響ちゃん。外で盛大な叫び声がしたけど?」
「あっ…」
俺の言葉に、氷響は恥ずかしそうに俯いた。
「あ、あれは…カオスが出てきちゃったんで、どうしようかと思ってて。そうしたら火滋くんが…」
「えぇ、僕が偶然気づいて」
火滋がいつものノートパソコンを持って下りて来た。謀ったとしか思えないような、見事なタイミングだ。
「氷響さん、怪我はないですか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「どういたしまして」
どうやら、俺の知らない間に仲良くなっているらしき火滋と氷響。ほんのちょっとだけ疎外感を感じたような気がする…なんてことは内緒だ。
「ったく、紫闇の奴…送ってやればいいものを」
「あ、いえ、違うんですっ。私が大丈夫ですって言って、遠慮しただけですから」
慌てて氷響は言う。なーんか怪しい。
「あれ?あいつのこと庇っちゃって…何か、あったの?」
「…えぇっ!?」
あからさまに素っ頓狂な声を上げる氷響に、俺は確信する。氷響の方もどう応えようか思案してるような感じだ。だがそんな俺たちの間を、何事もなく火滋がわざとらしく通った。
「獅戯さん、お腹空いちゃいました」
「待ってろ」
「はい」
何事もない獅戯と火滋。
「本っト、イイ性格になって来たよな…お前」
昔は素直でいい子だったはずなのに。
「ヤだなぁ、師匠の賜物ですよ」
さも当然のように火滋は言ってのける。しかも誰一人否定しないし。
「―――俺の所為かよ」
「氷響、お前も今の内にお腹に入れとけ」
カウンターに座った二人に出される一足早い夕飯。
「アレ、俺のは?」
「珈琲あるだろ」
相変わらずの冷たい反応。そもそもその原因を作ったのは確かに俺自身ですが。何度か獅戯の飯を食ったことがある。決して不味くもないし、ほどほど旨いとも思う。だが、俺の特技が料理なだけに色々気づくこともある。まさか味の調整といいつつ、それどころか獅戯の作ったものの味をまるで百八十度変えてしまうことになろうとは。そんなことになった経緯を俺が知りたい。勿論、それに怒りを覚えるのは当然のことで。それ以来俺は獅戯に飯を作ってもらったことはない。頼んでも駄目。望み薄だ。
「そうそう、“流離”とアウトラインについてですけど…」
火滋が膝の上にパソコンを開いて、キーボードを叩く音。
「この二つの関係性は大いにあるとして、アウトラインの無差別な出現率はおよそ7割。その都度、二人の“流離”が出ると仮定して考えると…ここ最近のカオスの急増率と大きな差が見られないことが解ったんです。当然の如く、堕ちてくる人数はまちまちですから…」
火滋の横で興味本意にパソコンを覗き込む氷響。
「その誤差を考慮に入れると…カオスの急増率は、バッチリ予測変動範囲内ですね」
「…すっごいねー。全部数値で解っちゃうんだ」
「まぁ、そうゆうことですね。こういうのだけは、昔から得意なんです」
氷響の反応に、火滋は照れ臭そうに頷く。
「カジは“ボーダーライン”一の頭脳と情報量を誇るからな」
「えへへ…」
「ってことは、アウトラインの出現率が下がれば、カオスの量は減るってことか」
「えぇ、僕の読みが正しければ。」
俺たちの会話の途中で氷響が小さく手を上げる。
「はい、氷響ちゃん」
「えと、アウトラインは“外”と“此処”を繋ぐ抜け道ですよね?」
どうやら、火滋からちゃんと学習しているようだ。俺は、それに頷く。
「ってことは、“外”からの“流離”はカオスになっちゃうってことですか?」
「必ずってことはないさ。ただ、なりやすいってだけ。その証拠に、氷響ちゃんはカオスになってないだろ?」
氷響は真剣に頷く。その仕種がちょっと可愛い。
「――――だからと言って、俺たちは万能じゃねぇ。アウトラインがそのキッカケだとしても、俺たちに何とかする手段はあるか?」
口を挟んで来たのは獅戯。
「そうですね…アウトラインは、“此処”の特殊な磁場故に出来ているものですし」
火滋ももっともらしく頷く。確かに、一体どういう仕組でどのような規則に基づいて出きているのかが解らない以上、俺たちにどうこう出来るものではない。もっとも、こんなことを口にしようもんなら、火滋の次の調査テーマになり兼ねないので俺は口を噤む。
「“流離”がみんな氷響ちゃんみたいに良い子だったら、助けちゃうんだけどねェ…」
「師匠、そういうとこ抜かりないですね」
呆れる火滋の言葉は黙殺。
「じゃあ、その良い子な氷響に頼みたいんだが」
「はい、何ですか?」
「珈琲を取りに行ってきて貰えないか。こいつしか飲まないんだが、ないと煩い」
後頭部に刺さる、冷たい視線。きっと、獅戯は眉間に皺を寄せているに違いない。
「はい、解りました」
「それで、だ。氷響ひとりじゃ色々と危ないし、お前が飲むもんだからな。責任持って行ってこい、神津」
ほら、来た。
「はいよ。お姫様をお守りするため、喜んで同行いたしましょう」
俺は予想通りの展開に、椅子からおりて恭しく頭を垂れる。
「氷響、腕と案内役としてならそこそこ有能だが、手が早いから気を付けろよ」
その一言を背に、俺たちはボーダーラインを出た。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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