忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

Ⅲ.「神話」の崩壊 1

『神話』は正義じゃない。正義は人の内なるもの。だから、それは『神話』などとは到底言えない現実。でもそれは力無き者が希む革命…ひとつの大きな分岐点であった。
『欲や感情任せの暴力による支配』からの解放。
それが“此処”での弱い人間たちの希みだった。
 
「や、やめてくれ…」
ゴツイ腕時計に、どぎつい柄のネクタイ。高級そうなスーツと、眩しく光る幾多もの指輪。自分では手を下さず、金にものを言わせて人を顎で使う。すべての暴力を高みから面白そうに見下ろしていた男。その男は今、二人の男に追い詰められていた。尻餅をつき、見苦しく絨毯の上を後ずさる。
「わ、ワタシにも息子や…孫だって居る…」
獅戯は男へ銃口を向けている。冴晞は刀を具現化させているが、獅戯から一歩引いてことの成り行きを見守っている。
「だから…やめてくれ…」
獅戯は男を随分冷めた目で見下ろしながら、引き金に掛ける指に力を込めた。だがその時、何かが男を庇い銃口の延長線上に入った。
「獅戯っ」
先に気づいたのは冴晞だった。冴晞の行動は早く、咄嗟に刀で弾丸を弾く。冴晞の腕に鈍い痺れが疾った。獅戯が銃口を上げると、そこには幼い…十歳前後の少女が居た。男は泡を吹いて倒れ、少女は何も言わず強い瞳で獅戯を精一杯睨んでいた。それを見下ろしながら、獅戯は再び男に銃口を向けた。
「…冴晞。此処でガキを殺してやるのと、生かしてやるのと、どっちが倖せだ?」
慌てた素振りも無い、静かな声だった。
「それは…」
冴晞にとってもすぐに答えかねる問いだ。
「殺せば終わるが、生かせば後に俺たちを危険に曝すかもしれない。だが、ガキは何もしちゃいない。生きる道も、死ぬ結末も抱えてる」
「えぇ、そうですね」
冴晞はゆっくりと目を閉じた。
「――――貴方がどちらを選択しても僕はそれを肯定しますよ。だからそれは、この子の最善です」
そして、獅戯は銃の引き金を引いた。
 
男の元を後にした帰途の間、獅戯も冴晞もお互いに口を開こうとはしなかった。ただ、むくむくとキリがなく現れるカオスの這う音だけが、酷く耳に障った。
「…パパ、ママ…どこ…?」
カオスとは違う足音。微かに聞こえた声の先に目を凝らすと、そこには裸足の少女が居た。途端、二人に苦い感情が疾った。その少女はまるでつい先刻見た少女と同じくらいで。少女はぺたぺたと裸足で歩いて、二人に気付いたのか足を止めた。その後方にカオスが出現する。少女はそれに気付いてい
ない。二人の足は、動いていた。先に獅戯が銃を具現化し、少女に伸びているカオスの触手を撃つ。その後すぐに触手を撃たれたカオスを冴晞が一閃し、その間に獅戯が少女を保護する。
「…パパ、ママ…」
獅戯に抱き寄せられたまま、少女はまるでうわ言のように呟いた。
「…どうして、カオスを引き寄せて…」
怯んだ様子もなく次々に伸ばされるカオスの触手を斬り、カオスを退けていく冴晞。獅戯も距離を詰められないように応戦する。
「冴晞、このガキカオスに侵喰されてねぇ。どこも、少しもな」
「…成る程。それならカオスを引き寄せたのも納得ですね」
カオスは侵喰されたモノを同類と見なす。たとえ、まだ人間であっても。だからこそ同類ではないモノ惹かれる。そしてそれは彼らにとっても重要な餌。
「獅戯、どうします?」
冴晞は更に獅戯たちの前に出て、カオスを肉塊に変えていく。冴晞が問うのは、先刻問いたのととても似ている。
「パパもママも…土気色になって、どこかへ行っちゃった。だから、探さなきゃ」
カオスと化した親。だとすればもう生きていないか、或いは生きていても自我は失われ人の形すら保っていないだろう。どっちにしても、結末は残酷だ。獅戯は腕の中で軽く身じろぐ少女を押さえた。
「獅戯、」
何もかも背負えるとは思っていない。すべて受け入れてやる為に、腕の中に残したわけでもない。何がこの少女にとって良い選択なのかも、未だ解らないまま。無力なのを自覚しているけど。
『――――貴方がどちらを選択しても僕はそれを肯定しますよ。だからそれは、この子の最善です』
「――――連れてく」
冴晞はその獅戯の選択を深く問うことなく。
「…分かりました。じゃあ、急ぎましょうか」
“今は時間帯が悪いですから”と障害になるカオスを率先して薙いでいく。獅戯は少女を抱き上げて、二人はやや急ぎ足でボーダーラインに向かった。
 
「――――お前ら、何時の間に子どもなんて作ったんだ?」
手を止めて面白がるように、幸は目を細めた。
「カオスに狙われているのを保護したんです。どうやら両親を探しているみたいで。でも恐らくもう…」
『パパもママも…土気色になって、どこかへ行っちゃった』
幸は獅戯の下ろした少女に近付いた。少女は幸をゆっくりと見上げた。それを獅戯と冴晞は見守る。幸はしゃがんで少女に目線を合わせると、肩を掴んでしっかりと少女を見た。
「パパとママを探してるのかい?」
少女は声を出さずに小さく頷いた。
「…もう、探さなくていいんだ」
少女は何を言われたのかまるで理解できていないように、ぼんやりとした表情で幸を見返している。だが、幸は言葉を紡いでいく。
「もう、“此処”には居ない。何処を探しても、見つからない。解かるか?」
すると少女は黙ったままだったが、頬を伝って涙が零れた。幸はその少女を愛おしそうに見た。それはとても穏やかで優しい眼差し。
「そうか、ちゃんと解かってるんだね。…良い子だ」
幸は少し強い力でくしゃくしゃと少女の頭を撫でた。
「泣いちまいな、我慢なんてしなくていいから」
そして、幸は少女を抱きしめた。微かに震えていた小さな身体はふっと強張りが解けていった。やがて小さく鳴咽も聞こえて。少女は幸の腕の中で堪えていたものを吐き出すように泣いていた。
しばらくして、少女は眠ってしまった。幸のお陰で緊張が取れたのだろう、当然の成り行きだ。
「…よく似合ってますよ、パパ」
「お前なぁ、」
冴晞は微笑ましい表情で獅戯に言い、幸も笑う。ただ獅戯だけがえらく不機嫌な表情だ。
「起こすなよ」
幸が釘を刺す。それもそのはず。少女は獅戯の膝の上をしっかり陣取って眠っていた。よって獅戯は全く動けない状態にある。
「それで、これからどうするんだ?お前らが討った男が居なくなったんだ。当分は、統制の取れない馬鹿どもの野放図が広がって厄介だろ。それまでの保護は認める。だけどそれ以降はどうする?」
幸はカウンターから出て、獅戯の座るソファの前に立ち獅戯にココアを手渡す。
「お前らが責任持って面倒をみるなら、それで構わないさ。この子の存在は、お前たちにも良い変化をもたらしそうだしな。だけど、どっちみちこの子が自分の身を守れるようにならなきゃ話にならない」
「――――幸、」
獅戯がココアを飲んでから口を開いた。幸はカウンターに戻る足を止めて獅戯を見た。
「アンタの持ってる空家貸してくれないか?」
「何に使う?」
「このガキに銃を教える」
冴晞は驚いた様子で獅戯を見る。幸は興味深そうな表情だ。
「この子はお前と違って繊細にできてる。今の状態でそれが可能か?」
「このガキ見たなら気付いたろ、大した傷も無くカオスから身を守ってた。ただそれの遣い方が解からないだけで、センスはある。…無理矢理にでも進まなけりゃ、ガキはこのまま朽ちるだけだ」
「獅戯…」
幸はそれを聞いて軽く笑うと、獅戯に鍵を放る。
「それならいい、勝手に使いな。その子がどれほどの実力をつけるか、楽しみだよ」
獅戯はそれをしっかりと受け取った。

拍手[0回]

PR

Ⅱ.やわらかな傷跡 4

獅戯はずっと考えていた。
幸に応急処置をしってもらってから随分と時間が経っている。立って足を伸ばそうとしなかった理由は、ずっと考えていたからだ。そう不器用ながら自分に言い訳をする。したところで言葉にできないこの有耶無耶な感情が晴れることはなく、それどころか自分自身に対する嫌悪感が増していくのを理解っていながら。
獅戯はゆっくりとした足取りで冴晞の部屋に辿り着くと、軽く深呼吸をしてからドアをノックした。
「――――…どうぞ、」
微かに聞こえた冴晞の声に、獅戯はドアを開けた。部屋の電気は点いていない。それでもベッドに横たわる冴晞の姿を捉えることができたのは、窓から差し込む月明かりに因るものだった。身体を起こそうとする冴晞を支える。
「…怪我は…」
「そんなに大した怪我じゃない」
獅戯の声は沈んだような、静かな声だった。理由が理解っているから、冴晞もそれに触れることはなかった。
「でも…見えないのでしょう?」
獅戯は答えなかった。幸も言っていた。もう、この左目は見えないと。たとえ開いても、二度と元あった景色を映すことはない。だが治まらない感情を無理矢理抑え込んだ冴晞の声に、獅戯は話の矛先を変えようとした。
「――――それより、お前の怪我は平気なのか?」
獅戯の言葉に、冴晞はただ苦笑した(それが冴晞の悪い癖だと獅戯が気付くのは、もう少し後の話だ)。
「しばらくは使えませんね、動かすのも億劫ですし。…でも、両利きになるいい機会ですよ」
獅戯は隠し切れない包帯を見ては、すぐに目を逸らす。
「…そうか、」
その声はどこか上の空で。獅戯はきっとただ考えていただけ。それだけのはずなのに、冴晞には獅戯の表情が酷く痛んでいるように見えた。そして獅戯の不器用なそれは、冴晞の意地をあっさりと看破してしまった。
「―――――…そんな表情、しないでください」
冴晞の声に上げた視線は、冴晞のそれとぶつかる。獅戯は自分自身の無意識な表情にはっとした。
「貴方が僕に、そして僕が貴方に傷を負わせた…それだけで、十分です」
「俺たちは、…敗けた」
それは敵だけではない色々なものにだ。二人は同様のことを感じている。これはそれぞれが一人の時に感じたそれとは比較できないほど、重い。痛んだのはお互いの傷でも幸の殴った場所でもない。
「確かにあの時、獅戯さんが居た。でも僕は…一人で戦っていた」
「俺も、そうだ」
 
『お前たちは「二人」なんだ、それを忘れるな』
 
幸の言葉を思い出す。幸にはすべてお見通しだった。二人が居ても、一人と一人では意味がない。一人で戦っているのなら、もう一人の存在は足枷にしかならなのだから。二人の穴に入ってきたあの男も言っていた。「背中を預けることもできないのか」と。そしてそれなら組まない方がずっと意味があると。二人が意識していながら、気付かないフリをしていた「穴」。それに意図的に入って来た男が示唆したのは、恐らく幸の言ったことと同じこと。1+1が2にすらならない。
「…獅戯さん、僕は貴方に守ってもらいたいわけじゃありません」
冴晞の瞳は真っ直ぐに獅戯に向けられている。
「ただ…貴方と同じ場所で戦いたい」
その言葉が意図するのは、『一人』ではなく『二人』ということ。
「だから…貴方の背中を、僕に守らせてもらえませんか?」
冴晞の言葉に今度は獅戯が苦笑した。突然利き腕が使えなくなって、不安や混乱を感じていないわけではない。それなのに冴晞は獅戯を気遣って、その上真っ直ぐな強い視線を向けてくる。冴晞の新たな一面を知って、獅戯は幸がとんでもないやつと引き合わせたのだと再確認する。同じ思いをしているのに、沈んでいる自分が格好悪い気がした。
「…俺の背中はお前に預ける。もう二度と、あんな屈辱は御免だ」
ふっと和らいだ獅戯につられる様に、冴晞も笑う。
「二度と傷付けませんから…獅戯さん」
「獅戯さんてのはやめろ。俺たちは対等なんだろ?獅戯でいい」
獅戯が眉間に皺を寄せて答えると、冴晞は一瞬きょとんとして、それからすぐにまた笑った。獅戯がそんな些細なことでも意識してくれていることが嬉しかったのかもしれない。
「獅戯…ですね、努力します」
それからすぐに“コツ”を掴んだらしい二人は、本当に強くなってしまった。相性の良さは幸が睨んだ通りというわけだ。だがそれが、後に『神話』と呼ばれる存在になることまでは幸でも想像していなかったに違いない。
 
ボーダーラインを後にして夜道を歩いていた冴晞は、その先に存在する気配に気付いて小さく笑った。
「…待っててくれたんですか?」
冴晞の言葉に、獅戯は軽く頭を掻いてから応えた。
「…幸に居残り言い渡されて、落ち込んでるかと思った」
幸が非道な人間だとは獅戯も本気で思ってはいないものの、何に対しても目聡い幸と一対一で向かい合うのは勇気が要る。いつものように茶化してくる幸ならばどうと言うこともないのだろうが。「心配した」と口には出さないが、冴晞にはその気遣いが手に取るように分かった。
「落ち込んではいませんよ、ただ、自分の決心の甘さは痛感しましたけど」
冴晞が苦笑する。それを見て獅戯は手を伸ばし、冴晞の頭を軽く叩いた。
「…それ、お前の悪い癖だ」
獅戯の言葉に虚をつかれて、冴晞は言葉に詰まった。だが獅戯はそれを気にすることなく歩き出す。
「帰るぞ、」
冴晞は“参った”とばかりに額を軽く押さえ小さく息を吐き出すと、先を歩く獅戯を追った。

拍手[0回]

Ⅱ.やわらかな傷跡 3

二人がボーダーラインを出ると、そこには今まででは有り得ない数の連中がいた。それに対して一瞬圧倒されたのは事実だ。これだと、自分たちが悪いことでもしているような気になってくる。
「…すごい数ですね」
冴晞は苦い表情を隠しもせず口にする。今の方法がギクシャクしていることはお互いに理解っている。その上でこの人数。練習台などと言っている場合ではない。
「――――…殺るしかねぇだろ、」
「…ですね、」
獅戯の言葉に冴晞は頷き、獅戯は銃を冴晞は日本刀を具現化する。それを合図に連中が動き出す。最前線の一角を冴晞の日本刀が薙ぐ。そのまま冴晞は敵の渦中へ。それを追いながら獅戯も渦中へ潜り込む。片手の銃では非効率だと両手に銃を再構成。距離を縮められる前に仕留めて行く。薙いでも仕留めてもまだまだ先の見えない戦況に二人の焦りは募る。もしそうでなければ、二人は確実に早い段階で気付いていたはずだ、この戦況を見下ろす男の存在に。だが二人にその余裕はない。獅戯が両手で応戦していると、死体を盾に距離を詰めてきた男が一閃を振り下ろす。咄嗟に身を引いて相手を狙うと、銃を放つ前に冴晞が一掃した。撃つ手間をなくした獅戯は、一瞬反応が遅れる。一方遠方からの銃弾が冴晞の髪を掠める。そっちに獅戯を向けて駆け出したところで、相手を獅戯の銃が仕留めた。標的を失った冴晞は、無意識にブレーキを掛けて足踏みする。それは本人たちの自覚以上に隙だらけでずさんな戦い方だった。
そして、悲劇は起きる ――――――――――
「…何だ…?」
応戦しながら感じる違和感。それとなく相手の中に走る動揺。それは少しずつ波紋のように広がって二人に迫ってくる。そして、はっきりと感じる強い力の気配に反射的に二人が動いた。
「背中を預けることもできないのか、」
冴晞が放つ一閃が躱される。その先に居たのは…
「獅、」
「冴晞っ!」
互いに目が合った。そこには刀の切っ先を獅戯に向けた冴晞と、銃口を冴晞に向ける獅戯の姿が映っていた。不自然に大きく響いた銃声。獅戯は自分の銃弾が冴晞の右腕を打ち抜くのを見る前に左目に激痛を感じ、視界が赤く濁った。一方の冴晞は自分の刀の切っ先が獅戯の左瞼を捉えた瞬間に右腕にの感覚がなくなり、具現化したはずの日本刀が緩やかに解けた。
「それなら組まない方のが、ずっと意味があると思うけど」
辛うじて残った利き腕の銃で応戦しながら、空いた手で左目を押さえる。指の間を血が流れる不快感に襲われる。波のように痛みと熱が押し寄せてきて視界が覚束ない。至近距離での勢いに持っていかれそうになるのを踏みとどまって、感覚のない右腕を押さえる。右腕がなくなった訳ではないことに安堵したが、押さえた手を流れて行く血に怪我は軽くないのだと自覚する。
「…くっ…」
獅戯の命中率が格段に落ちたのを狙って、更に相手の勢いが増す。冴晞は右腕を無視し、左腕に刀を具現化。獅戯が仕留め損ねた分も含め応戦を始めた。男の気配は、既に戦場から消えていた。
外に出て最初に感じたのは、むせ返るよな血の匂い。幸は始めにどれだけの数が「生きて」いたのか凡そ理解する。かつては不殺の『夜鷹』と呼ばれていた幸は、こういったことに関する感覚が鈍っていないことに苦笑した。そして微弱ながら感じる二人の気配に視線を上げると、そこには返り血ではない血の跡。夜闇の所為もあるだろうが明らかに蒼白な二人の表情。幸の予想した通り…いや、予想していた以上に酷い。尤も相手の数が数だけに手間取ったのもあるかもしれない。だが組んで戦わせた途端獅戯も冴晞も互いを補うどころか穴が目立ち始めた。勿論、初めから完璧にできるとは幸も思っていなかった。それでもこうなる前に気付いて欲しかったという気持ちはあった。
「…言わんこっちゃない…」
だが目の前の光景を見れば、自然に苦い表情になる。獅戯は左目辺りから血を、冴晞は右腕を負傷。傷の深さまで明瞭に分かったわけではないが、万全な状態に比べれば格段に力は劣る。幸は煙を吐き出して、煙草を携帯灰皿にねじ込んだ。仰いだ空には朧月。雲で翳ってはまた顔を出す。
「…アタシが動く時は、どうもこういう空に好かれるみたいだねぇ」
そしてゆっくりと混乱の渦中に足を向けた。
「冴晞っ…」
「大丈夫です。すぐ近くに居ます…多分」
互いの傷が気がかりなのと、絶えず失われていく血によって二人の集中力は散漫になっていた。それでも呼吸を整え意識すればそれぞれの位置を把握することはできた。月が翳って落ちる闇。目が慣れるまで手探りの応戦を強いられる。だが、そこで二人は自分たち以外の場所で起こる悲鳴と倒れる音に気付く。消えたはずの男だろうか。周囲への注意を怠らずに息を潜める。しばらくそれが続いた後、月が顔を出した。二人の勘違いでなければ、相手の数は確実に減っていた。そしてそこに居たのは。
「幸…っ」
獅戯が幸に気付いて声を上げる。冴晞も驚きを隠せない様子で幸を見る。
「ったく、世話の掛かるガキ共だねぇ」
それに動じることも無く、残った人間たちの数に怯むこと無く幸はにやりと笑う。それからすぐに辺りに鋭い視線を投げる。
「…逝くか退くか、どっちにするんだ?」
一瞬相手に小さなどよめきが走ったが、すぐに幸にも襲い掛かって来た。
一人目を躱して、二人目を捌く。三人目からナイフを奪って脚に刺し、後ろからの四人目の腹に肘を食らわせてそのまま首の横に足を付けて地面に叩き付ける。既に視線は次の人間に移っている。横から襲って来た五人目の太刀をナイフで受け、それを幾度か繰り返した後に腹にナイフを刺して仕留める。間を置かずにやって来た六人目の一撃を五人目の身体を盾に躱して、反対側からやって来た七人目の腕を引いてその手の刀で六人目の腕をを貫く。手の刀を落とさせると、七人目の腕の関節を破壊した。それはまるで呼吸をするように隙の無い、素早く鮮やかな動きだった。
「――――お前たち、何やってるか解かってるか?」
粗方片付いて、獅戯と冴晞の傍に立った幸は酷く落ち着いた声でそう言った。
「アタシはこんなもん見たくて、お前たちを引き合わせたわけじゃない」
獅戯と冴晞がお互いの有り様を見て、複雑な表情をする。だがそこへそれぞれ一発ずつ容赦無い幸の拳が飛んだ。
 
「お前たちは『二人』なんだ、それを忘れるな」
 
二人はそれに対して呆然と立ち尽くす。
「…解かったら、店に入りな。その酷い有り様を何とかしてやる」
二人にそうとだけ言って小さな溜め息を吐くと、そのまま幸はボーダーラインに戻った。
獅戯と冴晞は一度お互いに顔を見合わせて、何も言わずにその後を追った。
 
それは、“二人”の敗戦だった。

拍手[0回]

Ⅱ.やわらかな傷跡 2

幸の唐突な台詞に、二人は文字通り言葉を失った。それぞれが驚きと困惑と、複雑な表情をしている。
「ひとりひとりでの強さは証明されてるお前たちが組んだら、一体どれほどの力を発揮されるのか…アタシは見てみたい」
「……いきなり何を言い出すかと思えば、」
「冴晞は日本刀を扱う前衛型、獅戯、お前は銃を扱う後衛型。それがハマったら、とんでもない力になるとは思わないか?」
幸は一息おいて、こう言った。
「お前たちには何かを感じる…何度も言わせるな」
獅戯がどう答えたらいいものかと思案していると、そこへ冴晞が割って入る。
「少し整理させてください。まず、幸さんは僕らに何かを感じて引き合わせたんでしたね?そしてその上で僕らに組んで戦ってみろと言うんですね?」
幸は冴晞の言葉に頷く。
「確かに僕は前衛型、獅戯さんは後衛型です。ですが、組んでみろと言われてそう簡単にできるものではないでしょう?」
「もともとひとりで殺ってたもの同士だからな」
冴晞の言葉に、獅戯も続ける。だがそれに大して動じた様子もなく、幸はさっきと同じように悪戯な笑みを浮かべた。
「そんなことアタシが解らないとでも思ってるのか?ぶっつけ本番で強い奴とやれだなんてあたしは一言もいってないよ」
「確かに、そうだけど…」
「どうせお前に追手がかかるのは時間の問題だ。それに、練習台ならいくらでも居るだろうが。元々面倒な連中だ、それを利用しないでどうする」
幸の言い分は正しい。だがそれを認めるなら、幸の「組んでやれ」というのは変更の気かない絶対的なことだと認めることになる。それを分かっているだけに、二人は素直に首肯できないでいるのだ。
「…すごく強引なこと言うよな、アンタって」
それは獅戯も冴晞も理解っていたことだが。結局獅戯が折れて、抗議をやめた。従って、冴晞もそれ以上何も言わなかった。
「夜まではまだ時間がある、どうするか、詳しい事はお前たちで考えな。お前たちは“二人”なんだから」
そう幸から言い渡された二人は、ボーダーラインを後にした。かといって何かする事があるわけでもなく、ただ漠然と外を歩いている。そもそも、それなりの実力は証明済みというのはあくまで幸から見た状況の話であって、獅戯も冴晞も自分の隣りを歩く相手がどれほどの実力者なのか理解しているわけではない。実際に戦っている様子を見ればどれほどの実力なのかある程度は把握できるのだろうが、夜にはまだ早い時分、カオスが都合よく出てくるわけではない。かと言って、自分たちから喧嘩をふっかける気もない。それこそ、二人にとっては面倒だ。とりあえず、仲の良い物品の仲介屋をひやかしに行ったり話しながら歩いたりと二人は夜まで時間を潰すことにした。
そしてその夜、二人は初めて追って相手に実践する羽目になる。獅戯は利き手に銃を、冴晞は利き手に日本刀を具現化。互いを意識しながらも、それぞれいつものように相手を仕留めていく。数があまり多くないのも幸いし、それこそ数分の戦い。互いの実力把握には不十分だったが、「それなりの実力者」であることは認識できた。
「…終わりましたね、」
「あぁ」
どこか肩透かしを食らったような感覚を抱いたまま、二人はボーダーラインに向かった。
「何だ、その表情は」
「…いや、いつもより早く終わった」
「いい調子じゃないか」
幸が楽しそうに笑って応える。冴晞はその反応に僅かな引っ掛かりを覚えたが、あえて口にしなかった。その判断が、後に影響を及ぼしてくることを知っていたら、きっと迷わず冴晞は口にしたはずだ。
『貴女は、何をどこまで見通しているんですか、』
と。
それから幾度となく戦いを繰り返していく内に、二人の間に妙な空気が生まれ始める。ほんの些細な事だが、「合いすぎる」のである。最初に気付いたのは、二人の間に上手く入り込んだ男を二人で仕留めた瞬間。同じ男の動きに同じく反射的に対応した結果、互いの動きを殺すような形になっていた。言うなれば、蜘蛛の糸にでも絡め取られたように動きにくくなっていたのだ。
「…日に日に空気が尖ってるんじゃないかい?」
二人は応えなかった。その様子に幸は小さく嘆息する。二人で組むようになって、始めは些細なことと意識していなかったズレがだんだん深刻さを帯び始めていた。それに気付いたのならこの空気は理解できる。相手にとって仕掛けやすい隙があれば、当然迎え撃つにしてもやりにくくなる。ましてや個々として充分実力のある二人だ、屈辱的に違いない。口で諭すのは簡単だが、実際に体験してみなければ正しい意味での理解はできない。それを知っている幸だからこそ、口に出さずとも何とか打開策を見つけて欲しいと思っている。ズレが大きくなればなるほど、リスクは高くなるのだから。幸はちらりと二人を見て、また嘆息した。その時。
「何だっ!」
ガラスが悲鳴を上げて砕ける。被害はそう大きくないが、硝子の破片が店内に散らばる。
「…元気な奴がいるじゃないか、ねぇ」
幸が呟き、獅戯がすぐに席を立って出て行く。一歩ほど遅れて冴晞もそれを追いかけ出て行った。
「―――――どうやら今日は、一荒れありそうだねぇ…」

拍手[0回]

Ⅱ.やわらかな傷跡 1

あれは、避けることのできない出来事だったのだ。どんなに避けようとしても、それは起こるべくして起こったものなのだ、と。それは、本当は解っていたのだ。でも、その跡を、残った傷痕を見る度いたたまれなくなった。冴晞は今でもずっと、それを、その時の自分を責めている。
自らの意思を持って、責め続けている。
 
――――――…and,5 months ago.
 
幸とは閉鎖される前からの付き合いである獅戯と冴晞は、元々幸が引き合わせた二人である。閉鎖される前から獅戯も冴晞も個人的にカオスの処理をしていた。獅戯と冴晞の得物は異なり、互いが互いを上手く補えるだろうと幸は考えた。何より、幸は直感的に二人に何かを感じていた。
『―――明日の昼頃に、此処に顔出しな。この優しいアタシが引き合わせてやる…』
獅戯は幸の思い通りになることを不本意に思いながらも、結局ボーダーラインに足を向けた。ボーダーラインのカウンター席、幸と親しげに話している人物。
「――――…来たね、」
幸は獅戯の姿を捉えて笑い、その反応に獅戯は顔を顰めた。幸の手招きに従ってカウンターに腰かけると、隣には黒髪の男――冴晞――が居た。
「獅戯、こいつが冴晞だよ」
幸は獅戯に引き合わせたい相手のことを「波紋一つ起こらない水面のような男」と言っていた。争いごとには無関係そうな穏やかな雰囲気、それと合わさるように隙のない落ち着いた空気。幸の表現は的を射ている、そう獅戯は感じていた。一方の冴晞も獅戯の隙のない態度に只者ではないと、そう感じずには居られなかった。
「初めまして。僕は、冴晞です」
「獅戯だ」
獅戯は出されたココアを手元に引いて、一口飲んだ。
「そういやお前、昨日は休めたのか?」
幸は冴晞に新しい珈琲を入れながら言う。冴晞はそれに苦笑して“あまり、”と正直に答えた。獅戯は「何の話だ?」とはかりの視線を向ける。
「…貴方には、追っ手はかかっていませんか?」
冴晞の言葉に、獅戯はその内容の凡そのところを理解した。
「思い通りにならない人間を消しにかかる連中か、」
「えぇ、中枢から直に指示を仰いでいるようですが」
「確かにないな……ま、俺からは手は出さねぇし」
獅戯の言葉に、冴晞は苦笑した。
「それなら大丈夫でしょう…僕の方も、そうだったらよかったんですが」
「別に出したくて出してるわけじゃないだろ、お前も」
幸は冴晞の前に珈琲を置いて言う。
「アンタは知ってるのか?」
自分から好んで手を出すとも思えない冴晞だ、そこには何らかの理由があるのだろう。そんなことも分からないほど、獅戯は鈍くはない。
「あぁ、冴晞は組織とは関係なく、個人的に手を出してきた連中を返り討ちにしてやっただけだ」
「そう、その個人がたまたま組織に関わりの深い人間だったってだけで」
幸の言葉を引き継ぐように冴晞は言った。
「成る程な、」
獅戯は納得した様子で、ココアをまた一口飲んだ。
「昔から、悪運だけは分けてあげたいくらい良くて」
「運がいいのも考えもんだな」
「本当に」
獅戯が笑い、つられるように冴晞も笑う。その様子を見ていた幸は、また自分の直感が当たったことを悟る。
「どうやら、予想より相性は良さそうだね。…ま、その方が好都合だが」
幸の言葉に二人は手を止める。
「好都合…ですか?」
「何、企んでんだよ」
二人が手を止め幸を見ると、幸は腕を組んで二人を見返した。
「企んでるだなんて、可愛い言い方するじゃないか」
そしてすっと目を細め、口元にはまさに企んでいるような笑み。二人は不吉な予感を感じながら、次の言葉を待った。
 
「お前たち、組んで戦ってみな」

拍手[0回]

カレンダー

04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

ブログ内検索

カウンター