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Ⅰ.「始まりのない」始まり 3

獅戯が去った後、冴晞は珈琲を飲んで座っていた。獅戯が店を後にする時、冴晞も共に席を立ったのだが…
『あ、冴晞はちょっと待て』
幸に止められたら抵抗は無意味だ。それに従って獅戯も残ろうとしたところ…
『あぁ、お前はいい。さっさと帰れ』
そう容赦なく追い払われた。獅戯は眉間に皺を寄せ、冴晞は割って入るように“先に帰ってて下さい”と獅戯を宥めて帰らせた。
それから二人になった店内で特に何を話すでもなく、沈黙が続いている。さほど時間は経っていないのだろうが、やたらと長く感じる。結局、先に耐えられなくなったのは冴晞の方だった。
「…あの、何だか居残りさせられた生徒の気分なんですけど」
苦笑するのは冴晞の癖だ。それを幸は知っている。
「―――外で殺り合ってた時に、何があったんだ?」
幸は鋭く、すぐに気付く。珈琲を受け取ったあの時に、冴晞は勘付かれたと思っていた。だから、此処に自分だけ残したのだということも。
「…別に、何も。ただ、…嫌なことを言われて」
『サングラスとは、カッコイイねぇ』
「少し、腹が立っただけですよ」
冴晞はあの時、息が詰まったのを感じた。それを獅戯にも、そこに居た誰にも悟らせないように何かを言うことで打ち消そうとした。それは結局獅戯に制されてしまったのだが。冴晞がそういうことを上手くやるのも、幸は知っている。あの時その場に幸が居れば、間違いなく幸だけは欺けなかっただろう。その解答に、幸は呆れたように頭を掻いた。
「だーから、お前は…余計なことを考え過ぎなんだよ。考えなくていいことを抱え過ぎだ」
幸は目の前に座る冴晞に向かってそう言った。冴晞はそれに苦笑して、手元の珈琲を飲む。珈琲は、少し温くなっていた。
「…まだ、獅戯の傷に対する負い目あるな。腹が立ったってのは、それ絡みじゃないか?」
少し間を置いて話し出した幸の言葉はそれだった。冴晞は手を止める。
そんな昔ではない。獅戯と冴晞がカオスではなく人を相手にしていた時だ。ほんのちょっとした冴晞の動きの隙を埋めようと獅戯が動いた。そして冴晞もまた、獅戯の隙を補うように動いた。それは組むようになってからいつも互いに意識せず行なっていたこと。でも結果的にその所為で獅戯は左目を負傷し、永遠に左目は光りを失った。だから、獅戯はサングラスを掛けている。冴晞がこの傷で病むことがない様にと、獅戯なりの気遣い。それを冴晞は知っている。だが傷跡は消えることなく獅戯の左目に残り、冴晞の心にも残り続けて。
「あのなぁ、人は自分の面倒見るので精一杯なんだ。それなのに、自分じゃない誰かの面倒を見ることなんて出来やしない」
幸はコーヒーメイカーから自分の分の珈琲を入れる。
「前にも言ったな?アレを自分の所為だなんて自惚れるなって。アレは獅戯自身の過失だ。だから、お前が気に病むことなんて何も無い」
「…えぇ、そうかもしれません。でも、」
冴晞の言葉を遮った幸の表情は少し呆れたような穏やかな表情だった。
「お前が頑なに自分の所為だって思うのと同じだけ、いやそれ以上にアタシはお前の所為じゃないって言い続けるよ。…難しいことなんか考えたってどうせ解かりやしない。そういうことは何でも出来るような奴に任せておけばいいんだ。だから、お前もあいつみたいに前向いてな。もっとも…見えるのは、あいつの背中くらいだろうけどね」
「…いえ、十分過ぎますよ。僕にとって彼の背中は」
少し誇らしげに笑う冴晞を見て、幸は呆れて目を伏せた。
「そうやって、あいつを甘やかすのはお前の悪い癖だな」
そう、手厳しい一言を忘れずに。

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Ⅰ.「始まりのない」始まり 2

「オレたちの誘いを断ったのは、お前らくらいだ」
外に出ると、待っていたとばかりに大人数が居た。ざっと見渡して30弱。
「…とりあえず、此処を離れませんか?この店気に入ってるんですよ。傷なんてつけたりしたら、僕らが怒られちゃいますし」
「オレたちには関係ねぇんだよ」
別な男が嫌らしい笑みを浮かべて言う。それに冴晞は溜め息一つ。
「学習していると期待した僕が馬鹿でした」
「何だぁ?もう一人はダンマリかよ。サングラスとは、カッコイイねぇ」
冴晞が何か言おうとするのを獅戯は制した。
「人の趣味に文句つける前に、てめぇの顔の趣味の悪さを改めろ。それと、強いか弱いかを確かめる方法ならもっと手っ取り早いモンがあんだろ」
男が何か言い返したが、口から出たのは空気の抜ける音と赤い血潮だった。獅戯は銃を抜いたのを相手に気付かせることなく、その喉を撃ち抜いた。そして、それに驚いた隙だらけの最前列一角を冴晞の刀が容赦なく薙いだ。
「…さて、次に逝きたいのは誰です?」
その言葉を聞いて、獅戯が小さく笑う。
「舌好調だな」
「貴方こそ、相変わらずの早撃ちで」
応えるように冴晞も笑った。獅戯は少し悔しそうに言う。
「次はお前にも気付かれないようにやるさ」
獅戯は冴晞が早撃ちに気付いたのを知っていた。徐々に速さを上げているつもりだが、未だ冴晞に気付かれなかったことはない。一方の冴晞は、撃つ時に獅戯の空気が痛いほど鋭くなることを言わない。獅戯としては無意識なのだろう。だがそれを傍で感じる冴晞は、必ず獅戯の早撃ちに気付くのだ。
「…精鋭は居ないみたいですね」
「解かるのか?」
「どれも似たような顔にしか見えませんから」
忍び笑いをしつつ、小さく肩を竦める冴晞。獅戯は“そうかもしれない”と妙に納得した表情をしている。
「こいつらが終わった後に御出ましなんだろうよ」
「僕らの体力を消耗させようと言う腹なのかもしれませんね」
互いに背中を合わせて、距離を縮めて来た連中を消していく。獅戯は伸ばされる武器を躱し、急所を狙って確実に仕留めていく。冴晞は相手の武器を受けては躱し、相手を斬っていく。しかし互いが互いの背中を補うようにそこに隙はない。一人一人でも強いこの二人が意識することなく組んでいるのは最大の強み。
「…ついに、出て来ませんでしたね。差し当たり、僕らを試す為の布石だったとか」
冴晞が軽く血を払って刀を解く。獅戯もそれに伴って銃を解いた。それは相手の数にしてみれば短い十数分の争い(というより掃除)だった。
「どっちにしろ、こっちから手は出さねぇし、手を出されたらやることは同じだ」
「…ですね、」
すると獅戯は冴晞に背をむける。そしてかけていたサングラスを外した。
「獅戯?」
「血が跳んだ」
不機嫌な声で言うと、冴晞から見えないように服の裾で拭いた。冴晞にとってはその気遣いが嬉しいが、僅かに心も痛んだ。それで一瞬、瞳の光りが揺らいで。それを誤魔化すように顔を逸らす。
「冴晞、」
「…はい?」
「これがあった方が、俺らしいだろ」
冴晞の方を見そう言うと、そのままボーダーラインに入って行く。
「…そうですね、」
冴晞は呟いて苦笑すると、既に見えなくなった獅戯の背中を追うようにボーダーラインに入った。中に入ると既に獅戯はカウンターに座っていた。その横に座ると、すぐに珈琲が出て来た。冴晞が幸を見ると、幸は何でもお見通しだとばかりに微かに笑った。
「…そういや、店の前は汚してないだろうな?」
「そんなヘマやらかすかよ」
“何されるか分かったもんじゃねぇ”幸には聞こえないよう獅戯は冴晞に呟き、ココアを飲んだ。冴晞はそれに頷いた。その後時間差で二人揃って幸の痛い制裁を食らうことになったのだが。
 

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Ⅰ.「始まりのない」始まり 1 

平和だった人間の世界に異形の存在が現れたのは、溯ること数十年前。少数だった異形は時間の経過と共にその数を増し、人間の世界を侵し始めた。それに危機を感じた政府は、異形たちを混沌を抱いたもの「カオス」とし、それに対抗する術を模索し始めた。だが一般に使われる武器ではまったく歯が立たない上に、事に対する対応の遅さが裏目に出、「カオス」の数は手に負えないほどになっていた。「カオス」が何を目的とし、何処からやって来るのか定かでない為に政府の対応は常に後手に回る。政府に対する反感が強くなり始めたことが、対「カオス」計画の実行を余儀無いものとした。政府はその計画の総指揮に一人の男を抜擢。その男は、責任と非難を一身に受けその計画を実行。政府の思惑通りに、「カオス」の動きを封じたのである。一つの都市を丸まる犠牲にしたその計画は、「カオス」と人間との境界示す…『ボーダーライン計画』。よって、その隔離された都市を人々はこう言う。
 
“底”は“ボーダーライン”、と。


――――――9 years ago,Here is“BORDER LINE”.
 
「…一体、アタシに何の用だ?」
幸はウンザリしたような様子で応えた。
「“…元気か…?”」
受話器越しに聞こえる耳慣れた声が、また少し老けたと幸は思った。
「心配なら、顔でも見に来ればいいだろ?門前で追い返すけどね」
「“――――私は、ソコには行けない”」
気まずそうな返答に、幸は皮肉な笑みを浮かべた。
「…だろうねェ。“此処”にアタシを閉じ込めたアンタが、“底”に来れるわけがないんだ。」
それが、結果全て。
受話器越しの兄が、妹にした仕打ちだ。
各々の感情を抜けば、の話ではあるが。
「生憎、まだアタシは生きてる。こんな中に居るのに、狂うことさえなくね。でもすぐだ。アタシはこの世界の『退屈』に絶望して、『死の自由』を手に入れる」
「“…幸、”」
「どんな形でもいい。アンタの心に傷になってでも残るなら…それはそれで『倖せ』と言えるのかもしれないね。――――皮肉だけど」
そう言い、幸は先に電話を切った。
酷く、『退屈』していた。
 
先刻の電話で聞いた声をぼんやりと思い起こしながら幸はカウンターに座っていた。幸のやっているボーダーラインは開店してはいるがいつも通り店内はガランとしている。閉鎖以来すっかり人の入りが途絶えてしまった故だが、幸にとってそんなことは大した問題でもなかった。
「…よぅ」
「こんばんは」
それでも此処の常連と化している人も居る。それが、獅戯と冴晞だ。二人は閉鎖前からも良く顔を出していて、幸にしてみれば手の掛かるガキだ。幸は席を立ち、カウンターの中に入った。
「ちょっと早かったですか?」
「いいや、そうでもない」
煙草を咥えて幸はそう応える。二人が入って来た時、カウンターでゆったりしていたのを見て、冴晞は早く来てしまったのかと心配したのだ。幸は手際よく珈琲とココアを入れた。珈琲はともかく、ココアは珈琲が飲めない甘党の獅戯専用だ。
「…煩いな、」
まだ夜には一足早いというのに、外からは既に破壊音と獣の様な雄叫びが響く。
「…最近、此処らも騒がしくなってきましたね」
冴晞が窓の方を見て言う。こういった騒ぎはあったが、範囲が拡大しているのは最近だ。
「いつもの馬鹿連中の騒ぎだろうよ」
幸は呆れたように溜め息を吐いた。
「最近じゃあ一部が強そうな連中に声を掛けて、勢力拡大を図っているみたいですよ?」
“へぇ、”と感心した声を幸は上げる。そこで沈黙していた獅戯が口を開いた。
「お前は声掛けられたか?」
獅戯の言葉に、冴晞は苦笑して頷く。
「貴方は?」
対する獅戯も“俺もだ”と頷いた。
「それで此処に居るってことは、断ったのか」
「当然だろ」
「当然です」
二人は幸の言葉にほぼ同時に答えた。
「あんなくだらねェことするために、力があるわけじゃねぇだろ」
獅戯は手元のココアを飲んだ。
「けどあいつらを敵に回すのは少し厄介じゃないか?まぁ、数だけって点じゃカオスと大して変わらないし、お前らならそんな苦戦する相手だとは思わないが」
「そうですね、何より話にならないところとかは」
幸は冴晞の言葉に“辛口だね、お前は”と言って笑った。
「アタシとしては今のこの無秩序はなかなか嫌いじゃない。退屈はしないからね。だが…無意味な怪我人は増えてるな、馬鹿連中が調子づいてる所為で」
幸は困惑した表情になった。
「面倒は面倒だが、随分身体も鈍ってきてるし…軽く再起不能にしてこようか」
「アンタなら、心配するまでもなくやれるだろうな」
武器を持たずに“此処”で生きている幸の実力を獅戯も冴晞も知っている。獅戯は軽く笑って、椅子から立ち上がる。そしてドアの方に銃を向け、相手が見えた瞬間に撃った。
「だが、今は店のマスターなんだろ。アンタはマスターをやってればいい」
冴晞も遅れて立ち上がる。
「掃除くらいなら、僕らでもできますよ」
幸に向かってにっこりと笑うと冴晞はドアの方に歩いて行く獅戯を追った。
「あ、戻って来た時には珈琲とココアよろしくお願いします」
一度振り返りそう付け加えると、そそくさと店を出ていった。ドアが完全に閉まったのを見届けると、幸は棚に寄り掛かって思わず笑った。
「…ったく、あいつらは。血気盛んなのは、アタシ譲りかねェ」

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BORDER LINE プロローグ

 
――――――19 years ago.
 
「駄目です、突破されました」
悲鳴に近い女性の声。
忙しなく動き回る中で、一人立ち尽くした男がその表情に渋さを滲ませる。
「…残っている拠点(ポイント)は、」
「七つです」
大きなモニターと、そこに映し出された逃げ惑う人々。
猶予はない。
「その中でもっとも小さな拠点は、」
「拠点D、です」
その言葉に男は、脳裏に浮かんだ姿を即座に消した。
周りにはそんなことを悟らせぬまま。
オペレートを任された女性は、ひたすら次の指示を待つ。
「――――拠点Dに、カオスをすべて引き付けろ」
重い言葉だった。
「でも、あの規模では持ちません」
「そうしたらすぐに、…拠点Dを隔離しろ」
女性の手が止まる。
その指示の意味。
「…見殺しにしろと、おっしゃるんですか?」
呆然と問うような言葉に、男は沈黙を守る。
「すぐに拠点Dの人間たちを避難させます」
「時間がない」
「しかしっ…」
男は冷静を保ったまま、言い放つ。
女性は、まるで睨まれているような威圧感を感じていた。
無論、その表情は見て取れないが。
「この件の指揮は私が取っている。―――もう一度だけ言う。拠点Dにカオスを引き付けた後、すぐに拠点Dを隔離だ」
そこに居た誰もが、その指示に逆らうことができなかった。
それは、許されていなかったのだ。
 
それは、本当に突然だった。
「カオス」という名称に相応しい、人であり人でないもの。
すべての混沌を抱いたそれは、人々の心と居場所を侵していった。
対抗する術もなく、苦し紛れに取られた策。
それが、“ボーダーライン”の生まれた理由。
拠点Dとしてカオスの脅威に晒された挙げ句、
「尊い犠牲」という冠を与えられ隔離された場所。
 

『政府公認第一級厳戒都市』…通称『BORDER LINE
 
 
鉛色の空。
息苦しい雨の幕。
それはそれはお誂え向きな場所。
 
「…ついに、切り捨てたか…あいつは」
 
不思議な磁場の働くこの場所で、
空を見上げ立っていた女は口許を歪ませて呟いた。
 

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手首。

『…駄目だよ、それ以上殺ったら』


神津の一番好きじゃない、どちらかと言えば確実に苦手の部類に入る男。腕を見るたびに、神津はその男のコトを思い出す。
両腕に残るのは、もう10年以上前の躾の証。傍若無人な茉咲は、基本的に傷つくようなことをやらせる。武器の扱いは教えてもらったというより、殺されかけ命懸けで身体が覚えたと言った方が正しい。だから、両腕には数えきれないくらい傷を作ったし、一番酷いものは鎖骨辺りまで跡が残っている。だが、たった一ヶ所だけ傷がまったくない場所がある。
神津は天井に手を伸ばしてぼんやりと手を眺める。見えるのは手の甲。それをくるりと返すと、無傷な、左手首。
本来なら、ここだってザックリと深い傷が入っていたに違いない。それで死んだら、自分は運のない奴だと思ったし、しぶとく生き残ったらただ死ななかったのかと思うだけ。
かといって、今更傷つけたいとは思わないが。
でも。
たまに、そうやって紛らわす方のが余程楽かもしれないと思うことがある。
自分に対する嗜虐心が芽生えたわけではない。他人に対する嗜虐心(特定の人に対するもの)があるのは否定しないが。
だってあまりにも異様で。
さも意味があるように思えて。
何の意味もないのに。
そうして苦い過去を思い出す。

「…駄目だよ、それ以上殺ったら」

男は神津の左手首を強く掴む。普段の非力が嘘のように、それを外すことは叶わない。

「なんっ…」

本能で動いた腕は、男に鎌を向けて。男はそれを避けることもできた。それだけの実力があることを神津は知っていたつもりだ。
寸前で回避させた神津だったが、長い得物の切っ先は神津の腕を掴んでいた男の手の甲を切り裂いた。手の甲から伝った血が神津の捕まれた手に伝って、気持ち悪い感触が疾る。その感触を振り払いたくて動かした腕。その時の神津は、殺すとか殺さないとかそんなことはどうでもよかった。ただ一心にその感触を振り払ってしまいたかった。
神津の鎌が他のモノまで傷つけようとしているのを察して、男は辛そうな表情で日本刀を具現化し鎌の動きを封じた。

「…もう、十分だろう」

男はそう言うと、神津の手を離した。神津はその手の血を自分の服に押しつけるようにして何度も拭った。
精神的に侵食された感覚。
いや、むしろ汚染されたと言うべきか。
神津は早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと、鎌を下ろした。すると男も日本刀をおろし、すぐにそれを問いた。

「…そんなことで怯えるくせに、よくカオスを殺せるものだね」

皮肉そうに男は言う。

「アレは人間じゃないからな」

男の言っていることが解らない。神津は吐き捨てるようにそう言った。

「果たして、本当にそうだと言える…?」

男は冷静な紫苑の瞳で神津を捉える。
信じて疑わなかった。
それは口にする必要も、考える必要もまったくないこと。カオスを殺さなければ、此処で平穏な日々を送れるはずがない。だがこの男の言葉は、瞳は、それすらも揺るがすような強い力があって。

「…あぁ、そうだ」

ようやく発した言葉は、相当頼りないものだった。それに神津も気付いている。揺らいでしまうのは、きっと今の自分が冷静ではないから。落ち着いていないからだ。

「――――…そう、」

でも本当は違うと理解っている。
胸が詰まりそうな程恐怖したのは、男の能力だった。日本刀が具現化された途端に、息苦しくなった。それは力に呑まれた証拠。今まで直接ぶつかることのなかった、絶対的な支配の中。

「…じゃあ、殺せるかい?僕を」

男は真っすぐな瞳を向けてくる。

「僕は…人じゃない」

土気色に侵喰された腕。
それは他でもない、カオスだという証明。
結局、神津は男を殺すことができなかった。

それからしばらくして、男は消えた。
死んだのではない。
『放棄』したのだ。

神津は腕を下ろして、ゆっくりと目を閉じた。
今でも、あの人は苦手だ。
やっぱり、殺すことはできないだろうから。
そう思い至って、神津は身体を起こす。携帯と鍵をポケットに。財布の入ったコートを引っ掛けて、今日も夜闇に足を踏み入れた。

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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