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Ⅴ.“底”は“BORDER LINE” 2

「――――ったぁ、最悪…」

いや、今日の目覚めの話。俺はあまり…というか殆ど睡眠を必要としない。何だろうな。多分寝ることがあまり好きじゃないんだと思われる。…良く分からないけど。ただ、ぐっすり眠らない分、まどろむことは多い。特にボーダーラインの開店数時間前は、俺にとってまさに魔の時間。そんなこんなで、珍しく寝過ごした。しかも、最悪の夢見で。特別急ぐ風もなく身支度を整えると、俺はそのままボーダーラインに向かった。
「…師匠、今日は遅かったですね」
カウンターに座る火滋が悪戯に笑う。基本的に俺は迷惑なほど此処に居座っている。だからこそ、こんなことは珍しいわけで。
「開店前に来て迷惑を掛けないようにと思ったんだよ」
「なら、これからもそれを心掛けろ」
火滋に言ったはずの言葉に、獅戯が応える。相変わらず眉間に皺。そんな俺たちを見て、火滋は声を立てて笑った。
「それで、真実はどうなんです?」
火滋が興味深く聞いてくる。それに向かって俺はでこピンをかます。
「あたっ!」
おー、結構良い音。
「この知りたがりめ」
「性分なので、すみません」
全然悪気のない声で火滋は言う。俺は頼んでもいないのに当然の如く出された珈琲を受け取って、ゆっくりと啜る。その激烈な苦さに眉間に皺を寄せ、それを呆れた眼差しで見る火滋。うん、いつも通り。
「…ついついまどろんじゃって、嫌な夢見たんだよ」
「へぇ、夢ですか」
火滋が更に興味を示した。
「夢って言うと、曖昧なくせに核心を突いたり、暗示めいたものだったり…なかなか興味深いものですよね。夢を自分の意志でコントロールすることも可能だって聞いたことがありますし。…夢から醒めた途端に、“夢”が消去されてしまうメカニズム。“夢”そのものの目的。夢に意図される心理的な要因。その全てがどのように絡み合っているのか…謎は尽きませんね」
「夢から醒めた途端に、“夢”が消去されてしまうメカニズム。“夢”そのものの目的、」
「師匠?」
「夢に意図される心理的な要因…ねぇ」
また珈琲を一口。
「嫌な夢を見たってことは、心理的要因が多分にありますね。最近それにまつわる嫌なことがあって思い出したとか?」
「…それは、ないな。だって、もう居ない俺の先生だぜ?」
「え!?師匠にも先生が居たんですか!?」
「…そんな驚くことか?俺だってもとは“外”から来たんだし、初めからこんな殺れたわけじゃなし」
火滋は“そうですよね”と言ってうんうんと頷いた。
「…もう十年前だな、最期に遭ったの」
「どんな人だったんですか?」
「聞きたいか?」
露骨に意地悪い表情で火滋に問う。火滋は一瞬圧されたが一息ついた後に、
「やっぱりいいです。何か師匠がこうだって解ってる以上、それを上回る先生だなんてちょっと怖いんで」
なんつー失礼な正直者だ。口には出さずそう思う。勘の鋭さと賢さは尊敬しても良い。火滋は更なる情報収集の為と、クライアントと接触するらしく席を立っていった。
「…真面目だねェ、火滋は」
「お前が落伍者なだけだろ」
「“此処”に居る連中は、色んな意味でみんな落伍者だと思うんですけど」
そんじゃなかったら、“此処”でなんて生きられないだろうし、こんな所に意志を持って堕ちてきたりはしないだろう。“底”は吹溜りですから。獅戯に対するささやかな抵抗はサクっと黙殺。俺は沈黙の中で、また珈琲を啜った。
俺の「先生」。そんな素敵にカッコイイ言葉で呼んでやるつもりなんて微塵もありませんが。
 
「…殺風景な部屋」
俺の言葉に、茉咲は笑った。
「ごちゃごちゃしてんのは好きじゃねぇからな」
茉咲はベッドに座って、入口に立ったままの俺を見る。まるで品定めするようで不快。
「お前、どうやってアレを具現化してる?」
アレ?
具現化の言葉で理解した俺は、数秒思案して肩を竦めた。
「…適当?」
「あっはははっ!!これまた、傑作だなァ。お前、特定の感情を意識せずに具現化できんのかよっ」
茉咲は一頻り笑うと、少し意地悪い表情になった。
「…まぁ、別にそん時そん時同じ感情で具現化はしてないな」
「じゃあ、それはお前のセンスだな。弱い奴なのに俺が気にするなんて、それくらいの特典がなけりゃ可笑しな話だ。…んじゃあ、ちょっとこっち来い」
茉咲がちょいちょいと手招きする。俺はあからさまに嫌な表情で拒否の態度を取る。
「何にもしねーって」
距離を縮めるも、意識的に僅かな距離は残す。言っちゃえば、何かされそうになった時逃げられる距離。
「身体も頑丈そうだし、もうちょい鎌でかくても振り回せんじゃねぇ?攻撃範囲も広くなるんだし」
「は?」
“いや、だから”茉咲は身振り手振りで俺の具現化した鎌の話をする。俺が茉咲の前で鎌を具現化したのは一度。しかし、それに見向きもしなかったはずの茉咲は、具現化した俺よりも正確に憶えていたらしい。それには正直舌を巻いた。
「お前、結構俊敏な方?」
「さぁ、知らない」
「ふん、しゃーねぇなっ」
突然引かれる腕、咄嗟に身を引こうとしたがそれが間に合わない。視界が一回転すると、俺はベッドの上に倒れていた。茉咲に組み敷かれた状態で。
「…うーん、反応がイマイチだな。大振りな分小回りが利かないと、鎌なんて致命的だかんな」
茉咲は少し複雑な表情で分析する。
「――――男に乗られても別に嬉しくないし。…つーか、アンタ何もしねぇっつったろっ!!」
「照れんなよ」
照れてねぇよ。
「生憎と、俺の嘘は得意技だ。知らないお前が悪い」
「…知、らねーよっ、アンタなんか!」
俺の表情を見て、茉咲は心底可笑しそうにくくくっと喉で笑った。
「これで解ったろ?それに、知らないならこれから教え込めばいいだけだ」
「最悪」
茉咲は俺を押え付ける手に力を込めた。
「…んっ…」
オマケに口まで塞ぎやがった。
「――――お前さぁ、…何で鎌具現化しねぇの…?」
口唇を離した茉咲は、不思議な表情で俺を見下ろす。すっげぇ、屈辱。
「貞操のピンチなのに」
「そっちかよっ!!」
性格上の習性でつい突っ込んでしまった。いや、突っ込むところはそこじゃないのに。
「意志で具現化できんのは知ってんだろ。なら、どうして具現化しねぇの?」
茉咲の言葉に俺は黙るしかなかった。
「…嫌じゃねぇんだ、俺が」
茉咲がにやりと笑う。それは、悪い男の表情。
「――――っざけんなっ!!!」
「おー、」
抵抗した途端に鎌が具現化する。すると茉咲の腕はあっさりと解けた。茉咲は大して驚いた様子もなく、あっさりと一閃を躱した。完全に身体を起こして、鎌を構え直した後。指先から急激に冷えていった気がした。
「…だーから言ったろ、」
鎌が全く動かなかった。冗談なんかじゃなく1㎜も動かなかった。さっきまで自分の直線上にいた茉咲は、やれやれと言わんばかりの表情で横に座っていた。鎌の刃を片足で踏んだ姿勢で。ベッドに放ったコートのポケットから煙草を出して咥える。
「鎌は大振りな分、小回り利かないと致命的だって。今ので俺は、少なくとも3回はお前を殺れてるぜ?」
茉咲は俺を無視して、身体を折ると鎌を指で弾いた。
「しかも感情の度合いか、鎌少しでかくなってんし。んー、まぁこんなもんで丁度いんじゃね?これからは、常時この大きさで出せ」
「アンタ、」
「言ったはずだ、強くしてやるよ」
茉咲はにやりと笑った。
「…本トに、強いんだな」
呟くような声を耳ざとく聞きやがった。
「何、惚れた?」
「冗談だろ」
俺はゆっくりと息を吐いて、鎌を解いた。
「ちなみに、何から何までは俺の退屈凌ぎでオマケだ。この分じゃ、しばらくはお預けって感じだけどな」
茉咲は咥えた煙草に火を付けた。
 

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Ⅴ.“底”は“BORDER LINE” 1

俺はこの世界が嫌いだ。
 
夜明けが近付くに連れて、数を減らしていくカオス。それをさっさと始末して、手にした鎌を解いた。鎌は途端に形を失い、闇に溶けた。
「あ、そう言えば」
振り返ると、地面に血塗れの男が転がっていた。身体は真っ二つになり、その断面から臓器が覗いている。はっきり言って、気持ちが悪い。ついさっき降り出した雨は、そろそろ本降りになりそうな兆し。ジャケットも湿気を吸い込んで妙に重くなった気がする。地面に流れた男の血は、雨に打たれて徐々に薄く霞んでいく。そのまま薄くなって薄くなって透明にならないかな、とぼんやり思った。俺は興味を失って視線を逸らす。いつまでこうしていても仕方ない。雨宿り場所を探す必要がある。ま、最悪ボーダーラインに入り浸ってもいいのだが。とりあえずボーダーラインへ向かう為、踵を返して歩き出した。

男と、俺。そこには、歴然とした生死の境が存在していた。

「…あら、お兄さん。随分濡れてるじゃない。服にも、泥が跳ねて」
歩いていると、ひとりの女が声を掛けて来た。どうやら、今日の雨宿り場所は何とかなりそうだ。
「泥じゃなくて、血だよ。人、殺して来たから」
女は一瞬手を止めて俺を見上げる。俺は何事もなくにっこりと笑った。
「…やだわ、お兄さん。冗談がお上手ね」
艶っぽく笑う女に、俺は何も応えなかった。
「――――冷たい手。…あたしが温めてあげましょうか?」
女の手が俺の手に触れる。結構ありがちな誘い文句。不自然な上目使い。俺はそれに苦笑したが、一晩の雨宿りだし、誘ったのは俺の方じゃないし、来る者拒まずな俺としては…
「じゃあ、お言葉に甘えて」
女に引かれるように、歩き出した。
 
俺はこの世界が嫌いだ。死ぬ時には、自分の持っている限りの呪いの言葉を吐いてやろうと思う。そして、これから生きていく人間たちに同情しながら死んでいくつもりだ。…未だ、その予定はないけど。
「…もう、行っちゃうの?」
猫撫で声はどうしてこうも俺の神経を不快にするんだろうか。それとも、一晩の雨宿りとかって妥協したのが良くなかったのか。けどそんなの表に出すなんて紳士としても反紳士としてもいただけないよな。
「十分温まりましたから。さよなら…もう二度と逢わないけどね」
俺は女を見ずに後ろ手に鎌を一振り。女は何が起こったのかすら悟る前に絶命したはずだ。好みじゃなくても秒殺だなんて、俺って結構優しいかも?…なんて、そんなつもりは全くなくて、ただ耳障りな声を聞きたくないだけなんだけどね。飛び散った血は全部ドアが受け止めてくれた。死人の血なんて気持ち悪いし。
「あー…匂い、残ってるな」
好まない安っぽい馨に顔を顰めた。
雨はすっかり止んでいた。夕方になるのに、くすんだ空にその変化はあまり見られない。降り始めの夜明けからずっとぼやけた空のまま。それでも湿気を含んだ空気は重く、もう一雨来そうな予感がした。うっかり跳ねたあの男の血が気になる。早く着替えたい。
少し歩みを速める気持ちで自宅への帰路につく。
「嫌な匂いだな」
擦れ違い様に不機嫌な声。俺はその声に、少し笑った。
「悪趣味だろ」
ちらりと表情を見ると、完全なしかめっ面。
「全くだな」
即答して、擦れ違う。俺は紫闇を引き止めることなく、紫闇は俺を意識することなく。
部屋に戻ると、服を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む。しばし帰ってきてなかったから、妙に懐かしい感じがする。だから何だってわけでもないんだけど。括った髪を解いて、眠れないと分かっていながら目を閉じる。まだボーダーライン開店まで時間があるし、幾らかまどろめそうだ。
 
水道管の集中している地下。こぼれた水が常に小雨のように降り続いていた。
意識すると、微かな振動。この冷たい空間は、唯一の居場所。ただ一つ、“此処”で許されたモノ。
「…ガキの遊び場にしちゃあ、危なすぎるだろ此処は」
奴は不揃いな色素の薄い髪を、無造作に後ろで一つに括っていた。その髪が乱れるのを全く意に介さない様子でくしゃりと掻いた。俺は、初めて出遭った「生きたモノ」にただ呆然としていた。
「…アンタ、誰?」
呆然としたのにはちゃんとした理由がある。一つは、初めての「生きたモノ」であったこと。そして
もう一つは…
「俺は、茉咲だ」
この茉咲が俺とそっくりだったこと、だ。これは悪い夢なんじゃないかと思った。もしくは俺の知らない実の兄とか。でも、その二つの可能性を即座に打ち消す。兄じゃないという確信はない。親のことなんて解からないし、解ろうとする気もないから。でも、確かに茉咲はここに立っている。夢なんてことは有り得ない。だが、…もう、どうでもいい。
「お前…“流離”か」
聞きなれない言葉。何か“ナガレ”って嫌な響き。
「神津だ」
その呼び名が不服で、即答する。それに対して、茉咲は面白がるように軽く目を細めただけだった。
「コウツ、ねぇ。…これ、お前殺ったの?」
俺の周りに散るたくさんの肉塊と、ひとりの女の死体。それを見廻した茉咲の視線は、俺に戻ってきて止まる。
「――――女以外は、多分」
「はっ!こりゃいいっ!!」
心底可笑しいように、茉咲が声を上げて笑う。それが何だかやけに癇に障った。そう思うと簡単に鎌が具現化された。
「何が、可笑しいよ」
茉咲に向けて薙いだはずの鎌は、不自然に停止していた。更に腕に力を入れたが、動きもしない。宙で不自然に停止した鎌は茉咲を傷つけることはできなかった。なぜなら、茉咲が指一本立てていたから。その指は鎌の刃先に触れることなく、その動きを奪っていたのだ。
「…まだ弱ェ。正直、弱いのに興味はないんだけど…お前、何か気に入った」
茉咲が言うなり、立てていた指を曲げた。すると鎌はガラスが割れるように壊れた。俺は驚きに茉咲と距離を取る。それは紛れもない自己防衛。だが、茉咲はまるで何もなかったかのように、その距離を縮める。呼吸をするのと同じくらい簡単に。全く意識などせずに。
「強くしてやるよ。お前なら、この都市の一角くらいはすぐものにできんだろ。それくらいのセンスは間違いなくあるぜ?」
「―――――それって、退屈じゃなくなんの?」
「退屈を満たしたいなら、俺が何から何まで教えてやるさ。…不適切なこと、込みでな」
にやりと、茉咲は笑う。なんて悪い男の表情。でも、結構嫌いじゃなかったり。
「…そしたら、すぐにアンタを追い抜いちまうぜ?茉咲」
「はっ、…やってみろよ」
茉咲は鼻で笑い、俺に手も貸さずに踵を返す。微塵も気遣おうとしない、傍若無人な態度。つまりは「ついてくるなら勝手に来やがれ。手を貸すなんて面倒臭ぇことなんかやってられるか」だ。
気に入った。
俺は重い身体を上げる。そして、自分のペースで茉咲を追いかけた。

『rAin VeIN』

この場所に、未練も後悔も何も残ることはなく。

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Ⅳ.自己報告

キミさぁ、『生きる』ってこと考えたりする?
人が殺されるのを身近に感じたことある?
 
だったら、一度“そこ”へ堕ちてみるといいよ。
解からないなら聞いてごらん、“そこ”が何のことか。
あぁ、違う違う。
“其処”じゃなくて…“底”だよ。
 
…ようこそ、“ボーダーライン”へ。
 
―――――now.(現在)
 
それは本トに他人事だった。
だって、そうだろ?俺には何の影響もないし、被害もない。
そうしたら他人事同然でしょ。…ま、実際他人事だったんだけどね。
俺が“底”を知ったのは、本当に偶然。どっちかっていうと、世間様の出来事には疎かったし、興味も人の半分くらいしかなかったんじゃないかと思うしね。比べる相手にも因るけど。ただ社交辞令代わりというか、とりあえず人の印象に残らない様に当たり障りのない程度は認知しておくようにはしたな。女の子達って難しいことより、誰がカッコイイとか、今何が流行ってるとかの方が重要みたいだし。話し合わないと何もできないしね。
…っと、話が逸れたな。こんな話してると、もう高校生くらいに感じるかもしれないけど、実際に知ったのは九歳の時。って言ったって、その時は聞き流してたようなもんだったから…中学生くらいかな。躍起になって、過去の新聞やらを読んだよ。いやぁ、びっくりびっくり。その時の俺には、“底”はまるで楽園に思えたね。称えられ、畏敬の的になったその場所。でもその中身はぐちゃぐちゃだ。今すぐに跳び込む手段があるなら迷わず何でもできた。

その時から、俺はもうこの世界に『絶望』してたよ。

絶望ってのは、微妙に違うかな。何て言うか、「適合しない」って感じ?帰る場所も住む場所も寝る場所も全部在って、自分はそこに居るし生活もしてる。でも、俺の居場所はそこじゃないって。要は心の持ちようなんだろうけど。だからうってつけの場所を見つけたと思ったんだな。でも、俺はそこで踏みとどまった。何でだと思う?戦う為の武器が必要だと思ったのさ。意志の力で具現化できるってことは予備知識の中に入ってはいたんだけどね。それから普通に、適度に穏便に高校に入った。またそれが有名な私立の進学校。別にどこでも良かったし、家庭の経済状況もどちらかと言うと裕福な方だったと思うし。
あ、家はね…悲惨だったよ。一言で表わそうとしなくても一言で済む。「没干渉」。両親は世界中を飛び回って多忙の日々……とかだったら、いっそカッコ良かったんだけど。何てことのない普通の家庭。実は意外と俺は綺麗好きでさ、部屋の掃除とか全然苦じゃないんだよ。自活もそんな家庭だから自然に慣れてったし、料理は意外と面白くてハマったね。そもそも俺の部屋に親は近付かなかったし、下で遭っても親が何かしてれば俺が出てく、俺が何かしてれば親が出てくって感じ。俺が有名な私立の進学校に行った時の費用は出してもらってたから、それは知ってるだろうけど、飯も一緒した記憶ないし、日々俺が何やってたかも興味なかったみたいだし。良く言えば、酷すぎる放任主義。あ、その言い方もあんま良くないんだっけ?だから、今俺が居なくなってることにすら気づいてないんじゃない?生きてるか死んでるかもどうでもよさそうだったし。ま、今更気にされたって気持ち悪いだけなんだけどさ。
って、また話し逸れてるよ。えと、どこまで話したっけ。あ、そうそう。高校に入って進学校なのにも関わらず遊びまくってたその時だね、俺は気づいたんだ。

『行くなら今しかない』って。

運命なんて信じてないし、信じる予定もないけど、それはきっと運命を感じたような感覚に近かったのかも。高校入ってから意外とすぐだったし…十六歳かな。ものの見事に俺は“底”に文字通りやって来てしまったってわけだ。
“底”に着いて見廻した時、俺はぞっとしたよ。俺なんかが思っていた以上に、“底”の中はぐちゃぐちゃだったんだからな。何がぐちゃぐちゃだとかそういうんじゃなくて、“底”そのものがだよ。同じ世界でこうも違うのかって思ったね。それからすぐ“此処”は他とは違うんだって割り切ったけど。
俺がアウトラインを通じて出て来た場所はrAin VeIN。悲惨だったよ、其処は其処で。目の前に、一人の女が死んでたんだから。人が死ぬことを非現実だとは流石に思わなかったけど、リアルだったな、やっぱり。そしたら、次々カオスが襲って来るだろ。だから自分の身を守る為に、殺すしかないってワケ。何で具現化したのが鎌だったのか実は憶えてないんだけどさ。

ただ、『退屈しない』様に願ってた。

俺が“此処”に『失望しない』ことを願ってた。

だから、『死ぬ』わけにはいかなかった。

俺は自殺志願者じゃないし。それだけで、十分だったよ。だから、カオスを斬る事なんて簡単だったし、自分を守ることに苦はなかった。でも、生活水準ってのも保障されてないわけで…違う意味での身の危険は何度も感じた。それでも、俺はrAin VeINを「出なかった」。…というよりは「出れなかった」の方が正しいな。この“底”で“外”からやって来た自分に居場所があるなんて、そんな虫のいいことを思ってたわけじゃないんだ。それは本ト。だから、俺にとって唯一「許された」場所。それがrAin VeINだと思ってた。まぁ、よーく考えたら馬鹿な話なんだけどね(笑)それにしても、俺あんなとこで良く耐えられたもんだよな。発狂したっておかしくないでしょ。目の前に在るのは女の死体と、カオスの肉塊だけなんだからさ。そう考えると、俺の神経の図太さって言うか図々しさは半端ないよな、本ト。もう少し神経細くできてても良かったんじゃないかと思うよ。
そんで俺は、その辺の野良犬より屈辱的な扱いで、史上最悪の男に、合意のもと拾われたってワケ。あいつを言葉で説明できないことが残念だね。全部とは言わないが、不本意だけど凡そ六割くらいはその男に仕込まれたといってもいいな。お蔭様で色んな部分に麻痺しちまってますがね。
それからは色々細かく思い出すのも嫌なくらいに時が過ぎて、あとは呑気に駄弁って日々ボーダーラインで過ごしてる。それがまさに今の話。…と、まぁこんなもんかな。

…さて、俺はボーダーラインに戻りますかね。珈琲が飲みたいんで。

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Ⅲ.「神話」の崩壊 3

それから限に銃を教える日々が続いていたある日。いつもはそこそこにボーダーラインを出るのだが、限が疲れて寝てしまい、獅戯と冴晞はいつもよりボーダーラインに長居していた。それぞれが何を飲むか知っている幸は、いつものように獅戯にはココアを冴晞には珈琲を入れた。その所作をしつつ、幸が口を開いた。
「…獅戯、お前バーテンやる気はないか?」
閉店間近のボーダーライン店内で、唐突に放たれた幸のセリフに獅戯は面食らった。
「――――は?」
まったく何を言ってるのか解からないといった反応の獅戯に、隣りに座る冴晞が笑った。
「良かったですね、就職先が見つかって」
「茶化すな」
「はい、すみません」
じろりと獅戯が睨むと、冴晞は微笑を浮かべつつ謝った。
「一体どういうことだ?それに、何で冴晞じゃなくて俺名指しなんだよ」
視線を目の前に立つ幸に向け、何の話かと獅戯は問いた。
「ちまいこと得意だろ、お前」
幸は事も無げにサクっと言った。そのセリフに獅戯は呆れた表情。
「そんなん、冴晞だって一緒だろ」
「え、僕じゃあ貴方の几帳面には勝てませんよ」
冴晞の一言に、獅戯はまた冴晞をじろりと見た。助けてくれると踏んだものの、あっさり見捨てられた気分だ。冴晞は大して動じた様子もなく笑い、獅戯は頭を掻いた。
「っつーか、そもそもアンタがいるのに何で俺に言うんだ?老い先短いってわけじゃねぇだろ」
「そんなクソ生意気なことを言うのはこの口かァ~?」
幸はやや引き攣った笑みで、獅戯の頬を抓り上げた。不覚にも掴まった獅戯はそれから逃れようともがく。その横で、獅戯を助けるでもなく冷静に冴晞が珈琲を一口飲んだ。
「でも、本当に唐突ですね。何かあったんですか?」
「…なぁに、しばし此処を離れようってだけさ」
二人の動きが止まる。
「ん?何だ何だ、変な顔して」
幸は獅戯から手を引いて、二人の様子を笑い飛ばした。
「そんなにアタシが居なくて淋しいのか?…ふふっ、モテる女は辛いねェ」
表情は未だ固いままで、獅戯が先に口を開いた。
「…店、どうすんだ?」
「だから、バーテンやる気はないかって言ってんだよ」
初めからそう言ってるだろ、と言わんばかりに呆れた幸の言葉。
「アタシも店には愛着があるからねェ。こんなイイ場所が無くなるのは勿体無いだろ?」
「じゃあ、無期限のバイトってことですか?」
冴晞の言葉に幸は目を細めた。
「バイト、なんて生温いモンかは別だな。アタシが帰るまで、此処を無くすなって条件付きだから」
「あはは、それは厳しい条件ですね。それに、閉鎖以来随分人が減りましたしね」
幸はカウンターから出て、円テーブルの椅子に座った。その姿を二人が追う。
「儲けなんて端から考えちゃいないさ。儲かったところで『退屈』だからなぁ」
ぼんやりと店内を眺める幸の目は酷く冷めていた。それは何処か此処ではない遠くを眺めているように感じられた。
「いつ出るんだ?」
二人には幸のことを引き止めるつもりはなかったし、引き止めもしなかった。ここで何を言っても、一度決めたら殆ど曲げない幸の意志を曲げることは出来ないと解かっていたからだ。
「特に決めてなかったな……よし、じゃあ明日にしよう」
「はぁ!?」
獅戯がそれこそ慌てて声を上げる。冴晞もすっかり驚いた様子だ。一方の幸はそんな二人の反応すら楽しんでいるようだった。
「何考えてんだ、アンタはっ!」
「出て行く前にちゃんと言ってるんだから、問題ないだろ」
「大アリだろ」
「…ですね」
獅戯と冴晞が指摘するも、幸には大した影響はないようだ。
「ま、そういうワケだ。精々頑張れよ、若造」
「…ったく。結局俺に選択肢なんてねェじゃねーかよ」
幸は獅戯のいじけたような呟きに、悪戯に笑った。
後日、ボーダーラインに幸の姿はなかった。二人の嘘ではないかという淡い期待はあっさりと裏切られてしまった。でもそれは幸の曲げることの出来ない意志表明。何とも幸らしいと思うしかない。
それから、彼女の姿を見ることはなかった。
 
「こんばんは」
冴晞はボーダーラインを訪れ、カウンターに座った。
「お前、手伝えって言ったろうが」
獅戯は相変わらず不機嫌な表情で冴晞に言う。
「僕が居なくても大丈夫ですよ、店内は相変わらずなんですし」
不機嫌に大して動じた様子もなく冴晞は笑った。店内を見廻しても、がらんとしている。「だからってなぁ」と更に言い募ろうとする獅戯の言葉をかわすように冴晞は話題を変えた。
「そういえば、限さん随分上達しましたね。具現化の速度も上がっているみたいですし。そろそろ、僕もうかうかしてられませんね。その成長は嬉しいんですけど、ちょっと寂しい気もしたりして」
「まるで一人娘を嫁に出す父親みたいな発言だな」
「獅戯の子煩悩ぶりには負けますよ」
あっさりと切り返された。獅戯はやはり冴晞には口では勝てないと感じて、言い返さなかった。
獅戯が幸から無理矢理店を任されてから、かなり経った。それなりに様にはなってきたが、やはり幸には敵わないことを獅戯は自覚している。幸が居た頃に比べ、人の出入りに大した変化は見られなかったが、“此処”の人口が増えた。若者が増えた点からすれば、獅戯たちの存在は数少ない大人だった。
結局その日も大して人は入らず、獅戯は少し早めにボーダーラインを閉めた。ボーダーラインからの帰り。待っていてくれた冴晞と共に獅戯はカオスを排除しながら帰っていた。
「…獅戯、何だか不自然ですね」
ぽつりと冴晞が言った。それは獅戯も感じていた。カオスとは別の気配がずっとついて来ているように感じる。獅戯も冴晞も感じているならば、それが気のせいで済むはずもなく。
「かなり居るな」
「どうします?」
「寝首を掻かれるのは腹立つしな。帰るよりこの辺で解決するか」
獅戯が立ち止まり、それに倣って冴晞も立ち止まる。その様子に別の気配たちが姿を現した。
「お前らにはここで死んでもらう」
相手の顔を覚えているはずもない二人は、相手が何者か気付かなかった。
「愉快犯ですか?仇討ちですか?それとも…馬鹿なだけですか?」
「馬鹿なだけだろ」
獅戯の一言に、場の空気が苛立ちを含む。
「…そんな口を利いたこと、後悔しろっ」
男たちは一気に二人に押し寄せて来た。獅戯と冴晞は即座に武器を具現化。男たちを沈めていく。接近戦の得意な冴晞は獅戯よりも早く自分のノルマの終わりが見えて来た。自分の見える範囲の敵を斬り終えた時、獅戯と冴晞の間に滑り込もうとする男の気配に気付いた。顔に残る傷痕、それに冴晞ははたと気づいた。この男を知っている。この男は、二人の戦い方を一度見ているはずだ。二人の「穴」が引き起こした敗北が頭を過ぎる。冴晞のその一瞬の迷いがその後の悲劇を引き起こす。
「獅戯っ…」
冴晞は全力で男の先に辛うじて回り込んだ。冴晞の背中と獅戯の背中がぶつかったのと、獅戯が最後の男を仕留めたのはほぼ同時だった。
「冴、」
「ふり返らなくても…ちゃんと、居ますよ」
さっきの冴晞の叫びに気付いた獅戯は咄嗟に冴晞の姿を確認しようとする。その時獅戯の喉元に当たる、冷たい感触。言葉だけではなく、刀まで使って冴晞は獅戯の行為を阻もうとする。
「…何してんだよ」
獅戯の声に滲むのは微かな苛立ち。それを冴晞が気づかぬはずもない。だが、冴晞はその手を緩めようとはしなかった。
「ふり返らないでください、怪我しますよ」
「そんなもん脅しになるか、」
まるで効かない様に、獅戯は背中を任せた冴晞の方を向こうとする。
「獅、」
「お前は俺を斬ったりできねぇだろーがっ」
刹那。獅戯の喉元に突き付けられていた刀が解ける。ふり返った獅戯の視界に飛び込んで来たものは、赤い。緩やかに曲がった背中と、微かに震える肩。
「…あ…あぁ…あ…ああ…」
男はその光景を目にした獅戯の圧倒的な力の前に、震えていた。獅戯は冴晞が掴んで放さなかった男の足を打ち抜いた。男はもがきながら地面に倒れ、反動で倒れて来た冴晞を受け止める。
「…はは、狡いですねぇ…貴方は」
冴晞は浅い呼吸を繰り返す。
「そう…貴方を、傷、付けられる…はずがない…」
冴晞の身体に深く刺さった短刀。血は少しずつ面積を拡大していく。
「…本物の、短刀とは…虚を、突かれましたね…」
この短刀を抜くことは出来ない。抜けば、確実に冴晞の死を早めることになる。だがその分、冴晞に与えられる苦痛が緩むこともない。獅戯は何も出来ないことに歯痒さを憶えた。今“此処”に医療に長けた彼女は居ない。
「ひっ…」
獅戯に足を撃たれた男は、そんな獅戯のもどかしさを感じ取ったのか逃げようと動かない足に力を込めた。獅戯はそんな男の反対の足も打ち抜いた。冷たい、何の感情もこもらない瞳で。もっとも、それはこの男には見えないが。
「うがぁあぁぁっ!!」
醜い男の絶叫が響き渡る。だが、助けなど来るはずもない。冴晞は震える手を伸ばして、獅戯の銃を持つ手に触れる。それは断固とした制止。獅戯が冴晞に視線を戻すと、冴晞は歪んだ笑みをした。苦痛に侵蝕された、痛々しい笑み。
「…貴方の、バーテン姿…もう少し、見ていたかった、ですよ…」
気が狂いそうな痛みの中で。遠くなる意識を必死で繋ぎ止めて。
「…獅戯、」
冴晞は制止を掛けた手を伸ばして、獅戯の頭を引き寄せる。そして、
 
愛しています
 
そう、耳元で呟いた。
それは、今まで一度だって口にしなかった言葉。獅戯はその言葉に僅かに目を見開いた。冴晞はその反応に気づいたのか、満足そうに笑った。そして、獅戯の頬に触れていた手が重力に従って落ちる。獅戯の頬には、生温い血の跡。獅戯の好きだった冴晞の髪は、獅戯の肩口に毀れて。身体を支える腕に感じる更なる負荷。その瞬間に、冴晞が“此処”に居なくなったことを悟った。獅戯は冴晞の頬に手を伸ばして、その口唇に触れるだけのキスをした。
「…あぁ、俺もそうだ」
獅戯は冴晞を見、応えるように呟いた。
「やめろっ!た、助け…」
獅戯は再び男に向いて、今度はその両腕を打ち抜いた。
「がぁぁあぁぁっ!!!」
まるで獣の雄叫びのようだった。
「――――苦しめよ」
少しずつ、ゆっくりと壊してやる。冴晞の苦痛より酷く、長く。“いっそ殺してくれ”と言っても、決して獅戯は殺してはやらない。
「悶え苦しみながら、死ねるのを待つんだな」
両足も両腕も打ち抜いた所で、獅戯はその手を止めた。冴晞の重くなった身体を背負って、その場を去る。その途中空を見上げると、皮肉なほど綺麗な星が見えた。
『その過程がどんなに違っても、最期の時に同じことを想えたら…素敵だと思いませんか?』
冴晞がかつて獅戯に言った言葉。
『たとえ、与えられる結果が全く異なるものだとしても』
今の二人の間には、越えられない、変えられない、それこそ全く異なった結果が存在している。
『だから、貴方は前を向いて歩いて行けばいい』
「…お前は、それを望むか?」
応えるはずがないと解かっていながら、獅戯は冴晞に小さく問う。
「俺の背中を守るのは、お前の役目だ。だから…俺は前を向いて、先の見えない闇を見据えてやるさ」
そしてこの後形式上、獅戯は銃を置いた。それはひとつの意思表明。冴晞以外は誰も獅戯のパートナーになど、成り得ないのだから。
 
ここに一つの分岐が訪れ、新たな「始まらない」始まりが始まる。

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Ⅲ.「神話」の崩壊 2

「お前、名前は?」
「―――――限(キリ)」
限と答えた少女は、感情を表わすのが苦手らしく普段からあまり表情を変えない。その所為か、言葉も必要以上に発さない子どもだった。
「…若いっていいですね」
笑って言う冴晞に、獅戯は“何歳か老けたセリフだな”とその頭を軽くどついた。
獅戯の教え方は特別覚えやすいというものではなかったが、限は歳の割りに飲み込みが早く、すぐに獅戯の言うことを憶えてしまった。むしろその飲み込みの良さに舌を巻いたのは獅戯たちの方だ。だが同時に銃に夢中になっていくその様子が、まるで今まであったことを忘れようとでもしているようで。二人は妙な痛々しさを感じてもいた。日々の練習は幸から借りた空家で、その後はボーダーラインに寄るという生活が続いていた。時折姿を消す冴晞は、ご飯を作ってはボーダーラインに持ち込んだ。
「…アタシのより旨いもん持ち込まれると、嫌みに感じるな」
幸の言葉に冴晞は苦笑し、むしろ限より食欲のある獅戯は“旨いから問題ねぇだろ”と冴晞の肩を持つ。そんな間に挟まれた限は、双方の表情を見つつご飯を食べていた。
「…ったく。少しは変化があると思ったが、全っ然変化ねぇなお前らは」
冴晞用の珈琲を入れつつ、幸は笑った。
「それで、成果は出てるのか?」
「それなりにだな。だけど、飲み込みは早ぇしセンスはあるし」
獅戯は思案する間もなく答えた。
「そうか。頑張ってるもんなぁ、限」
幸を見上げる限の頭を幸はくしゃくしゃと撫でた。この時だけ、限は少し表情が嬉しそうになる。獅戯も冴晞もそんな限を抜かりなく見ては、小さく笑った。
「その内僕なんて、あっという間に追い抜かれちゃうんでしょうね」
珈琲を飲んで、冴晞は言う。それを聞いて、少し驚いた様子で幸は答える。
「随分と弱気だな」
「事実ですよ。限さんの成長は目覚しいですから」
名前を呼ばれて、限は冴晞を見上げる。冴晞は限に微笑んだ。
「アタシは“此処”で閉鎖前も閉鎖後も変わらず店を続けてる。お前らはその店の常連で、閉鎖前からずっとカオスを殺し続けてる。閉鎖された後に生まれた限は、お前らに出会っていずれカオスを殺すことになる…かもしれないし、そうでもないかもしれない。この子の未来に、少しでいいから今より“此処”がマシになってるといいけど」
幸はカウンターに頬杖をついて、そう言った。それからすぐに立ち直って、
「そうだ。限、今日は此処に泊まっていきな。たまにはアタシの相手もしてほしいからね」
と身を乗り出してにっこりと笑った。限は少し幸の顔を眺めていたが、獅戯と冴晞の顔を見てから頷いた。
 
ボーダーラインからの帰り道。冴晞は、幸の言葉を思い出していた。
「獅戯、…貴方は、少し変わりましたね」
唐突な冴晞の言葉に、獅戯は何事かと冴晞を見た。
「少し、丸くなりましたよ」
“そんなの解かるかよ”と獅戯は冴晞から視線を逸らした。
「獅戯、さっき幸さんが言ってたこと覚えてます?」
『アタシは“此処”で閉鎖前も閉鎖後も変わらず店を続けてる。お前らはその店の常連で、閉鎖前からずっとカオスを殺し続けてる。閉鎖された後に生まれた限は、お前らに出会っていずれカオスを殺すことになる…かもしれないし、そうでもないかもしれない』
獅戯が冴晞の指すものが何なのか気付くのに、大した時間はかからなかった。
「今まで改めて考えたことはなかったですけど、人の生き方って…こうも違うんですね。どこかで変化が起こる可能性を孕んでいる」
まるでのその事実をたった今知った、とでも言うように冴晞は呟いた。
「当然だろ。俺が俺の意志で生きてるように、お前はお前の意志で生きてる。俺が死ねって言っても、そう素直に死なねぇだろ」
「どうでしょうね、貴方が言うなら死ぬかもしれません」
冴晞が笑って答えると、獅戯は怒ったのか眉間に皺を寄せる。
「折角の色男ぶりが台無しですよ」
“誰の所為だよ”と獅戯は悪態を吐く。
「とにかく、結果も過程も全く同じになるなんてことねェだろ、普通」
茶化してはいても、そんなことを冴晞が理解できないとは思っていない。獅戯からすれば、自分より
冴晞の方がそういう理解に関しては上だ。
「でも、貴方と僕は同じ場所に立ち同じ刻を過ごしている」
ずっと、繰り返して来た時間。それは十分永いと言ってもおかしくないほど。
冴晞の声はいつもとは違って妙に真剣で。呟きに近いそれを掻き消すように風が二人を凪いでいく。冴晞の黒髪が揺れて、獅戯はそれを見ていた。
「…だからって、求めるものが同じだとは限らねぇだろ」
冴晞は風が過ぎるのを待ってから、獅戯の言葉に“尤もですね”と頷く。
「じゃあ…追い求めた先には何があるんでしょうね」
生?それとも死?
倖せ?それとも後悔?
「追い求めて、辿り着いてしまったら…どうなるんでしょうね」
何の為に生きるのか?
その希みが満たされたら、満足するのか?
答えを求めない、廻り続ける問い。それは、自分たちの生きる意義に似ていると獅戯は思った。同じことを、冴晞は感じているのだろうか。だとしたら、それに対するちゃんとした応えを獅戯はまだ見つけられていない。模範解答じゃないのは解かっている、それでも今応えられることを獅戯は必死で探し言葉を紡ぐ。
「…自分が選び出した結末なんだ。それが不倖に向かうことになっても、もう抗えねぇだろ。引き返す気がないんだったら、先を見据えるだけだ」
獅戯が応えられる「応え」を出したのは冴晞の為だけじゃない。多分、自分に言い聞かせる為でもあって。
「果ての見えない、暗闇でも?」
獅戯はただ、頷いた。そんな真っ直ぐな態度に、冴晞は苦笑するしかなかった。
「――――強い人ですね、貴方は」
だからこそ、冴晞は獅戯の隣りを選んだのかもしれない。冴晞は難しいことを考えるのを拒否したわけじゃない。すべて獅戯に委ねたわけじゃない。それでも、冴晞が迷う時に獅戯の言葉は複雑な絡みを緩めてくれる。獅戯本人さえ意図しない、無意識の言葉が。
「俺の背中はお前が守ってくれるんだろ。それなら、俺は前に進むしかないしな」
ぽつりと呟くように発された獅戯の言葉に、冴晞はただ驚いた。そんな言葉が獅戯から出るとは思わなかったのだろう。
「…人の生き方はこんなにも違う。生まれも、経験も意志も違っていますからね。でも、でもね…その過程がどんなに違っても、最期の時に同じことを想えたら…素敵だと思いませんか?」
冴晞はゆっくりと言葉を紡いでいく。獅戯は何も言わずにそれを聞いていた。或いは聞きながら何かを思っていたのかもしれない。
「たとえ、与えられる結果が異なるものだったとしても」
冴晞は遠くに何かを見るように続けた。
「自分の道連れとして、誰かを心から求めても…実際に死ぬ時は、恐らくひとりなんでしょう」
獅戯は何かを感じ取って、訝しい表情になった。
「独占欲が強い自覚はありますけど…道連れにする勇気、僕にはありませんから」
「何の話だ?」
「だから、貴方は前を向いて歩いて行けばいい。…いつでも僕は、そう希んでます」
「冴晞、」
獅戯の真剣な制止。その反応に、冴晞はまたふわりと笑った。
 
「…まあ、当分貴方の背中は譲る気無いですけどね。誰にも」

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プロフィール

HN:
瑞季ゆたか
年齢:
40
性別:
女性
誕生日:
1984/02/10
職業:
引きこもり人嫌いの営業AS見習い
趣味:
読書・音楽鑑賞・字書き
自己紹介:
◇2006.11.16開通◇

好きな音楽:Cocco、GRAPEVINE、スガシカオ、LUNKHEAD、アジカン、ORCA、シュノーケル、ELLEGARDEN、LINKIN PARK、いきものがかり、チャットモンチー、CORE OF SOUL、moumoon…などなど挙げたらキリがない。じん(自然の敵P)さんにドハマり中。もう中毒です。
好きな本:長野まゆみ、西尾維新、乙一、浅井ラボ、谷瑞恵、結城光流(敬称略)、NO.6、包帯クラブ、薬屋シリーズなどなど。コミック込みだと大変なことになります(笑)高尾滋さんには癒され、浅野いにおさんには創作意欲を上げてもらいつつ…あでも、緑川ゆきさんは特別!僕の青春です(笑)夏目友人帳、好評連載中!某戦国ゲームにハマり我が主と共に城攻めを細々とのんびり実行中(笑)サークル活動も嗜む程度。他ジャンルに寄り道も多く叱られながらも細々と更新しています…たぶん。

備考。寒さに激弱、和小物・蝶グッズとリサとガスパールモノ・スヌーピーモノと紅茶と飴と文房具…最近はリボンモノもこよなく愛する。一番困るのは大好物と嫌いな食べ物を聞かれること。

気まぐれ無理なくリハビリのように文章やレポを書き綴る日々…褒められて伸びるタイプです。

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